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変態さんよありがとう⑧~ゴッドハンド・闘うくすぐりマニアJ氏

 Jという元プロ格闘家がいる。アメリカ・プロ空手の大会優勝という肩書をもち、日本でも格闘技とボディビルのジムを経営していた。まだ、K-1などもなかった時代のためか、一般的な知名度はあまりなかったが、それでも格闘技雑誌に連載をもっていたり、武道系の通信販売のイメージキャラクターを務めていたりしたから、壮年の格闘技オタクなら、その名を聞けばピンぴんとくる人もいるだろう。
 中学校のころは典型的ないじめらっれっ子で、いじめっ子に復讐するために始めた空手がJ氏の格闘技ロードの始まりである。その後、単身アメリカに渡り、やがてプロのリングに上がるようになった。J氏の左の前腕部にはボルトが何本も入っているという。対戦相手の重量級のキックをディフェンスした際に複雑骨折したためだ。それだけ聞いただけでもおそろしくなって、もし自分なら即引退どころか、格闘技なぞとはすっぱり縁を切るだろうに、なんとJ氏はその砕けた腕のままラウンドを戦い抜いた上、その後もリングに上がり続けたという。闘っている最中は、アドレナリン全開で、痛みはさほど感じないとのことだが、翌朝は地獄の痛みに目がさめるらしい。つくづくその道のプロというものはすごいものだ。
 そのJ氏だが、もうひとつの顔がある。日本でも有数のくすぐり責めの名手で、その道ではカリスマ的な存在なのだ。J氏の魔性のくすぐりテクニックに関しては、彼とおぼしめき人物とプレイしたことのある友人のSM嬢から噂として聞いていた。
「私のくすぐりに5分耐えればいいほうでしょう。5分くぐって1分休む。この繰り返しです。私に30分もくすぐらせてみなさい、横隔膜が破れて相手は死んでしまいますよ」。
 J氏も自分のワザに絶対の自信をもつ。格闘家とは思えぬ彼の柔らかな両手は、まさに、くすぐりのために鍛えたゴッドハンドなのだ。
 J氏がくすぐりに目覚めたきっかけは、少年時代に観たアニメ『ルパン三世』(ファースト・ルパン)第1話、有名な峰不二子くすぐりマシーン悶絶シーンなのだそうだ。僕もリアルタイムでこのシーンを見て強烈な印象を覚えたものである。というよりも、同世代男子の共通分母的体験ではなかろうか。
 

山あり谷あり意外な落とし穴があるかもしれん。

 終始、物腰の紳士的なJ氏だが、特徴的なのはその目だった。黒目が冷たく光っている。真性のサディストに共通する目の光である。全国のいじめられっ子のための格闘技キャンプを開きたいと夢を語るが、その目の奥には過去自分をいじめたヤツらに対する憎しみの青白い炎がゆらめいているかのようだった。ゆめゆめ、人なんかいじめてはいけない、どこで復讐されるかわかない、とそのとき思った。
 
 オウム真理教の麻原彰晃が逮捕され世間はその話題で持ち切りの時期でもあった。J氏はこう豪語する。
「警察も麻原から自供を取るのに手こずっているようだけど、なあに、私に一晩預けてくれれば、すっかりゲロさせてみせますよ」。
 不適な笑みにもいくらかの口惜しさが滲んでいた。
 公安警察は、J氏を特任くすぐり取調べ官に任命し、高給でもってこれに当らせたらどうだろう。世界を股にかけた極左テロリストだろうが、外国のスパイだろうが、J氏のゴッドハンド、黄金の指にかかれば、アジトの場所、仲間の名前、すべてを吐き出させることができるのではないか。くすぐりも極めれば、実にハードボイルドな男の世界なのである。

 今回、これを書くにあたって、J氏のその後の足跡を追った。なんでも、今はなき某インディーズ団体のリングに覆面レスラーとして参戦したこともあったという。ということは、僕はJ氏のファイトをこの目で見ていることになる。それから、ほぼ同時期、別名義でくすぐりマニア向けのアダルトビデオを監修・監督していたらしい。やはりというべきか、である。
 現在もご健在で、さすがに還暦過ぎてご自身がプロのリングに上がることはないだろうが、格闘イベントのプロデュースなどをやられているようだ。
 格闘家はいつかは引退を迎える。しかし、くすぐりプレイヤーに10カウントゴングはない。磨き上げられた熟練のワザを、ぜひ後世に伝えてほしいものである。


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