あやかしの鼓 夢野久作

私はこれを私の思うた人に打たせて『生きながら死んでいる私』の心持ちを思い遣ってもらおうと思ったのだ。ちっとも怨んだ心持ちはなかった。

その声は非常に静かで女のような魅力があった。

この家中に充ち満ちている不思議さ……怪しさ……気味わるさ……が一時に私に襲いかかって頭の中で風車のように回転し初めた

私はその時何の意味もなくお辞儀をしたように思う。その婦人もしとやかにお辞儀をしてすれ違った。その時に淡い芳香が私の顔を撫でて胸の奥までほのめき入った。

「あやかしの鼓」の皮は、しめやかな春の夜の気はいと、室に充ち満ちた暖かさのために処女の肌のように和らいでいるのを指が触わると同時に感じた。

私は恋にやぶれて生きた死骸になった心持ちだけをこの鼓に籠めた。私の淋しい空になった心持ちだけをこの鼓の音にあらわした。怨む心なぞは微塵もなかった

ガチャリと硝子の壊れる音がして不意に冷たい手が私の両手を払い除けた……と思う間もなく眼を閉じた私の顔の上に烈しい接吻が乱れ落ちた。酒臭い呼吸。女の香、お白粉の香、髪の香、香水の香――そのようなものが死ぬ程せつなく私に襲いかかった。

その途中あんまり疲れたので、とある丘の上の青い麦畑の横に腰を卸すと不意に眼がクラクラして喀血した。その土の上にかたまった血に大空の太陽がキラキラと反射するのを見て私は額に手を当てた。そうしてすべてを考えた。