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【SH考察:066】エレフセウスの半生を表す神託の意味

Sound Horizonの作中の「神託」といえば、最近は絵馬に願ひを!に注目が行きがちだが、それより前の作品であるMoiraにも神託はあった。

国と時代が違えど、神託というものはその真意がわかりにくかったり、結果がすぐには目に見えなかったりと、聞いたものを迷わせるようだ。
Moiraでも明らかにエレフセウスの半生を表す神託だとわかるのは、最初から最後まで見届けた我々聴き手だけ。

今回はMoiraの神託と、それが何を表していたかを整理した。


対象

  • 6th Story Moira

考察

神託と思われる言葉

作中、神託と思われる言葉は4つ存在する。
歌詞カードでは天から降りてくるような、文字が揺らめくような配置の文章だ。

これらはいずれもエレフセウスに関するものだ。
神託が下りた順序ではなく、エレフの人生の時系列に従って神託の内容を追ってみよう。

エレフ生誕に関する神託

太陽Ἥλιος/ヘリオス Ἔρεβος/エレボス 蝕まれし日
生まれし堕つる者 破滅を紡ぐ

Sound Horizon. (2008). 雷神域の英雄 -Λεωντιυςレオーンティウス- [Song]. On Moira. KING RECORD.
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり

神託が下りた時系列は不明だが、エレフセウスの半生になぞらえるならば、これが最初だ。エレフの出生を表している。
意味としては、「日蝕の日に生まれ堕ちた者は破滅を紡ぐ」となる。

これを気にして嘆いていたのはアルカディア王妃イサドラだ。

神託がある以上、彼女は自らの子として産まれた双子を公に育てることができない。神の意に背いて忌子を育てることについて、周囲を納得させられる説明などできないだろう。
そこで、双子は家臣ポリュデウケスの子として育てられることとなる。

エレフが復讐を誓うことを表す神託

オオカミははしる前に 満月に吠える

Sound Horizon. (2008). 死と嘆きと風の都 -Ιλιονイリオン- [Song]. On Moira. KING RECORD.

これはエレフが奴隷として働かされていたイリオンでの描写の合間に挟まる神託だが、実際この神託の内容自体は妹アルテミシア(以降ミーシャと呼ぶ)の死の直後、エレフが彼女の死を知ったときを表しているように見える。

意訳するならば「エレフセウスが奔りだす前に満月に向かって吠えるように叫ぶ」といったところだ。

ミーシャはエレフがレスボス島に到着する前に、神殿を襲撃してきたスコルピオスによって、水神への生贄として殺された。

彼女の死を知った際、エレフは悲痛な叫び声をあげる。
ミーシャは水面で亡くなったため、満月がその手の中にあるかのような姿になった。

ねぇ憶えてる 遠き日の我侭わがまま
水面に映る月 手を伸ばす少女
ついに手に入れたんだね/よ――

Sound Horizon. (2008). 死せる乙女その手には水月 -Παρθενοςパルテノス- [Song]. On Moira. KING RECORD.

つまり、エレフはミーシャの手の中の満月に向かって叫んだとも見て取れ、それを神託は吠えると描写したのだろう。

「オオカミ」と表現したのは、彼はこの時点で一匹狼だからだ。
この次の『奴隷達の英雄』で、実際彼は一匹狼と表現されている。

Άδηςハデス ξίφοςクシフォス Ελευσευςエレフセウス
(冥界の剣エレフセウス)
τῶνトン φόβοςフォボス σε θάνατοςタナトス
(死への恐怖)
Μονοςモノス λυκοςリコス Ελευσευςエレフセウス
一匹狼エレフセウス)
φορτεフォルテ Ἕλληνεςヘレネス για θάνατοςタナトス
(同胞に死をもたらす)

Sound Horizon. (2008). 奴隷達の英雄 -Ελευσευςエレフセウス- [Song]. On Moira. KING RECORD.
※書き起こしのため誤差がある可能性あり

エレフがヘレネスギリシャ人を襲うことを表す神託

青き銅よりもしたたかな 鉄を鎧う獣が
風のたてをも喰い破り ながる星を背に 運命かみに牙を剥く

Sound Horizon. (2008). 雷神域の英雄 -Λεωντιυςレオーンティウス- [Song]. On Moira. KING RECORD.
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり

この神託がいつ出たかは不明だが、戦争に出る前のレオーンティウスが把握していたものだ。
意訳すると、「青銅より強い鉄製の鎧を来たエレフが、イリオンを破り、死んで行く英雄を背にして運命に歯向かう」といったところだ。

これはエレフが奴隷部隊を引き連れ、かつて自分が奴隷として働かされていたイリオンを襲うところを表しているのだろう。

「鉄を鎧う獣」はエレフのこと。彼はイリオンを襲う前に、ヒッタイトと思われる国に向かった。

時代は廻る 紫眼の狼と呼ばれし男
各地の奴隷達を率いて 異民族が統べる鉄器の国へと奔った

Sound Horizon. (2008). 奴隷達の英雄 -Ελευσευςエレフセウス- [Song]. On Moira. KING RECORD.

ヒッタイトとは紀元前1600~1100年頃に、アナトリア東側(ギリシャの東側)にいた、ギリシャ人から見れば異民族。
かつ実際の歴史上、鉄の製錬や加工技術を持っていたことで有名な民族だ。

図:紀元前1500年頃のエーゲ海周辺
ヒッタイト(Hittites)が勢力を広げつつある
出典:GeaCron

そして「風のたて」はイリオンのこと。イリオンはアネモスという風神の神域だ。

「流る星を背に」はエレフがレオンと直接対決するまでに、傀儡と化した王・オリオン・スコルピオスがやり合って死んでいる。
その様子を「流る星へと消えて逝く」と表しているため、こういったギリシャ人同士のつぶし合いの様子を背景にして、ということだろうか。

神が持つ永遠に比ぶれば 人間は刹那
冥闇は世界を侵し 英雄達は流る星へと消えて逝く

傀儡と化した王 かつての勇者を射た星屑の矢
其の射手を刺したのは蠍の毒針 其の蠍を屠ったのは雷の獅子

Sound Horizon. (2008). 奴隷達の英雄 -Ελευσευςエレフセウス- [Song]. On Moira. KING RECORD.

エレフとレオンの戦いの結果を表す神託

いかずちを制す者 世界を統べる王と成る

Sound Horizon. (2008). 雷神域の英雄 -Λεωντιυςレオーンティウス- [Song]. On Moira. KING RECORD.

作中一番最初に登場する神託だが、これが表す事象は一番最後に訪れる。

意味はわりと文章そのままなのだが、この神託が下りた当時「いかずちを制す」の解釈はおそらく、雷神域であるアルカディアだと解釈した人が多いだろう。

スコルピオスが画策したのも、おそらくこの神託が原因だ。
アルカディアの王座を射止めれば世界の王にもなれると踏んだのだろう。

妾腹めかけばらと蔑むなら蔑むがいい。世界の王になるのはこの私だ!

Sound Horizon. (2008). 死せる者達の物語 -Ιστοριαイストリア- [Song]. On Moira. KING RECORD.
※書き起こしのため誤差がある可能性あり

むしろ、ここのセリフはこの神託が無いと違和感がある。
普通はアルカディアという一国を制したからといって、世界の王にはなれない。だが神託を知った上で、「雷(の神域)を制す者は世界の王になる」という解釈をしていたならば、世界の王になるためにアルカディアを制するという手段をとるのも頷ける。

しかし、実際の意味はそうではなかった。
エレフが雷槍でレオン(とイサドラ)を殺し、死者を冥府に送り続ける者になるという意味だ。

ここの描写はコンサートのほうがよりわかりやすいが、エレフはレオンから雷槍を奪い、レオンを刺し殺す。
レオンを庇おうとしたイサドラもろともその犠牲となるし、コンサート映像ではそれに加えて天から本物の雷も落ちていた。

ちなみに実際の史実における神託

Moira作中の神託は、詩的というか婉曲的というか、解釈に悩ませられる表現をしている。

これはおそらく、実際に存在したデルフォイの神託所におけるアポロンからの神託を模しているように思う。

古代ギリシャでは実際、神託が非常に重んじられていた。
神託を授かる神託所自体はいくつかあったが、中でも最古の神託所のひとつであるデルフォイは世界の中心とも考えられていた。
(本記事のサムネイルの写真は、デルフォイのアポロンの神託所の遺跡)

図:デルフォイの場所
出典:Crop/edit: UploaderOriginal: See template below., CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

この神託所はアポロンが巫女の口を介して悩める人間達の質問に答えてくれる場所だった。
政治的な問い(戦争や国政)以外も、個人の悩みも対応していた。

ただ答えは詩的だったりとんちのようだったりしたため、アポロンの添え名(あだ名みたいなの)のひとつには「ロクシアス(斜めの君)」というものがある。

例えば、とある隊長が「この遠征はうまくいくでしょうか?」と尋ねたところ、アポロンは「晴れわたる空から一粒の雨を感じたならば、お前が欲する地を手に入れられるだろう」と答えた。

一見、「晴れた空から雨が降る」とはあり得ない事で、隊長は遠征が失敗すると解釈し落ち込んだ。
しかし、彼の妻が彼を膝枕しながら、その身を案じて涙を流した時、彼は真の意味に気づいた。
彼の妻の名前は「アイトラ晴れわたる空」だったからだ。

そして彼は遠征で無事都市の征服に成功した。

このように、一見解釈に悩むものの、結果を見ると納得できるような回答なのだ。

結論

神託が下りたタイミングと、それが何を意味するかが分かるタイミングで、年単位でタイムラグがある。
そのため、登場人物達は何を意味しているのか、その真意の理解は極めて難しかっただろう。

特に、エレフは当事者だったものの、身分や立場上、その神託を知ることはなかったはずだ。
(神託は一般人でも聞けたとは思うが、今回取り上げた神託はいずれもエレフが幼い頃に降りていること、国政に関わる内容だったため、庶民や奴隷として育ったエレフ自身は知らなかったはず)

神託と、エレフの本当の出自を知っていたイサドラは気が気でなかったはず。
彼女は登場シーンは短いが、知っていてもどうしようもできないという点ではかなり辛い思いを抱えた母親だっただろう。

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参考文献:
藤村 シシン(2015).『古代ギリシャのリアル』.実業之日本社

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他にもSound Horizonの楽曲考察記事を書いています。

更新履歴

2023/11/09
 初稿
2024/04/24
 一部歌詞引用について「※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり」の注釈追記

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