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「プロレスと音楽」 #1【デスマッチのカリスマ】葛西純 入場曲

「プロレスと音楽」というテーマで、まず最初に思い浮かぶのは「入場曲」ではないでしょうか。
試合前の期待感を飲み込むように、静かになる会場。そこに鳴り響くテーマソング! イントロが流れ、ついに花道に姿を現したプロレスラーに観客は声の限りにコールを送り、拍手と共にリングに迎え入れる…という一連の“儀式”は、プロレス興行の中の、ある種のクライマックスといえる場面かも知れません。 
コロナ禍となった現在では観客は声を出して応援することが禁止されていることが多く、拍手を送ることしかできないのですが、その興奮と熱量は変わらず続けられています。

そして、いま最も入場シーンが盛り上がるといわれているプロレスラーが葛西純。入場曲はCOCOBATが演奏する『DEVIL』です。

チーンチーンチーンチーンとシンバルカウントが4つ入り、「ウォ~~! オオオ~! オオオ~!」と地の底から唸るような雄叫び、そしてドドドドドドドドギュイーン!とボルテージが高まり、勇ましいギターリフに合わせて観客は「カッサッイ! カッサッイ!」と叫ぶ! 
このコールの盛り上がりと会場の一体感が凄まじく、マット界随一の入場シーンといわれているのです。

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葛西純は「デスマッチのカリスマ」と呼ばれている選手。デスマッチとは、プロレス界のなかでも一部の選手しか踏み入れない特殊な試合形式で、蛍光灯やガラス、画鋲やカミソリなど、殺傷能力の高いアイテムが公認凶器としてリングに持ち込まれ、流血必至、全身傷だらけになりながらの攻防が続き、プロレスを超えた「死合」が展開します。
蛍光灯が爆散し、受け身を取るだけで大ダメージとなるリングで死力を尽くして闘うデスマッチレスラーの姿は、逆に強烈に「生」を照射させ、一度ハマったらデスマッチでないと物足りなくなるほどの中毒性があります。

このデスマッチの過酷で深淵な世界と、葛西純の欠場と復帰、そしてコロナ禍での葛藤を最前線で捉えたドキュメント映画『狂猿』がまもなく公開されます。プロレスに詳しくなくても、映画として今まで見たことがないシーンが目白押しで、劇場のスクリーンで鑑賞すれば必ず衝撃を受けるはずです。

では、なぜ葛西純の『DEVIL』がプロレス入場曲の最高傑作なのか、ということについて個人的に分析していきたいと思います。

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Toy's Factory Japan
COCOBAT『Tsukiookami』 M4 - Devil

まずはプロレス入場曲の簡単な歴史から。このジャンルは熱心なマニアの方がたくさんいて、詳細な研究が進められているんですが、今回は超ザックリと、完全に私見で進めてみます。

そもそも、「プロレスラーが入場する時に曲を流す」という演出は、「テレビ中継時の盛り上げ」のために導入されたようです。

70年代末に国際プロレスという団体の中継で始められたと言われており、その後に『全日本プロレス中継』や、『ワールドプロレスレスリング』などの番組にも広がっていきました。
という流れもあり、初期のプロレスラー入場曲は、中継番組を制作していたテレビ局のディレクターが選曲していたものが多かったといいます。
当時の人気レスラーはガイジン選手が多かったこともあり、洋楽や、そのカバー曲が多く起用されたのも特徴的。
ミル・マスカラスの『スカイハイ』アブドーラ・ザ・ブッチャーの『吹けよ風、呼べよ嵐』ブルーザー・ブロディの『移民の歌』…。いま4~50代の洋楽マニアのなかには、この時期のプロレス入場曲でロックに触れ、目覚めたという人がけっこういます。
一方、ザ・ファンクスの『スピニング・トーホールド』は日本のバンド、クリエイションが作曲するなど、徐々にオリジナル曲も製作されていき、プロレス入場曲はカバー含む洋楽とオリジナル曲の2大路線となっていきます。

さらにこの時期は既存の洋楽でも、入場用にオリジナルの編曲がなされているのも特徴的。
いまもバラエティ番組における乱闘シーンでは定番となっているスタン・ハンセンの入場曲『サンライズ』。本来はスペクトラムの楽曲ですが、冒頭にヒヒーン!という「馬のいななき」や「ムチの音」などのSEやカントリー調のイントロ、そして大きく息を吸うようなブレイク音などが挿入されており、担当ディレクターがハンセンのイメージを強調するために、いくつかのレコードからつなぎ合わせたものだそうです。さらにイントロから間奏に直接繋いだり、テンポも調整してあるなど、マッシュアップものとしても手が込んでいる。
こうした原曲へのイジリが多いところがマニアにはたまらないところで、元ネタ探しや時期によるアレンジ違いなどが研究され続けているようです。

90年代に入ると、入場曲は選手個人のテーマ曲という色合いが強くなり、試合で勝利するとその選手の曲が流れるという演出もよく行われるようになりました。
さらにビッグマッチではアレンジを変えて特別感を出したり、凱旋帰国した時や善玉から悪役にヒールターンする際に楽曲を変えてイメージチェンジを図るなども定番化。
プロレスラーにとって、入場曲はコスチュームと同じくらいキャラクターやアイデンティティを表現するものとなります。

すると、逆転の発想をした演出が生まれます。従来の「選手の入場時に曲を流す」というだけでなく、曲が鳴ることが選手の登場を意味することになっていくのです。

プロレスには事件性がつきもの。特に試合中やその前後に選手が突然あらわれる「乱入」は、観客を興奮の渦に叩き込む極上のサプライズです。

その際によく使われるのが、試合中にいきなり入場曲が鳴り、観客に「え…この曲は…もしかして…?」と期待させ、実際に選手が登場するという「直前予告」的な演出。

これはWWEなどアメリカンプロレスが多用しています。例えば、ストーンコールド・スティーブ・オースチンという選手の入場曲には最初にガラスが割れる音が入ってるのですが、WWEユニバースはその音だけでストンコの登場を確信し、チャントを送るのです。

よって、優れたプロレス入場曲は、最初のフレーズだけでどの選手かわかる、ということが重要になってきます。

これもWWEから始まった「ロイヤルランブル」という試合形式は、バトルロイヤルと呼ばれる複数の選手が同時に試合を行いつつ、さらに数分ごとにひとりずつ選手が入場して戦いに加わっていくという特殊ルール。
試合中にカウントダウンが始まり、入場曲がヒット、花道に選手が登場してリングイン、という流れになるんですが、参加選手や登場順がシークレットにされている場合は、観客はちょっとしたイントロクイズの回答者のような心境になり、曲をワンフレーズ聞いただけですばやく選手の名前をチャント、リングに迎え入れるということを繰り返します。
これがめちゃくちゃ楽しいのです。

長くなりましたが、現代のプロレス入場曲に求められる要素をまとめると、
・楽曲と選手のイメージの「シンクロ率」
・観客が曲と共にコールしやすい「リズムと間」
・最初のワンフレーズで周知させる「イントロのインパクト」

葛西純の入場曲『DEVIL』は、この3つをバランスよく持っていることがわかります。

『DEVIL』の原曲は、日本のインディーズシーンに礎を築いた、伝説的なパンク/ハードコアバンドGASTUNKによるもの。85年に発表された1stEP「GASTUNK」にも収録されている、代表曲のひとつです。

この曲をCOCOBATがカバーしたバージョンが、葛西純の入場曲として使用しているものになります。
COCOBATは、91年に結成。中心メンバーのTAKE-SHITは、幼少のころから後楽園ホールに通っていたというエリートプロレスファン。外人レスラーのサインをもらいにホテルにも通いつめていたところ、たまたま同時期の来日していた外タレバンドにもサインをもらうようになり、そこから洋楽に興味を持つようになったという逸話もあります。

バンド名の「COCOBAT」も、往年の名レスラー、ボボ・ブラジルの必殺技『ココバット』から取られたこともあり、デビュー時からプロレス・格闘技ファンからも注目される存在でした。

『DEVIL』は98年に発売されたミニアルバム『Tsukiookami』に収録されています。


COCOBAT 『Tsukiookami』

ではなぜ、この『DEVIL』を葛西純が入場曲に使うようになったのか。
ご本人に話を伺ってきました!

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葛西「俺っちが大日本プロレスでデビューして、数年経ったくらいの頃アメリカから「CZW」というデスマッチ団体のレスラーが大挙として来日したんだよ。それまでのデスマッチでは使わなかった芝刈り機やデカいホッチキスみたいなアイテム持ち込んで暴れまくっていて、俺っちは大日本プロレスの本隊とについて抗争していた。それで、2000年の後半くらいにCZWのニック・ゲージという選手が来日するはずだったんだけど何かやらかして来れなくなって、それだったら葛西純がCZW側に入るということになった。
CZWはヒールだったんで、せっかくだからもっと悪い感じの入場曲に変えようと思ってね。俺っちはずっとCOCOBATが好きだったから、持ってたCDの中からいろいろ聞いてるなかで『DEVIL』がいいなと思って、使うようになった」

当時のプロレス業界では入場曲を団体側が選ぶことが多かったなか、自らこの一曲を選び出したところにも、カリスマ葛西純の非凡なセンスが発揮されています。

葛西「それで『DEVIL』を使いはじめたんだけど、それからすぐにCZW総帥のザンディグから「お前は猿キャラなんだから、この曲を使ったほうがいい」と、SkidRowの「Monky Business」に有無を言わせず変えられてしまったんだよ」

「Monky Business」も、イントロの溜めからの爆発感が、プロレス入場曲にふさわしい名曲。当時の葛西のイメージにも良く似合っていて、ザンディグのセンスもなかなか悪くないです。

葛西「そのあと俺っちはいろいろあって大日本プロレスを辞めて、ZERO-ONEという団体に移籍したんだよ。そこではキャラクターレスラーのポジションで、デスマッチもやらずにコミカルな試合ばかりするようになってしまって、ゴダイゴの『モンキーマジック』で入場させられていた。ぜんぜんテンション上がらなかったね。それでどうにもこうにもデスマッチがやりたくなってZERO-ONEを離脱して、大日本プロレスにUターン参戦するようになってから『DEVIL』に戻した」

それから一貫して『DEVIL』を使い続けることで、葛西純のカリスマ性はより高まり、そして『DEVIL』もプロレス界ナンバー1の入場曲といわれるまでなったいうことになります。

ドキュメント映画『狂猿』でも、DEVILが何度も、最高のタイミングで流れます。コロナ禍直前の、まだ観客が声を出してカサイコールが出来た時の模様も記録されており、劇場であの興奮を再現してくれます。

そして、コロナが明けたらぜひ会場で『DEVIL』と葛西純の入場を。一生忘れられない体験となることは保証します。

葛西純選手所属 | プロレスリングFREEDOMSを観に行こう!

激闘のスケジュールはこちら↓

映画「狂猿」はいよいよ2021年5月28日(金)から公開!

最後まで記事を読んで頂きましてありがとうございました!

出洲 待央(です まちお)

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