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なんでもない日常のしあわせのこと

「今日は帰らないから〜」
そういった夫に、『うん、知ってる〜』と返した。

大学時代、私は軽音楽のバンドサークルに入ってベースを弾いていて、そのサークルで出会った同い年のギター少年が、今の夫だ。

夫はその日、自分が主催したライブイベントの当日を迎えていた。
夫は、去年あたりから年に1回、ライブイベントを企画して、サークルのOBOGと現役生たちが交流できるような機会をつくっている。

彼の名字である「はせがわ」をとって、「ハセフェス」と名付けたライブイベント。
当時の私たちよりも4つ以上も年上の先輩たちから、下は現役大学生たちまで、最大で15、6歳差はあるであろう人たちが合計8バンド。入れ替わり立ち替わりで演奏する、フェス形式のイベント。夫は最後のバンドで、東京事変を演奏した。

(もう大学を卒業して7年ほどになるのに、年上も年下も問わず、未だにたくさんの出演者と観客を動員できる彼の人望はすごい。)

そして、イベントの後には必ず打ち上げがある。うちのサークルは、とにかくみんなよく飲む。飲み会が盛り上がりすぎることを予想して、冒頭の「今日は帰らない」に至るわけだった。
(でも、自分のサークルの話をするときに「全然飲まないサークルだった」って聞いたことがないから、どのサークルも大抵よく飲んでるんだと思う)

ー ー ー

観客として参加した、その日のライブはとっても楽しかった。

自分が知っているアーティストの曲が多かったのもある。
私の大好きで大切なバンドである、チャットモンチーをコピーしてくれた先輩たちがいて、久々にライブハウスの生音でチャットモンチーの曲聴いて鳥肌が立った。

最前列にいたおかげもあって、スピーカーから出てくるベースの重低音が全身に響いた。私はずっと、こういう場所にいたんだよなってことを思い出す。

夫が演奏した東京事変は、私たちくらいの世代のバンド好きなら誰でも1度は通るんじゃないかと思うほど、たくさんの人に愛されているアーティスト。案の定、どの曲をやってもその場にいるみんなが「ああ、あの曲ね」と盛り上がれる。

1バンド30分のもち時間。最初のわずかな間だけ、私も最前列で見守っていたのだけど、すぐに見守るより楽しさがまさった。初めましての人も、お久しぶりですの人も全員ごちゃ混ぜになって、いろんな人と歌って騒いで、すごく楽しかった。

前方の熱気がすごすぎて酸素が薄くて、少しの間だけ後方に下がっていたら、最後の曲、透明人間のイントロが始まった。

たぶん、その日のライブハウスには全体で60人くらいの人がいた。
私は最後の曲が流れ始めたときに後方にいたおかげで、観客サイドの全員が誰一人残らず前方に押しかけて、モッシュして、歌って騒いでお酒を飲んでいる様子をみた。
年齢も性別も何もかも関係なく、ほんとうに全員が立ち見で前に押しかけていって、すごく楽しそうにしている姿は、圧巻だった。

夫は去年も今年も、嬉々としてライブイベントを企画していて。当日も、本人が1番くらいに楽しそうにしているのだけど、「彼がつくりたい世界はこれなんだな」とふと思った。

全員で盛り上がれる曲があることも、全員が自分自身や曲やその場を自ら楽しもうとしていることも、すごくしあわせな空間だった。音楽って、やっぱりすごいよ。

そんなことを3秒くらいで考えて、私もまた前方に飛び込んでいった。

ライブの帰り道は耳鳴りがして、懐かしい気持ちになった。

卒業以来、ずっとみる側だった私だけど、みんなの楽しそうな雰囲気に触発された。来年の「ハセフェス」は、歌声がチバユウスケにそっくりな先輩とTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのコピーバンドをやろうと口約束をしてみる。実現できたらいいなあ、楽しみだなと思う。

ー ー ー

その次の日から、私はサッカーの試合観戦も兼ねて3泊4日で京都に向かうことになっていた。家を出るのは、朝7時過ぎ。

6時前には起き出して、準備を進める。冒頭のとおり、夫はもともと帰らない予定。この時点で何の連絡も入っていなかったので、これから4日くらいは会えないだろうなと思った。

家を出る時間がきて、ああもう時間がない!と思って、必要そうなものをバタバタと詰め込んだバックパックとサブバックを持って外に出て歩き出す。

うちの自宅は幸いにも、最寄駅から徒歩5分ほどの距離にある。電車の時間ギリギリでも、なんとか帳尻を合わせられるのがいいところ。

てくてく歩いて、そろそろ駅だなと思っていた頃、前方に見知った人影が見えた。

夫だ。

ああ、もうきっと誰かの家に泊まって、昼まで帰ってこないのかと思っていたけれど、そうか、帰ってきたのか。
それにしても、イベントも主催して、ライブも演奏して、徹夜で飲んで、さすがの夫もくたくたでへろへろになっている。

『おかえり』
「ただいま。〇〇線で帰ってくるのに2時間かかった」
『10分の距離を、2時間かけて(笑)おつかれさま』
「今日はどちらへ?」
『京都だよ、今から4日間いないよ。言ったじゃん〜』
「あっ、そうだった。え、会えてよかった〜」
『ほんとだね、会えたねえ』

そんな会話をしながら、夫は今きた駅までの道を少し戻ってくれて、私を見送った。

もしかしたら、5分違っていただけで、すれ違わなかったかもしれない。
もうこの数日間は会わないままだろうと思っていたけど、こういうときに巡り合わせがあるのは、やっぱりなにかご縁があるのだろうなと思う。こういうとき、彼は引きがつよい。

いろんなすきなもの、ひとに囲まれて。すきなものの話ができる人がいて、すきな音楽に包まれる空間があって。

ライブにいくのは、もしかしたら誰かにとっては非日常かもしれないし、わたしにとっても、もうそんなに日常から隣り合わせの存在ではない。だけど、そういう場所があると思えることって、しあわせだ。

そして、私にとっても、あの場に参加した人たちにとっても、きっとそう思えるような場所をつくりだせる、いろんな人をしあわせにできる夫はすごいやつだと改めて思った。

おつかれさま。今日はゆっくりおやすみ。

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