人生の醍醐味は不幸が教えてくれる:マレーシア編

 色いろあったシンガポールからクアラルンプールに帰還。
友人に預けておいたスーツケースを引き取り、ホテルにチェックインした。部屋に入ると、前泊者が退去した状態のままで清掃が終わっていなかったのでフロントが別の部屋を用意してくれたのが、スイートルーム💛
ラッキー!たまにはイイコトあるよね。
フロントから、明日は部屋にスーツケースを置いておけば移動しとくよ、と言われたので翌日はスーツケースをそのままに外出。この時、いつもならセキュリティボックスに入れておく、パスポートや余分な現金を持ち歩くことにした。この時期、バンコクの案件の話があり、会社員時代の上司に合うなど、観光かねて打合せに行ったりしていたので、日本円・マレシーアリンギット・シンガポールドル・バーツの4か国の通貨、通常の海外出張で持たない金額を持っていたのだ。
結論から言うと、この判断がその後の不幸を増大させたんだ。

以下は、2015年9月にFacebook に投稿した内容に加筆した内容です。
帰国用パスポート手続き・金額も2015年当時の内容です。
バイク強盗遭遇は、帰国できる状況になるまで11日も掛かり、日本大使館、渋谷区(行政)などの対応をから色々と考えさせられました。

【1日目】

現地時間17時前(日本時間19時前)、KLの Berjaya times square 近くでバイク強盗に遭遇、全財産が入ったバッグを失った。

人通りの多い Berjaya times square ここのカフェを良く利用していたのもあり、私も油断していたんだと思う。
クアラルンプールの治安について、バイク強盗が日本人らしき女性のネックレスを握って、女性が首のネックレスを握って揉みあってるのをタクシーの中から見た、なんてリアル話を聞いたりで普段は道路側に向けてトートバッグを肩に掛けないように気を付けていたのに、その日は道路側にバッグを向けていた。全財産持ち歩いているにもかかわらず緊張感なさすぎ、、涙。

一瞬のこと、後ろから強く引っ張られた、えっ!!って思った時には片方の持ち手が千切れたトートバッグを持ち、私を振り返って見るバイク強盗のオッサンと目が合ってた。そして、バッグを引っ張られた時に振り落とされたマウスを後ろを歩いていたお兄さんが拾って同情の眼差しで渡してくれたのだ。

*失った物*
パスポート、財布(現金・クレジットカード・キャッシュカード・保険証・運転免許証等含む)、Laptop、デジカメ、通話専用ガラケー1台、モバイルバッテリー、ホテルのルームキー、名刺入れ、教科書、書類etc,,,

クアラルンプールのど真ん中で、iPhone1台手に握ったまま身ぐるみ剥がされてしまった。。

*最初にしたこと*
在マレーシア日本大使館へ電話

バイク強盗に遭遇しスマホ以外の全て失ったことを告げると、パスポートに再発行に必要な書類の種類と日本からの緊急送金の方法について案内された。
*驚くなかれこれは真実、この状況でメモが取れるハズも無く、どうしろっての~!!!
ケガの有無など何ら確認なし、、。残念だけど邦人救助は相手がどんな状況にあるか関係無しに、必要事項を電話で伝えれば完了、ってのが日本大使館の意向、と理解するしか無い。

*2番目にしたこと*
たまたま現場から徒歩15分ほどのコンドミニアムに友人夫婦が住んでいたので、そこまで歩いて行き、HELPをお願い。

友人夫婦に状況を説明した後、まずクレジットカード会社、銀行、携帯会社に連絡して全てを止めた。そして今後の対策を検討した。友人の旦那様が長く外資系企業にお勤めで、このような状況に対して的確に遣るべきことを提案してくれて本当に助かった。

*3番目にしたこと*
警察へ被害届を提出に行く。パスポートの再発行や強盗被害の保険書類に必要。

友人の旦那様が付き添ってくれて最寄りの警察に行った。しかし私のような外国人旅行者の場合、ツーリストポリスの管轄になるらしくKLCCの担当部署まで移動し、事情聴取の上、ポリスレポートを受け取って帰った。
この時、ツーリストポリスにいつ入国したの?と聞かれ、昨日シンガポールから、と答えたところ鼻で笑われた、何だ、今の笑いは。。。
気持ちがヤサグレてくるぞっ!

帰りに露店のようなところで、iPhoneの充電器を買ってホテルに戻った。この時点で既に22時過ぎだったと思う。深夜、夕方の対応で充電の切れたiPhoneを充電すると犯人グループから私のパスポートと名刺の写真を添付して「パスポートを返す」とのメールが入っていた。
もしかしたら犯人逮捕に繋がるかも、とこのメールにバイク強盗に逢った時の状況と今後の対応についての相談を追記し、日本大使館領事部にメール転送した。

【2日目】
日本時間朝9時を待って住民票及び本籍地のある渋谷区に電話した。

渋谷区の解答は戸籍謄本及び本籍地入り住民票の申請は書面に寄ってのみ受け付けるため、国内の親族から郵送での請求を依頼して欲しい、との事。

これに対して、親族は全て九州在住であり対応が難しく私個人の申請で対応して頂けないか、と依頼。バイク強盗に盗れたもの中にガラケーが入っており、このガラケーとiPhone の連絡先同期をしていなかったため、九州の親族の連絡先が分からなかったし。

渋谷区担当者より区内で協議の上、改めて解答するとの返事。

日本大使館領事部より返信メールあり。

パスポート申請必要書類の案内及び戸籍謄本等がFAXだった場合、「帰国の為の渡航書」が発行され有効期限が1週間のみであるとの案内。

全く持って、業務的。

身ぐるみ剥がされ孤立した国民に対して現状況の確認ひとつない事に寂しさを感じるのは、日本国民の勝手な思い入れなんだろうか。。。

また犯人グループからのメールに関しては「犯人グループとの接触はお気をつけください。」とのみ。。。模範解答。
まあ、日本大使館が司法と切り離されてることはわかってるけど、、。

再度ツーリストポリスに行き犯人からのコンタクト状況を説明。ポリスがメールに記載された電話番号に電話するも繋がらず。

ここで担当ポリスが電話番号を教えてくれて「何かあったら、いつでも電話して。」と。これでLINE友達になった!

【3日目】

朝から渋谷区へ電話。昨日の状況を踏まえてどうなったのか、を確認。

渋谷区の解答

特例として本人からの申請を認める、但し、申請は本人の手書き申請書をFAXして欲しいとの事。メールは不可であると。

これに対して、手元にあるのはiPhoneのみでありメールは送れるがホテルにFAXサービスは無く、ビジネスセンターもどこにあるのか解らないため、FAX対応は難しい、メールでの対応をお願いしたい旨依頼。

渋谷区より日本大使館での対応はできないか、との提案があったがこれまでの日本大使館の対応から期待できない、と返答する。

担当者より、渋谷区と日本大使館で直接協議し、改めて連絡するとの回答。

番外:犯人グループに電話したら番号が繋がらなかったから連絡先教えて、ってメール返信してみた。

【4日目】

渋谷区から連絡があり、書面の申請書を写真に撮ってメール添付で送付することで申請を受理する。戸籍謄本は渋谷区から直接日本大使館にFAXする、費用については帰国後区役所に支払いに来て頂ければ大丈夫です。との連絡が入る。

また申請にあたり、本人確認のため戸籍上のある内容を記載すること。

早速、メール添付で申請書を送付。

番外:犯人から新しい電話番号を記載した返信メールがきた。

   LINEでポリスに「どうしたらいい?」と確認すると
   「電話してみろ」と。
   「私が直接電話するの?」
   「もちろん」とポリス。。
   日本のテレビ番組じゃあ、婦人警官が代わりに電話するのがスタンダ
   ードだけど、マレーシアでは違うらしい。

【5日目】

渋谷区にメールが届いているか、確認の電話を入れる。

担当者捕まらず、確認の連絡待ちをしていたところ、「セキュリティの検閲に掛かりメールが受信できないため、メール文章に申請内容を入れて送信するように」とのメールが届く。

再度、申請内容を記載の上、渋谷区にメールする。

夕方、日本大使館より渋谷区よりFAXが入ったので申請にくるように、とのメールが入る。

再度の必要書類の案内があり、申請用写真の持参とあったため、パスポート用の証明写真を撮影できる場所を教えて欲しい、と問い合わせると、SCなどのあるので探すように、との返答。。。

規定以外のことは何一つ回答しては行けない決まりでもあるのか、日本大使館。。

番外:犯人に公衆電話から電話してみたが繋がらず。。
   再度、犯人に電話が繋がらなかったことをメール。
   ポリスにLINEで状況報告。

番外2:ここまでの遣りとりで、バイク強盗犯に対し、ツーリストポリスが
    勤勉に私(被害者)のために働いてくれるか不安だった。日本大使
    館は管轄外だし、銭形警部のインターポールのように私を守ってく
    れる組織・団体はないのだろうか?                 
    日本に帰国した1週間後にはプノンペンに行く予定があり、賞味5日
    くらいでパスポートの再発行はできるんだろうか?         
    しかも丁度当時の住まいが更新のため、1週間の滞在期間中に引越
    し先を探さなくてはならないのだ。
    自分の状況を鑑みて、パスポート取り返せるなら、取り返したい!
    で、海外案件にも詳しい顧問弁護士に、現在の状況説明とインタポ
    ールのような守ってくれそうな組織知らない?ってメールした。

    顧問弁護士様から速攻で返信がきて、そんな守ってくれるような組
    織は知らないし、強盗が接触してくるには目的があるんだから、気
    を付けなさい、とお叱りのメールがきた。
    で、目的は誘拐かなあ~って返信したら、これまた速攻で返信がき
    た。変なことを考えず、変な行動をせず日本に帰ってきてください
    !
って、ちょっと怒り気味のメール。
    心配症だなあ、、。仕方ない、一人でできるところまで頑張ろ~!

【6日目】土曜日

【7日目】日曜日

【8日目】月曜日

所要があり日本大使館に行けず。

マレー人の友人が証明写真を撮影できるSCのカメラ売り場に連れて行ってくれて無事に証明写真ゲット!

番外:犯人から「全てのドキュメントを返す」とメールが入る。         
   ポリスに確認すると「KLCCかタイムズスクエアで会うよう調整し
   ろ」との指示。
    犯人に「水曜日朝8時にKLCCで会いましょう!」
   とメールしてみた。

【9日目】  

アンパンにある日本大使館に出向き「帰国のための渡航証」の申請を行う。担当者、発行は3日後だと。
「それは困るので早くして欲しい」と食い下がる私。
「機械が作成するので通常は3日頂いています。」と担当者。
なんじゃそりゃ、と思いながら「そこを何とか」と食い下がる私。
「では、明日お渡しします」と担当者。。

当初の日本大使館の予定通り3日後に帰国のための渡航書を貰うと、4日後にマレーシアのイミグレに入国の証明印を取りに行くことになる。5日後が帰国予定日のため、万が一イミグレでの対応に問題が起こると、リカバリーする日数が無くなるので、予備日を1日とるために日本大使館に食いついた。

がこの日、申請窓口は1か所しか開いておらず申請者も私だけ、呼び鈴を鳴らして担当者を呼ぶ状況なのに。。。目には見えないエアー申請者でもいるんかい!暇としか見えん、と毒づきたい気分。。

  番外:犯人から「am8-pm8は仕事で休むと罰金になるからその時間は
     無理」とメールが入る。これまた、なんじゃそりゃ、だけどポ
     リスがツーリストオフィスに近いKLCCが都合が良いらしく  
     「明日の朝7時KLCCで会いましょう!」と再度メールする。
     ポリスから「お金の要求はないの?」とLINEが入る。   
     「無いんだよね、それが。いくら払えばいい?って聞いてみた
     んだけど。誘拐→身代金目的かな。」と返信LINEした。

【10日目】

日本大使館で「帰国のための渡航書」を受け取る。
その費用75RM。

身ぐるみ剥がされても、お金が無いと帰国できない。。。

番外:ツーリストポリスのがんちゃんの動きが鈍く、犯人Gとの接触は不成
   立に終わる。。。残念。。。

【11日目】

ペタリンジャヤのイミグレーションで入国証明のハンコを押して貰う。

ペタリンジャヤはKL国際空港の近く。首都移転が成功した事例としてよく取り上げられる街。日本でいう霞が関のようなビル群の案内表記や施設内の表記が殆どマレー語のみで右往左往状態。。

一次渡航書のコピーや帰りのe-チケットのコピーなどが必要で建物中を行ったり来たり。

コスト削減なのか担当者1人で全て行いっているので時間が掛かっているけど、待合室はこんなに沢山の人がパスポート無くしたの?ってくらいの大混雑。

最初の総合受付から3時間後、やっと証明印を手に出来た。
ああ、これでやっと帰国出来る。。
申請費用:100RM

この時、国名と氏名を呼ばれるんだけど、日本、フィリピン、イタリア、台湾、と10人程が一斉に名前を呼ばれた。

しかし厚紙の渡航書を持っているのは私だけで、他の国の方々は普通のパスポートでした。

他国の再発行のシステムはどうなっているんんだろう。。

余談ですが、この「渡航書」日本の通常の入国審査は通れません。
帰国後、並んで順番がやっと来ても「ここでは対応できない」と窓口に回されます。

先に教えてよ、日本大使館!

【メモ】

再発行に掛かった費用
日本大使館:75RM
入国管理局:100RM
紛失後の処理手続きに掛かった国際電話代:45,000円

以上がバイク強盗遭遇から帰国出来る状態になるまでの11日間です。

結論、日本大使館は全く頼りになりません! 

日本大使館はバイク強盗に逢った一般邦人の面倒など見れない、と肝に銘じるべし!

いざと言う時のために、戸籍謄本や本籍地入り住民票の原本持参、もしくはPDFをクラウド上にあげておきましょう!!

帰国後「日本大使館にお金を借りて帰国したの?」って何人かの友人に聞かれたけど、「お金貸しましょうか?」なんて日本大使館から一言もありませんでした。そんなシステムがあるのか、2022年時点でも不明。。

時間は掛かっても何とか帰国できたのは、現地で助けてくれた友人たちとわざわざ日本大使館と直接話してくれた渋谷区役所住民登録課の担当者の方のお蔭です。本当に感謝!

でも私は最悪の事態ではありませんでした。

手元にiPhoneが残り通信手段があったこと、最初に尋ねた友人夫妻が当座のお金を貸してくれたことでお金の不安が無かったこと。などこの11日間は改めて「人間はひとりで生きていないんだなあ」と感謝の11日間。人のありがたさが身に染みる11日間でした。その前のシンガポールもね!

犯人グループとの接触も本来はもちろんおススメ出来ません。

次にプノンペンに行く予定があり、チケット手配済、現地での予定も結構決まっていたので絶対に行くと決めていた。しかし1週間の帰国中にパスポートの再発行ができるか分からなかった。だから、粘った。。
実際は、パスポートセンターでお願いしまくって、通常よりも早くパスポートを発行して頂きました。

しかし、バイク強盗に逢った3日前にはイミグレで置いていかれ、怒涛の14日間でした笑
あんまり経験したくないけど、貴重な経験でした。
先日、Gmailが一杯になっていたのでメールボックスを整理していたら、外国強盗犯からのメールを見つけて、記念に取っておくことにしました。

ここに書いたのは2015年(7年前)の出来事なので、2022年の現在パスポートの再発行など、もっとスムーズにできるようになっていると良いのですが。


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