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【令和3年改正法】新手続下での発信者情報開示命令事件/却下決定に対する異議事件(却下決定認可)


ポイント

 今回は、プロバイダ責任制限法(※令和6年(2024)改正法で情報流通プラットフォーム対処法[略称「情プラ法」]に名称変更)の発信者情報開示命令事件手続(同法8条以下)の事案をご紹介します(東京地判令和5年7月6日令和5年(ワ)第70144号)。この事案では、写真の著作物性を認めずに著作権侵害を否定し、発信者情報開示命令申立てを却下した原決定に対し、原告が異議の訴えを提起したものの、やはりその主張は認められず、原決定が認可されています。

 法改正後も、従来の発信者情報開示請求(訴訟手続)を利用できますが、新たに追加された発信者情報開示命令事件手続(非訟手続)は、より迅速な権利救済を実現可能なため、発信者情報開示における主要な手続となりつつあります。

 なお、新手続下においても、権利侵害の明白性の有無など、発信者情報が開示されるかどうかの実体的な判断基準は、従来(訴訟手続)の事例が依然として参考になります

(※改正前の手続については、以下の記事等も併せてご参照ください。)

 本記事のポイントは、以下の4点となります。

・プロバイダ責任制限法の令和3年改正により、従来の訴訟手続に加えて、発信者情報開示命令事件手続(非訟手続)が創設された。

・発信者情報開示命令事件手続の特色は、①一つの裁判手続で迅速な権利救済を実現可能である点と、②原則非公開の手続である点にある。

・発信者情報開示命令の申立てについての決定に対して異議の訴えを提起すると、非訟手続から通常の訴訟手続に移行し、②非公開ではなくなる。

・インターネット上に投稿した写真を、第三者が無断でインターネットに再投稿された場合であっても、写真に著作物性が認められず、著作権侵害とならない場合がある

1.事実関係

 司法書士である原告は、twitter(現X)に、自身が申し立てた別の発信者情報開示仮処分命令申立事件(別件申立)に係る申立書類一式をiPhoneで撮影(本件写真)し、申立てを完了した旨のコメントと共に本件写真を投稿しました。

 これに対し、氏名不詳者は、原告が撮影した本件写真を無断で添付した上で、別件申立てについてのコメントとともに(リツイートではなく)再投稿しました(本件投稿)。

 そこで、原告は、アクセスプロバイダである被告に対し、本件投稿が著作権(公衆送信権及び送信可能化権)、著作者人格権(氏名表示権)、名誉権を侵害するものであるとして、発信者情報開示命令の申立て(法8条1項)の申立てを行ったのですが、この申立ては却下(決定)されました。

 そのため、原告は、原決定に対して、異議の訴え(法14条1項)を提起し、本判決が下されました。 

2.新手続:発信者情報開示命令事件手続

(1)令和3(2021)年改正(2022年10月施行)の背景

 旧法では、発信者情報開示を裁判所が関与する手続で求める場合、①SNSや電子掲示板等を運営するコンテンツプロバイダに対する発信者情報開示仮処分申立、②通信を媒介したアクセスプロバイダに対する発信者情報開示請求訴訟という2段階の手続を経ることが必要となっていました。そのため、当事者にとって時間やコストの面で大きな負担があり、迅速な権利救済の妨げとなっている旨の課題が指摘されていました(総務省『プロバイダ責任制限法逐条解説』55頁以下(2023 年3月))。

(2)発信者情報開示命令(法8条)

 これを受けて、新法では、新たな手続として発信者情報開示命令事件手続が創設されました(法8条以下)。

 発信者情報開示命令事件手続は、従来の訴訟手続(公開・対審原則)ではなく、柔軟な制度運用が可能となる非訟手続(審理非公開・職権探知主義)である点が特徴です。本案である開示命令に付随的な、コンテンツプロバイダへの提供命令とアクセスプロバイダへの消去禁止命令とを組み合わせることで、一つの裁判手続での迅速な権利救済を実現を狙ったものです。

 一方、開示の判断要件は発信者情報開示請求の条項(5条)を引用しており、従来から変更はありません。

(発信者情報開示命令)
第8条 裁判所は、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者の申立てにより、決定で、当該権利の侵害に係る開示関係役務提供者に対し、第5条第1項又は第2項の規定による請求に基づく発信者情報の開示を命ずることができる。
(以下略)

令和3(2021)年改正後プロバイダ責任制限法

(3)異議の訴え(法14条)

 発信者情報開示命令事件手続の特徴は、命令の既判力(確定判決と同様の蒸し返し禁止効)及び異議の訴えです(14条)。

 非訟手続における命令は、一般に、通常判決と異なり既判力がありません。しかし、発信者情報開示命令については、同じ件を再度訴訟で訴えること(蒸し返し)を防ぐために既判力が認められています(14条5項)。

 異議の訴えは、通常の非訟手続の場合の即時抗告とは異なり、当事者双方が異議の「訴え」という訴訟手続に移行することができる権利を保有するという特則として定められました。発信者の表現の自由の保護の観点から訴訟手続への移行を認めるものです。発信者情報開示命令(非訟手続)の決定は、請求の当否を判断(民事訴訟手続の本案判決に相当)する決定と、請求の不適法却下の決定が存在しますが、異議の対象となるのは前者の請求の当否を判断する決定だけです(14条1項)。

 本判決は、発信者情報開示命令申立の却下決定に対し、原告から異議の訴えがあった事案です。本判決では原決定が認可されました。

(発信者情報開示命令の申立てについての決定に対する異議の訴え)
第14条 発信者情報開示命令の申立てについての決定(当該申立てを不適法として却下する決定を除く。)に不服がある当事者は、当該決定の告知を受けた日から一月の不変期間内に、異議の訴えを提起することができる。
2 (略)
3 第一項に規定する訴えについての判決においては、当該訴えを不適法として却下するときを除き、同項に規定する決定を認可し、変更し、又は取り消す。
4 (略)
5 第1項に規定する訴えが、同項に規定する期間内に提起されなかったとき、又は却下されたときは、当該訴えに係る同項に規定する決定は、確定判決と同一の効力を有する。
6 裁判所が第1項に規定する決定をした場合における非訟事件手続法第59条第1項の規定の適用については、同項第二号中「即時抗告をする」とあるのは、「異議の訴えを提起する」とする。

令和3(2021)年改正後プロバイダ責任制限法

3.投稿の態様及び内容

 まず、原告は、2020年9月3日、本件写真と共に以下の文章をツイッターに投稿しました。

 「発信者情報開示仮処分の申立をまた行いました 月曜日に債権者面接。明日はYou Tube動画とコメントで開示したいものがあるためGoogle社に申立予定です。もう少し勉強させていただき、匿名による誹謗中傷に困っている方に情報提供したり、書類作成をしてあげたりとできるようにいたします。」

 これに対して、氏名不詳者は、2020年9月4日本件写真と共に、以下のコメントを投稿しました(本件投稿)。

申立を行ったというツイートを掲載している画像。申し立てをしたというなら、受付印を受けた控えの画像が出てくるのだが。」 

 なお、本件投稿のように、改正法の施行(2022年10月1日)以前の投稿も発信者情報開示命令事件手続の利用が可能です(参照:総務省「プロバイダ責任制限法Q&A 問10-1」)。

4.権利侵害の明白性に対する判断

 この事案では、権利侵害の明白性について、主に以下の4点が争われましたが、原告の異議には理由がないとして、原決定を認可(原決定の維持)する判決を下しました。

(1)本件写真は著作物か

 本判決は、原告の写真について、著作物とは認められず、本件投稿により原告の著作権が侵害されたことが明らかとはいえないと判示しました。

(定義)
第2条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
1 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
(以下略)

著作権法

 著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したもの」をいいます(著作権法2条1項1号)。

 本判決は、本件写真の構図は、発信者情報開示処分申立事件に関する書面等に関するもので、その大体の部分が写真の枠内に収まるようにほぼ真上から撮影するというごくありふれたものであり、光量、シャッタースピード、ズーム倍率等についても、原告において格別の工夫がされたものと認めることはできないのであるから、原告の有する写真に対する思想や感情を十分に考慮したとしても、創作性が認められず、「著作物」性は認められないと判断しました。

(2)本件投稿に引用の抗弁(著作権法32条1項)は認められるか

 本判決は、「仮に本件写真に著作物性が認められるとしても」との前提で、著作物についての正当な引用に該当すると判断しました。

(引用)
第32条
 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
 (略)

著作権法

 本判決は、引用の要件該当性については、引用される著作物の内容及び性質、引用の目的、その方法や態様、著作権者に及ぼす影響の程度等の諸般の事情を総合考慮して、社会通念に照らし判断するのが相当であるとしました。

 本件写真を利用した目的については、原告が、本件投稿において、本件写真に「受付印」がないことを批評する目的と認定し、本件写真を示すことは、批評の対象となった投稿の内容を理解するに資するものといえるから、「批評の目的上正当な範囲内で行われた」ものと述べました。

 また、本件投稿では、写真に債権者として原告の氏名が記載され、「申立を行ったというツイートで掲載している画像。」との記載をしています。一般の閲覧者の普通の注意と読み方を踏まえると、本件写真の撮影者は、原告であると理解され、本件写真の出所は明らかといえます。これらを踏まえ公正な慣行に合致した引用であると認めました。

(3)原告の氏名を表示がしていないことが、氏名表示権侵害になるのか

 本判決では、同様に「仮に本件写真に著作物性が認められるとしても」との前提で、本件投稿による著作物についての氏名表示権の侵害がないと判断しました。

(氏名表示権)
第19条 著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。
 著作物を利用する者は、その著作者の別段の意思表示がない限り、その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示することができる。
 著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる。
 (略)

著作権法

 著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害する恐れあないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができます(19条3項)。
 
 本判決は、仮に本件写真に著作物性が認められるとしても、(2)で述べたように写真の著作者が原告であると理解され、本件投稿の記載内容、掲載態様等を併せ考慮すれば、原告の氏名の表示は省略可能であるとし、原告の氏名表示権の侵害は成立しないと判断しました。

(4)名誉権侵害があるか

 本判決は、名誉権侵害は成立しないと判断しました。

 本判決では、名誉権侵害が成立する人の社会的評価を低下があるかについて、「ツイッターにおいて」も一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきである旨、従来の判例の立場を踏まえた基準を適用しました。
その上で、本件投稿は、本件写真には受付印が押されていない事実を摘示するものにすぎず、これを超えて原告が虚偽の事実を投稿する人物であることを摘示するものと認めることはできないとして、原告の社会的評価は低下しておらず、名誉権侵害は成立しないと判断しました。

5.さいごに

(1)法改正による様々な注意点

 プロバイダのログ保存期間は、プロバイダ側企業によりますが、早ければ3か月程度と短く、被害者が発信者情報開示を求める場合には、迅速な対応が必要です。

 改正法の施行(2022年10月1日)後、新設された発信者情報開示命令事件手続は、①一つの裁判手続で迅速な権利救済を実現可能である点と、②原則非公開の手続である点に特長があることから、発信者情報開示における主要な手段となっています。実際に、開示までの期間は、従来の訴訟手続では、少なくとも3か月以上かかっていたものが、新手続を選択すると、1か月程度で開示される例もあり、短縮されている傾向にあります。

 もっとも、新手続においても、様々な注意点が存在します。例えば本件のように、開示命令に不服がある場合、異議の訴えに移行し、公開の訴訟手続となります。また、改正後間もないことから、企業や裁判所の対応も依然として流動的な状況にあります。例えば、一部のコンテンツプロバイダ・アクセスプロバイダの中には、開示請求が集中して対応が遅延するなど、新たな事象も生じています。

 匿名者から権利侵害を受けた企業の側としては、取り得る手段の選択肢が増大した中で、事案の性質や、プロバイダ側の対応に応じた戦略的な手段を選択する必要性が高まっていると言えます。

(2)著作物か否かの判断の難しさ

 また、著作物性の判断は、事案ごとに判断が分かれ得るものとなり、その主張は型どおりの主張だけで足りるものではありません。本判決は、そもそも著作物性を否定しているにもかかわらず、「仮に本件写真に著作物性が認められるとしても」との前提を置きつつもあえて引用や氏名表示権侵害の判断を示した背景については、裁判所自身、今回の事例において著作物性については微妙な判断となる場合も多く議論を深める必要があると考えていた可能性があります。

 この点、法改正の際の研究会最終報告では「新たに非訟手続においては、非訟手続の開示決定により氏名・住所等の発信者情報が被害者側に開示されうることも踏まえ、開示可否判断についての詳細な理由が示されることが望ましく、これにより、非訟手続における裁判所による判断の事後検証可能性が確保される必要がある」とされています(総務省・発信者情報開示の在り方に関する研究会「最終とりまとめ」29頁)。

 したがって、実際に権利侵害の事象に直面した場合には、一般的には、安易に著作権侵害の有無を判断せず、対応方法も含めて弁護士に専門的・総合的な助言を得るのが望ましいと考えられます。

 なお、日常の写真に著作物性を認めた判例については以下の記事をご参照ください。


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