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目からビーム!53 島国根性と大陸根性

 政治家が「日本は単一民族国家」などと口走ろうものなら、たちまちリベラルと称する人たちから袋叩きに合いかねない昨今である。アイヌを、琉球を、帰化人を、ハーフを無視した発言だといいたいようだ。
この問題を語ると長くなるので僕の見解はいずれの機会にということで、一言だけいわせてもらえば、僕とて「民族」を血にだけもとめるほど単純ではないということである。純血猫のヒマラヤンも元をたどれば、ペルシャとシャムの混血(ハイブリット)なのだ。
それはさておき、僕が子供のころは、むしろリベラル側の人たちほど、日本=単一民族国家という論を振りかざしていたような気がする。曰く「日本は単一民族国家」だから、融通が利かない、国際的視野に立てない、自分たちだけの常識に固まる、外交オンチである……。要するに無知蒙昧な内弁慶ということらしい。
どちらにしろ、リベラルの口から「単一民族」という語が出たときは剣呑である。
同じような意味で使われる言葉に「島国根性」がある。しかし、もともと「島国根性」はジョンブル気質を指す言葉であって必ずしも悪い意味はそこにない。そもそも地球上に島国は無数にあるのに、なぜことさら日本だけ「島国」=偏狭と自虐するのだ。もっといえば、大陸だって巨大な島には違いないではないか。オーストラリアは島国ではないのか。
以前僕は、島と大陸の違いについて国土地理院に電話で尋ねたことがある。担当者はまず島の定義を「四方を海に囲まれ、満潮時にも地表が露出する陸地」と説明してくれた。で、大陸は? と改めて問うと、「明確な定義はない」という答えだった。
つまり、島あるいは島国とは、あくまで大陸(煎じ詰めれば欧州ということになるか)から見た概念に過ぎないのである。せいぜい、邸宅と一軒家といった呼称の違いか。これこそ、傲慢で独善的なものいいであり、「島国根性」ならぬ「大陸根性」とでもいうべきものではないか。
大航海時代の大陸主義=キリスト教的帝国主義の産物である「島国根性」(むろんネガティヴな意味での)なる概念から、今こそわれわれは解放されるべきであろう。

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