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原爆をソ連に売った?夫婦、最期の接吻

「ユダヤ人(アインシュタイン)が研究しユダヤ人(オッペンハイマー)が作りユダヤ人(ローゼンバーグ)が敵に売った原子爆弾」なんて戯れ歌がある。
 1953年6月19日、NY市のシンシン刑務所であるユダヤ人夫婦が電気椅子で処刑された。電気技師ジュリアスとエセルのローゼンバーグ夫妻である。

彼らは死ななければいけないのか? サッコ&ヴァンゼッティ事件(1920年代に起きた冤罪事件。その判決の裏には司法のイタリア系移民に対する偏見があったという)になぞられ、「冷戦の被害者?」としている。

 夫妻は、エセルの弟である原爆工場勤務のデヴィッド・グリーングラスを通して夫妻がソ連側に原子爆弾に関わる機密を売った容疑で逮捕され、一貫して無実を主張していたが、結果的にグルーングラスの証言が決めてとなって死刑が確定した(国家反逆罪)。この判決に対して、パブロ・ピカソやジャン・コクトー、ジャン・ポール・サルトルらの著名人や左翼運動家、親ソ家言論人が中心となって、世界規模の助命運動が起こった。「(夫妻の)死刑判決は冷戦と反ユダヤ主義の生贄」であるというのが、サルトルの主張である。

ローゼンバーグ夫妻助命デモ。現在、ソ連側の情報開示によって、この運動にソ連側の資金流入があったことがあきらかになっている。

 

夫妻が座った電気椅子。現在はローゼンバーグ資料館の展示物となっているという。

 夫妻の死刑判決に決定的な影響を与えたというのは、裁判の検事だったロイ・コーン。彼は勝つためならどんな手段を厭わないということで知られ、よくいえば敏腕、悪く言えば悪徳弁護士といったタイプの人。一説によれば、グルーングラスに、夫妻に不利になる証言をそそのかしたのが彼だといわれている。
 彼のその手腕に目を止めたのが、悪名高き?ジョセフ・マッカーシー上院議員とエドガー・フーバーFBI長官で、その後、コーンは赤狩りの影の斬り込み隊長となって二人の信任を大とした。大の反共主義者として知られるコーンだが、実は隠れ共産党だったという証言もある。また、ローゼンバーグ夫妻を電気椅子に送ったコーンであるが、反ユダヤ主義どころか、彼自身がユダヤ系というのも壮絶なオチだ。ゲイの権利拡張に関する運動には常に否定的だったが、彼が同性愛者であったことは公然の秘密でだったという。コーンは1986年8月、エイズによる併発症で亡くなっている。

コーンと若き日のドナルド・トランプ。敏腕弁護士として有名人の顧客は数多かった。ミック・ジャガーの元妻ビアンカの顧問弁護士として、離婚調停ではミックからがっぽり慰謝料をむしり取ったことでも知られる。絵に描いたようなユダヤ鼻だ。

 ジュリアスとエセスの間には、マイケルとロバートの二人の男の子がいた。父母の死刑時は、10歳と6歳である。
 孤児となった二人だが、共産主義者でしかも”スパイ””売国奴”の息子を喜んで引き取る親類もなかった。そんな二人を養子として迎え入れたのが、クラシック系の作曲者であったユダヤ人のアベル・メーロポル(ミアロポルの方が原音に近いらしいが)。メーロポルは、あのビリー・ホリディの歌唱で知られる『奇妙な果実』(Strange fruit)の作詞作曲者(ルイ・アラン名義)である。

「両親の処刑が伸びたという記事を読む二人の息子」という絵作りのためのヤラセ写真。悪趣味としかいいようがない。実際、二人が両親の最期について知ったのはティーンエイジャーになってからだという。

▲”奇妙な果実”とは、白人のリンチによって木にぶら下げられた黒人の死体のこと。

 ロバート・メーロポルの娘、アイビー・メーロポルはドキュメンタリー映像作家。祖父母の事件(と処刑)の真相を追った『処刑の相続人』(Heir to an Execution)(2014年)なるフィルムを制作しサンダンス映画祭に出展したほか、ロイ・コーンの人物像に迫るマット・ティルナウアー監督のドキュメント映画『Where's My Roy Cohn』(2019年)にも全面協力している。

▲『処刑の相続人』について語るアイビー・メーロポル。

▲『where's my roy cohn?』予告編。タイトルの「俺のロイはどこだい?」は、大統領選に勝利したときのトランプの第一声だとか(いうまでもなく、コーンは既に亡くなっている)。それほどトランプの信頼を得ていた。三白眼でいかにも凶悪そうな顔だが、ベッドではカエルのぬいぐるみを抱いて寝るなどお茶目な面も。

 ソ連側の情報公開などによって、ジュリアス・ローゼンバーグが旧ソ連のスパイだったことはほぼ事実と確定している。しかし、妻エセルに関してはスパイ事件への関与を示す証拠は見つからなかったという。また、ジュリアスが漏らした情報は、原子爆弾製造の核心部分ではなかったともいわれている。となれば、ローゼンバーグ夫妻はやはり、冷戦の犠牲者、反共のスケープゴートだったということか。では、ソ連に原爆の重要機密を売ったのは誰なのか。
 実は、マンハッタン計画に関わった科学者や技師の中には、少なからずソ連側のスパイがいたということが現在知られている。主なところを挙げると、クラウス・フックス、ブルーノ・ポンテコルボ、ジョルジュ・コワリ、セオドア・ホールなど。彼ら、そしてフックスを背後で操っていたといわれるコードネーム「ソーニャ」ことウルスラ・マリア・クチンスキーも含めて全員がユダヤ系というのも何かの縁か。特にホールは、プルトニウムの製造法や「フットマン」の設計に関する重要な情報を漏らしたとされ、アメリカ当局もそれをある程度把握していたようで、現に彼は1951年にFBIの尋問を受けているが、なぜか訴追を免れている。
 となれば、やはりローゼンバーグ夫妻の死刑は単なる見せしめのため?
 事の真実が明らかになるのには、もう少し時間が必要なようだ。

なぜかキューバでは、夫妻が切手の図柄になっている。社会主義国では英雄なのか。電気椅子もしっかり描き込まれている。

扉写真は、ローゼンバーグ夫妻の最期の接吻。このあと、まずは夫、そして15分後、妻が同じ電気椅子に座るのである。金網の向こうで笑っている男は誰?


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