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コンプリートリークレイジー

2月下旬にタイに渡った私は、タイのホステルで仲良くなった中国人女性チェン(34)とブラジル人女性ルーシー(38)と一緒に夜行列車でラオスまで行くことになった。

チェンは音楽大学を卒業した後貿易関係の会社で働いていたリトルミイみたいな見た目の女性で、ルーシーは歯科医師として働くきれいに並んだ真っ白な歯とラクダみたいなゆったりとした目が特徴的な女性だ。

ホステルの共用スペースでダラダラしていたところチェンが「次はどこの国に行くの?」と聞いてきたので「夜行列車でラオスまで行くよ。オンラインでチケットも予約したんだ」と答えると「私にもチケットの予約を教えて!それで日程をずらせるなら一緒に行こうよ」と誘われた。
楽しそうなのでチケットを取り直し一緒に行くことにした。
チケットを取ってから2日後くらいにルーシーも「ラオス私も行きたいわ!」と言い出し、結果2人分のチケットを予約する羽目になった。

タイーラオス国鉄の夜行列車のチケットの取り方は日本人の方が書いたブログを見ながらやったのだがかなり煩雑で、クレカがかなりの確率で弾かれなかなか難しい。
「日本人の賢さを全世界に見せつけたるで!」と思って私は張り切ってチケットを取ったのだが、これは彼女たちの他力本願物語の序章に過ぎないのである。

クルンテープアピワット中央駅から夜行列車に乗り込みタイ側の国境ノンカーイ駅を目指す。

座席は割とゆとりがある

夜行列車の中には食堂車があるから、そこで買ってきたものを食べようとチェンが提案する。食堂車に入るとウェイターのおじさんが注文を聞きにくる。
チェンは持ってきたものを食べるから場所だけ使わせてくれと話している。
ウェイターはもちろん「ノー。何か注文をしろ」と言う。
私は内心「そりゃそうだろ」と思っていたが、チェンは食い下がり、プリプリ怒っているので生暖かい目で見ることしかできない。
チェンはお金の話になると一段ギアが上がるタイプなのだ。

食堂車を後にし、不快に揺れる列車の中で酔い止め薬を飲んで到着まで眠る。
夜行列車の終着駅、タイのノンカーイ駅からはバスが出ていてラオス側の国境まで行けるが、1時間ほど待てばノンカーイ駅内の出国管理事務所が開き、ラオス側の国境であるウドンターニー駅まで列車が走るという。

ノンカーイ駅の出国管理事務所

ウドンターニー駅に着き、ラオス側のイミグレーションでチェンとルーシーがVISAの申請をする。

ウドンターニー駅へ
朝の光が気持ちいい
メコン川をまたぐタイラオス友好橋

チェンは英語が話せるのにこういった記入にイライラするらしく、何箇所かの書き間違えを指摘すると「わからない!!お前が書け!!」とペンを投げ出した。
列車で仲良くなったイタリア人のロレンゾは冷静にチェンに書き方を教えてあげている。
ついさっき知り合った人に怒鳴られて可哀想なロレンゾ。
ロレンゾ以外にもイタリア人のカップルがいて、私たちに「お気の毒様」と目配せして苦笑いする。
笑顔は世界の共通言語だというが、苦笑いも同じく共通言語であることを感じる。
チェンは再び叫んだ「ラオスになんか二度と来るか!!!」
お願いだから国境で叫ばないで!

乗り合いタクシーでウドンターニー駅からヴィエンチャン市街へ移動する。
チェンが「あなたはフリービザなんだからあの20バーツは払う必要なかったのよ」としつこく話しかけてくる。
「あれは入境税だ。チップじゃない!」と反論してもチェンは取り合わない。お金の話が始まると止まらない!
またしてもイタリア人が苦笑いを寄越す。
ヴィエンチャン中心部に着き両替と、チェンはSIMカードの購入をする。
チェンはどこからか連れてきた中国人男性にSIMカードの設定方法を教わっているようだ。


ラオスは肌感覚で治安の悪さを感じる。誰かに見られているような産毛が逆立つような心地の悪さ。
なぜ多くの人が口を揃えてラオスはひどいと言っていたのかがわかる。
外務省の発表している渡航レベルでは危険度1。
レベル1でこの薄気味悪さ?とびっくりする。

後からチェンに聞いたのだがSIMカードの設定をしてくれた中国人男性はSIMカードの購入には必要のないはずのパスポートを要求し、チェンが返すように言うと怒鳴り出しそのまま奪おうとしたという。
「ラオス、ミャンマーなど中国に面する国境の国々は人身売買が横行している」とチェンは言った。
ホテルの周りの薄暗いところをちょっと歩けば気持ち悪く擦り寄ってくる中国人系男二人組。
ゾッとしてチェンに「Watch out!」と叫び彼女を引き寄せるとすぐにさっとどこかへ消えていった。

ラオス、怖すぎる。

ホテルが中国系ということもありホテルの周りは中国人街


ラオス二日目、チェンは早々にどこかに出かけ、私はホテルから出たくなく洗濯したりネットサーフィンをしたりとゴロゴロしていた。
ルーシーも同じようにベッドでゴロゴロしている。
しばらくしてルーシーに何気ないことで話しかけるとなぜか彼女は泣いている。
ビックリして訳を聞くと、買ったeSIMの設定ができないのだと言う。

「そんな ことで 泣くなー!!!!」と叫びたいが、宥めてeSIMの設定方法を調べてあげる。結局ルーシーのiPhoneではeSIMは設定できず、ルーシーはシクシクして何もできないので私が代わりに返金申請をする。
ホテルのカウンターでSIMが買える場所を聞いてみようと一緒に聞きに行くと、なんとホテルのカウンターでSIMが買えた。

電波を得るとルーシーはたちまち元気になって一人で遊びに出かけた。
明日私とルーシーはラオス北部のルアンパバーンへ行く必要があるのに列車のチケットの手配もせずに。

チェンは一人で遊びに行って帰ってこない。
「勝手な奴ら!!」と怒り心頭だが、列車の手配をしなくては。
チケットの購入方法は三つあった。
一つはヴィエンチャン中心部にあるチケットセンターだがここは15時半ですでに閉まっている。もう一つはアプリから。しかしクレカはことごとく弾かれてしまう。
こうなったら列車の駅まで行って窓口で買うしかないと思い、ホテルのカウンターでルアンパバーン行きの列車のチケットが買える場所について聞いてみる。
ボーイが「アプリで買えるよ」と言うので「私のクレジットカードは弾かれちゃうのよ」と伝える。
するとボーイは「僕が代わりに買うよ」と買ってくれたのだ。
パッとしないアプリのURに丁寧に我々のパスポートやビザ情報を打ち込む。あぁ、なんて親切なんだろう!
感動した矢先に疑ってしまって申し訳ないが、キャンセルされたら困るのでチップを少し渡した。

ラオスは治安が悪いので私はなるべくホテルから出ずシャーロックホームズのように全てをホテルで済ませたかった。

ヴィエンチャンからルアンパバーンまで2時間ほどで約2400円


ホテルのボーイが代わりに買ってくれてチケットが手配できたことをルーシーに伝えると「omg❤️❤️❤️」と喜んでいた。
「ぬわにが「omg❤️❤️❤️」じゃ!!」と思うがグッと飲み込む。
こいつらは大人気なさ過ぎてこちらが大人になるしかないのだ。

ラオス二日目は3人で過ごす最後の夜だ。
ラオスの軽い味のビール、beerlaoを飲みながら色々話す。
夜行列車で揺れてお尻がぶれまくってトイレができなかったこと、それぞれの国の言葉で話す「おっと!」(中国語はアイ(オー?)ヤー、ポルトガル語はエイタ!)、ラオスはブラジルに比べるとはるかに治安がいいこと。

締めくくりのようにルーシーが私とチェンに話す。
「チェン、you’re completely crazy.あなたは完璧にイカれているからブラジルでも生きていけるわ。だってあなたタクシーの運転手が(釣り銭を誤魔化そうとしたら)『ten thousand!!!』って狂ったように叫んでいたもの!本当にイカれているわ」
続けて私に「あなたはプリンセスでキュートで、ブラジルじゃ負けちゃうわ」と赤子をあやすように言う。
私は内心「なんでも人にやってもらってお前のがプリンセスだろうが!」と思ったけど黙って話を聞いた。
それにラオスの治安でさえ参っているのでブラジル在住のルーシーが「ラオスは天国よー」と言うからには私は実際ブラジルじゃ生きていけないだろう。
そのあと会はお開きになり、私がベッドで大股を広げて歯を磨いているとルーシーは「oh,you are not princess 」と失望したように言い私は早くもプリンセスの座を失うことになった。


チェンが中国へ、ルーシーがベトナムに寄ったのちブラジルへ、私はバンコクに戻ってブータンへ向かうので多国籍女子チームは解散となった。
私よりずいぶん年上の人たちなのに今までよう生きて来られたなと思うほど自分勝手で他力本願な人たち。
でもそんな2人といたからこそラオスという過酷な環境の国を楽しむことができた。
2人とも明日また会うような軽いさよならの言葉しか言っていないのでまたいつか会えそうな気がする。

追記
タイラオスドタバタ移動から早くも1ヶ月が経った。チェンとはたまにDMのやりとりをしている。ルーシーはDMしてこないけど、ルーシーはそういうタイプなのだ。
あれからいくつものホステルを渡り歩き、それなりにいろんな国の人と交流したが、私は時々彼女たちのことが恋しくなる。

ルーシーがお守りにくれた10セントコイン


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