弱さを盾にして生きた時代から、裸で顕になる自分を生きる時代へ
前回の記事にたくさん好きをいただきありがとうございます!
同じように弱さに影響力を感じてる人が多いんだなーと感じました。
日本人は自己肯定感が低い人が多くて、そういう風になるように教育を受けてきたから仕方ないのかなとも思うんですが、うちの夫とか全然そうじゃないし😂
やっぱり自分の思考の処理の仕方の問題なんだな〜と感じています。
わたしはすぐ被害者意識になってしまう厄介な思考癖があります。
すべては他人や環境のせい、理不尽に他人から責められる、怖い、そして自分は弱いし力がないから仕方ないと諦め、絶望する。
これらが形成されたのは子どもの頃。
強烈な出来事として思い当たる節があります。
そうやって子どものころから自分を守って来たんだろうなと悲しく愛おしく思うけど…
そこを変えようと囚われてばかりでずっとそれの所為にするのはもうやめる時期に来てると思うんです。
すべて昔3次元世界の結果を受けて感じた経験による自己防衛のための思考の積み重ねであって、30年以上経った今その当時の自分ではもうそれは不必要になってるはずです。
なのにずっと脳の記録に残ってるし、ふとした時に今でも働いてしまう。
過去にヒーリングなど癒したり書き換えたり働きかけは何度もしてきました。
けど未だその癖が邪魔する。何してもやっぱり消えなくて。
消えないのなら、そのままでいいんですよね。
ぜんぶ受け留めるしかないんですね。
ダークなわたしもわたしの一部だと。
そのままでいいんだよと。
なくすより受け留める(理解できなくていい)。そのほうが楽なはずです。
抵抗、拒否するからエゴも意地になって邪魔する気がするんですよね。
不完全な自分でもOK🙆♀️
完璧主義のわたしには難題だけど、その頑なさもまるっと全部あっていいんだ。
それらを無条件に肯定して、これもわたしの個性と抱きしめて愛してあげる。
それらを抱えてでも、わたしは自分のハートを指針にして望む方向へ進むんです。
弱さや生きづらさはこれまでは糧になってきました。
でもこれからは、決めつけジャッジは重要ではなくなります。
ざっくりと「わたしの個性」という価値観になり、全部肯定されます。
分離していたわたしは自然と一体となり、昇華してゆきます。
そうすると、今まで囚われていて見えてなかった、ほんとうのわたしが玉ねぎの皮がめくれるように中身が顕になりはじめます。
そしてありのままの裸のわたしが、隠しようもなくなり、否応にもほんとうの自分を生きざるを得なくなります。
わたしの中で風の時代って、そんな感じになっていくのではというイメージなのです。
ご覧下さりありがとうございます。創作作品を通して、人生を愉しみながら自分らしく輝ける、どなたかの歓びに繋がるように還元したいと思います!