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「ふわふわ、ではありません、フワワフワーフです。」(第8話 いなくなったワーフ )

、のつぎに、、が二つで、、で、ワーフフワワフワーフです」

空を飛べるふしぎな生き物 「フワワフワーフ」(ワーフ)

顔やからだをひっこめられたり、手のひらサイズになったり… ちょっとヘンな生き物ですが、いつも一所懸命であわてんぼうのワーフが巻き起こす、たのしい物語です。 

(あらすじと、第1話「図工室のおばけ」はこちらです)

(第2話「ワーフ、学校へ行く」はこちらです)

(第3話「ワーフ、ショッピングモールへ行く」はこちらです)

(第4話「ワーフ、宅配便をはこぶ」はこちらです)

(第5話「ワーフ、プールへいく」はこちらです)

(第6話「はじめての旅行」はこちらです)

(第7話「クリスマスの夜」はこちらです)


8 いなくなったワーフ


年末の数日間は、ワーフにとっては、初めてのことばかりでした。ママの買い出しに付き合ったり、大掃除をしたり、またたく間に時間は過ぎて行きました。
中でも大掃除では、ワーフは大活躍しました。天井まで浮かんでいってほこりをとったり、窓を外側から拭いたり(イトの家はマンションの二階なので、やりにくいのです)、とてもがんばりました。

もっとも、窓ふきは目ざとい茶畑さんに見つかって、ちゃっかり茶畑さんの家の窓もやらされてしまいましたが、ワーフは、今回は失敗しないで役に立てた、と嬉しく思いました。


***


新年になりました。
夏野家では毎年、午前中におせち料理でお祝いをした後、初詣はつもうでに出かけます。歩いて二十分のところに、たまたま大きな神社があるので、毎年そこにお参りしていました。
みんなは、お昼前に出発しました。神社は近づくにつれ人がどんどん増えていき、なかなか近づけないほどでした。

「屋台がいっぱいある!私、いちごあめと、わたあめ食べたい!」

イトが言いました。

「わあ、おいしそう!ボクも!」

そうは言ったものの、人混みでなかなか近づけず、鳥居もくぐれないくらいでした。
やっとのことで本殿までたどりつき、みんなでお参りをしました。近所なので、クラスの友達や、顔見知りの人がいて、ワーフがちょっとした有名人なのもあり、イトの家族はあちこちで声をかけられました。

「あら!夏野さん、ワーフくん、明けましておめでとう」

大仏だいぶつ先生!明けましておめでとうございます!」

イトのクラスの大仏先生も、だんなさんと小学生の息子さん二人と、初詣に来ていたのでした。

「あ、そうだわ。夏野さんに伝えなきゃって思ってたことがあって…。あのね、ワーフくんが最初に見つかった図工室だけど、春休みに改修工事をするらしいの。色々片付けられちゃうから、その前に、もう一度よく見てみた方が良いかと思って…」

「まあ、それじゃあ、早いうちにもう一度、よく探してみたほうが良いわね。ワーフがどこから来たのか、わからなくなっちゃうと困るものね」

と、ママが言いました。

「うん…」

イトは答えましたが、何か不安なような、胸がざわざわするような感じがして、そのあとの初詣は、あまり楽しくなくなってしまいました。
ワーフはというと、わたあめを初めて買ってもらい、夢中になって食べていました。

「これ、ボク、すっごくスキ!ふわふわしてて、おいしいね!」

大きなわたあめはワーフにそっくりで、顔をうずめて食べている姿は、もこもこして空に浮かぶ、ひとつの雲のようでした。
そしてわたあめがちいさくなるにつれ、ワーフもベタベタになってしまいました。


***


 冬休みが終わり、数日たった放課後、イトとママ、それからワーフは、小学校にいました。大仏先生が校長先生に頼んでくれて、ゆっくり探せるようにしてくれたのでした。

 「そうだった!ボクたしか、かみでできたオハナが いっぱいの、ビニールぶくろのなかに、はいってたんだよね!…でもそれ、もうないみたい」

「もうずいぶん前だから、しかたないよ。あのときはオバケかと思って、すごーくびっくりしたんだから」

図工室の準備室のなかに、三人が足を踏み入れると、古い木や絵の具やニスなどが混じったような、しめった匂いが鼻をつきました。
以前より少しは片づけられていましたが、相変わらず棚の上の方のものなどはホコリが積もり、何年も前から同じところに置かれているように見えました。

「ワーフ、なにか少しでも思い出すことはない?ここに来る前、どんなところにいたとか…」

ママが言いました。

それは、ワーフはずっと考えていることなのですが、キラキラしたところにいた記憶だけで、なかなか簡単には思い出せないのでした。

「なんだかこれ、ちょっと、きになるなあ」

ワーフが指さしたのは、棚に置いてあった白くて大きな画用紙でした。
丸められ、輪ゴムでとめてあったので広げてみると、丘の上に立つ、煙突のついた青い屋根の家の絵でした。
窓は丸やひし形、六角形だったり、様々な形のものが描かれていました。横には犬がいて、空にはオレンジ色の雲とお日様…という、小さい子供が描いたと思われる絵でした。

クレヨンと水彩絵の具で描かれたその絵の裏を見たママが、大きな声で言いました。

「あら!これ、イトの絵じゃないの!!」

「えっ?あ、ほんとだ!裏に名前書いてある!…でもこんな絵、描いたっけ?なんでこんなところにあるんだろう?」

「ワーフ、これ、イトの絵だって知ってたの?」

ママが聞きました。

「ううん、ボク、ぜんぜんしらなかった…まえにみたときは、なかったとおもうんだけど。ボク、イトが かいたから、きになったのかなあ…」

しばらく色々見て回ったのですが、他には気になるものはなかったので、帰ることにしました。


職員室に寄ると、大仏先生が出てきてくれました。

「なんで夏野さんの絵が、あんなところにあったのかしら…私もわかりません。ずいぶん前に描いた絵みたいだけど…」

「ワーフが、この絵がどうしても気になるみたいなんで、持っていってもいいですか?」

「もちろん、というか、もともと夏野さんの描いたものだし、図工室に置きっぱなしになっていたみたいで…申し訳ありません」

「とんでもないです、ありがとうございます!」

「ワーフくんのこと、いろいろわかると良いですね」

大仏先生が言いました。


帰り道、イトはいつになく無口でした。
これといったものは見つからなかったので、ワーフのためには良くないことだと分かっているのですが、イトはどこかほっとしていました。
ワーフが帰り道を見つけて、いなくなってしまうかもしれないなんて、耐えられませんでした。

(でも、ワーフにお父さんやお母さんがいたら?心配して、今もずっと探しているとしたら?)

イトには、ワーフと暮らしてきて、もうワーフがいない家なんて、考えられないことだけはわかりました。
絵は、イトの部屋の壁に貼られました。ワーフは毎日眺めていましたが、特になにか思い出すということはなく、変わらない日々が続いていました。


***


四月になり、イトは六年生になりました。
新しいクラスに最初は緊張しましたが、前よりも友達に、自分から声をかけられるようになったためか、割とすぐに慣れることができました。
五年生の時の大仏先生が、再び担任になったことが嬉しく、何より、ワーフが一緒にいてくれることが心強いイトでした。

ある日の放課後、イトとママは、買い物に出掛けようと、ワーフを探しました。

「ね、ワーフ、スーパー行こう!あれ、寝てる」

ワーフは、自分のトートバッグの中で、ぐっすり寝ていました。揺すってみても起きないので、

『スーパーに行ってくるね イト、ママより』

というメモを残して、二人で出掛けることにしました。


それからまもなく、ワーフは目をさましました。

「うーん、また、ねちゃった…!イト?…あれ、いないの?ママ?」

ワーフは、机の上に置かれていたメモに気がつきました。

「あ、そっか、おかいものか。…あれ?これ…?」

机の横に、丸くて平たい、白いものが落ちていました。

「……パン?」

手のひらサイズのパンは、袋もなくむき出しでした。ワーフがひろってみると、フワっとしていて、香ばしいような、懐かしいような、特別な匂いがしました。

「このパン…あれ?…ボクの………ボクんちのパン??」

コロン

そのとき、ワーフの足元に、なにかビー玉のようなものが転がってきました。

「あっ!これ…!」

ビー玉はキラキラ光っていました。ワーフが拾おうと手をのばしたとたん、その光が突然強くなり、ワーフはあわてて手を引っ込めました。
光はどんどん強くなり、ワーフにはイトの部屋が真っ白にしか見えなくなってしまいました。


すべてはあっという間の出来事でした。


部屋はしん、と静かになりました。
誰もいなくなった部屋には、パンのかすかな匂いがただよっていましたが、それもすぐに消えてしまいました。


***


「イト、そろそろ元気だしなさい。みんな心配してるんだよ」

パパが言いました。

ワーフがいなくなってから、一ヶ月ほどが経とうとしていました。

最初の頃は、イトはワーフがそこら辺にいるのではないかと思って、一生懸命探していました。けれども一週間ほど経つと、もうワーフは二度と帰ってこないような気がして、放課後、自分の部屋に閉じこもることが多くなっていきました。

「ワーフはお家に帰ったのよ、きっと。イトだって、パパやママのこと忘れちゃって、家にも帰れなくなっちゃったら、悲しいでしょ?」

「…でもほんとに、帰れたのかな…」

「帰れたんじゃないかな。パパだってそう思うよ。今ごろ家族で喜んでるよ、きっと」

「…そうだと、いいけど」

イトの目に、涙がにじみました。ママが黙って、背中をさすってくれました。パパは、テレビのチャンネルを、あちこち変え始めました。
パパやママだって、本当は悲しくてたまらないんだ、ということが、イトにもわかりました。

「さ、ご飯よ!カレーだからね。イト、手を洗ってらっしゃい」

ママが言いました。

カレーはワーフの大好物です。この一ヶ月、ママはしょっちゅうカレーを作っています。口には出しませんでしたが、ワーフがいつ帰ってきても良いように、と思っているようでした。
学校でも、イトはみんなにいろいろ聞かれましたが、「自分のお家に帰ったみたい」とだけ、答えていました。

***


それから数週間ほど経ったある日。イトは英語教室の帰りに、自転車に乗ったクラスの小机こづくえ君に、ばったり会いました。今年も、同じクラスになったのでした。

「お、夏野じゃん!英語?」

「うん」

「おれはスイミング。あ、そういえばさっきそこでさあ、ワーフ見たぜ」

「えっ!?ワーフ?!小机くん、ワーフを見たの?!どこで?!さっきって、いつ?!」

イトがあまりにも真剣だったので、小机君はびっくりした様子でした。

「いや…五分くらい前かなあ。ちょっと遠かったから、声はかけなかったんだけどさ」

「それでどこ?どこにいたの?!」

「えーと…あっち」

「あっちって?」

「あの信号のところ曲がってさ、少し行ったところに、畑があんだろ。そこのところの木の上に座ってるみたいだったよ。…あ、でもさ、もしかしたらあれさ…」

「ありがとう!!」

イトは走り出していました。後ろで小机君が何か叫んでいましたが、イトには聞こえていませんでした。

小机君は自転車だったので、畑のところからすぐだったのかもしれませんが、イトは歩きだったので、なかなか着かないように感じました。
角を曲がると、遠くに大きなイチョウの木が見えてきました。全力で走っていたイトは息が切れて苦しかったのですが、止まる気にはなれませんでした。

(あの上にいるはず…あ!)

木のてっぺんに、白い影が見えました。風にフワフワ、なびいています。

「ワーフ!!ワーフッ!!」


イトは叫びました。返事はありません。

「ワーフーーー!!」


イトは、ありったけの声で叫びました。

そのとき、その白い影が風に乗って、木から離れました。ふわり、ふわりと、木の葉のように落ちていきます。イトは駆け寄りました。
白い影は、ときどき上に行ったり、また落ちたりして、ゆっくりとイトのすぐ近くまで落ちてきました。


「………ワーフじゃ、ない」


よく見るとそれは、白いレジ袋でした。レジ袋は空気でふくらんで丸く見え、高い木のてっぺんだったので、小机君にはワーフのように見えたのでした。
その時、レジ袋は再び風にさらわれ、建物の方へ運ばれて、見えなくなってしまいました。


風の強い日でした。


(第9話「パンのにおい」につづく)


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