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僕が語っておきたい下北沢⑥ロオゼンシュタインとデイベンロイ

森茉莉は小説の中で自身の生活圏だった下北沢周辺を時に町名を交えて写実的に描写している。

渋谷から若林の奥へバスで入ったところに、北沢という町があり、バス通りの裏側に、寺院の境内や樹立ちが右側に長く続いた小道がある。》(『恋人たちの森』)

 シモキタに長く住んだ者なら、ここに出てくるバス通りが茶沢通り、寺院が森厳寺であることは容易に察しがつく。

下北沢・森厳寺。すぐ隣に北沢八幡宮がある。

新宿、三軒茶屋間のバス通りとを繫ぐ上水を挟んだ何本かの小道の一つである。その小路の一角に、小さな砂利置き場があり、その砂利置き場の隣りに、時々薔薇色の車の止まっている何か分からない建物があった。よくみるとロオゼンシュタインという銀座の菓子屋の配達屋兼菓子焼き場である。

 この茶沢通りぞいに昔、ユーハイムの工場があったという。それがロオゼンシュタインのモデルだというのは森茉莉ファンの間では定説である。ちなみに、ユーハイムの創業者カール・ユーハイムは第一次大戦時、捕虜として日本に連れてこられ、そのままこの地に残り、バウムクーヘンを伝えた。今もユーハイムのバウムクーヘンは当時の製法で作られているという。さぞかし、この上水附近は、バウムクーヘンを焼く甘い香りが漂っていたことだろう。
ロオゼンシュタインRosensteinは独逸の地名で人名としても広く使われているが、直訳すれば、薔薇色の石。大の仏蘭西かぶれである茉莉が小説の中にぽつんと落とした独逸語に父鷗外とをつなぐ細く長い臍帯を思わせた。
 茉莉の小説の下北沢は現実の下北沢を正確に模写しながら、読んでいく者を、まるで代沢あたりを結界にして、もうひとつの下北沢、架空の街下北沢へといざなってしまうのだから不思議だ。
 むろん、道具立てもそろっている。ギドウ、パウロとったどこか浮世離れした登場人物の名前、ロジェ・ギャレの石鹸、巴里製のブリヤンチン、薄紫の透明な固形の荒れ止め、4711番のロオ・ド・コロニュといった言葉の宝石の幻惑、あるいは麺麭(パン)、紅玉(ルビィ)、紙巻(シガレット)といった独特のルビつかい。そうそう、この人の場合、セーターでなくスウェータア、フィリップモリスではなくフィリップ・モオリスでなくてはいけない。ロオゼンシュタインという表記もその倣いだろう。
 とりわけ、僕をうっとりさせたのは、「薔薇色の車」という言葉。これは美少年パウロが運転する薔薇色の石(ロオゼンシュタイン)の配達車である。僕のイメエジでは、この車だけが現実の下北沢と架空の下北沢の通過を許されている。バタアとミルクの香りをまとった焼きたての洋菓子を乗せた薔薇色の車を何度、シモキタの街に探したことか。
 薔薇色の車には出会うことはなかったが、僕はこの街でもうひとつの素敵な車を知った。ピーコックの前あたりにときど止まっているデイベンロイのパネルトラックである。ホワイトとオリエントブルウを基調にしたボディにデイベンロイというレトロな書体が、ノスタルジックなうたかたの白昼夢に酔わせ、こいつを見かけたときは一日なんとなく得をした気分になったものだ。「リネンサプライ」の文字がなければ、遊園地にあるアイスクリイム(僕も茉莉に感化されたか)の車と勘違いしていただろう。
 さて、デイベンロイ(Davenroy)というのは、はたして何語か。僕にはやはり独逸語的な響きを感じるのだが、実は創業者3人(いずれもハワイの日系人)の名前を合わせたものだそうで、どうりで辞書を探しても出てこないわけだ。
 デイベンロイの車も森茉莉の薔薇色の車も一対のイメエジとなって僕の記憶のシモキタに永く停車している。
 まあ、他人様にはどうでもいいささやかなハッピーですが、これも僕流の贅沢貧乏なのです。

この車の運転手は、まるでキャンディマンのようなシマシマの作業着を着ているような気がした。

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