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目からビーム!90 冤罪と差別

 ある会合で「南京大虐殺なるものはなかったと思う」と言ったら、「お前はナチスのホロコーストをなかったと言うのか!」とトンチンカンな絡みをしてくる人がいた。
それって、「袴田さんは無実だ」という支援者に「麻原彰晃は無実だと言うのか」と突っかかれるようなものですよ、と返したが、はたして「日本軍の悪行」糾弾にいきり立つ彼にこちらの真意が伝わったかは不明だ。
そもそも、南京虐殺とホロコーストはまったく別の事案なわけで、別個の事案を同一化して論じること自体がナンセンスだとしか言いようがない。
ちなみに「袴田さん」というのは、昭和41年、静岡県旧清水市で起こった強盗殺人放火事件(いわゆる袴田事件)の元被告人・袴田巌氏のこと。一度は死刑が確定したものの、本人は一貫して無実を主張、現在、再審を請求中である。
 マスコミは「冤罪」という言葉に敏感だ。被疑者や被告が無実を主張しただけで、もはやそれを確定事実のように報じて、国家や警察、司法権力への糾弾に筆を振るう(袴田氏のケースがそうだと言いたいのではない)。ならば、その「正義」の目を「日本軍の悪行」と呼ばれるものにも注ぎ、科学のメスでもって再検証してもらいたいものだ。それもジャーナリズムの重要な使命のひとつだろう。
 僕は南京大虐殺も慰安婦強制連行も集団自決の軍命令も、旧日本軍にかけられた冤罪だと思っている。
そもそも、南京大虐殺30万人、慰安婦強制連行20万人は、あまりにも非科学的な数字であるし何の根拠ももたない。慶良間諸島の集団自決に関していえば、直接軍命令を聞いたという証言者もいないのだ。証拠もないのに、犯罪者にされてしまう、これを冤罪というのではないのか。
ついでにいえば、「日本軍だから悪いことをしているに違いない」という偏見きわまりない出発点に立って歴史を語るのは、「あいつは在日〇〇人だから犯罪者に違いない」というのと同じで差別にほかならない。もういい加減、旧日本軍に対する差別はやめてほしいと強く思う。

初出・八重山日報

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