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「呼ばれた」感覚。説明のつかない自信。

もう1ヶ月前になるのか。
九州で取材を終えた後、大分空港へ向かう帰り道に国東半島へ立ち寄った。

全国に4万社あるといわれる八幡様の総本宮、宇佐神宮に立ち寄り、お参りの後にカボスを買った。そして、修験道が盛んだった六郷満山65ヶ寺の中で最大の寺院だったという馬城山伝乗寺跡に建つ真木大堂へ行く。
小さいお寺だが、ここには伝乗寺時代に祀られていた阿弥陀如来と四天王、牛に乗った大威徳明王、不動明王など、9体の仏像がある。
みな、現在のお堂の規模とは不釣合いなほどの大きさで、繊細な彫刻技術が施されている。

中でも、高さ255センチある不動明王は、木造のもので日本一の大きさだそうだ。背後から頭を包むように渦巻く炎を背負った姿は威厳に満ちていると同時にどこか艶かしくもあり、美しい。

不動明王は、酉年の守り本尊。酉年のぼくが、子どもの頃から意味もなく身近に感じていた仏さまだ。さらに、山伏修行を始め、その信仰に関わる荒澤不動明王を知ったことも、その感覚を一層強めた。

真木大堂を出ると、フライトまであまり時間の余裕がなかったが、どうしても気になる場所があった。

鍋山摩崖仏だ。

近くにある熊野摩崖仏は有名だが、鍋山摩崖仏は地図上に名前があるだけで、ネット検索してもほとんど情報が出てこない。そして、なんの摩崖仏が彫られているのかも分からない。

きっと小さな摩崖仏で、周囲から注目されていないものなのだろう。と思っていたが、去年、国東半島を訪れた時から不思議と心に引っかかっていた。

半ば無理やりクルマを止め、法面護岸の横に取り付けられた急な階段を上って山に入った。階段には木の枝が散乱し、左右から草が覆いかぶさっていて、普段、人があまり来ていないことが分かった。

それでも、「一体、どんな摩崖仏なのだろう」とワクワクしながら駆け上がった。

ポン

と岩に覆われた空間に出た。

そして、右手を見上げた時、息を飲んだ。

2メートル以上ある不動明王の摩崖仏が、突き出した岩肌の先端に立っていたのだ。

表面は風化したのか、その目鼻立ちは曖昧になっていたが、草木に覆われ、薄暗くなった小さな窟に浮かび上がる姿には、とてつもなく大きな存在感があった。

お経とご真言を唱えて、しばらく眺める。

偶然だったのだろうが、「呼ばれたんだな」と思えた。

そして、こうした偶然は、意味もなく自信をくれる。

何に対する自信かな。それを考えながら、クルマを空港へ急がせた。


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