〔民法コラム32〕不当利得返還請求における損失不発生の主張と信義則


1 問題の所在

 債務者が表見受領権者に対して善意無過失で弁済をした場合、かかる弁済は有効であり、債権は消滅する(478条)。この場合、債権者は、債権の消滅という「損失」を被っているから、弁済を受けた表見受領権者に対して不当利得返還請求(703条)ができる。
 これに対して、債務者に過失があるため債務者の弁済が478条の要件を満たさない場合には、債権は消滅していないから、債権者は「損失」を被ったといえず、弁済を受けた表見受領権者に対して不当利得返還請求をできないのが原則である。ただし、この場合でも、債権者は弁済を追認して(116条類推適用)、表見受領権者に対して不当利得返還請求ができると解されている。
 しかし、追認が確定してしまえば、債権者は、債務者に対して弁済を請求できなくなり、表見受領権者に対してのみ責任を追及するしかなく、表見受領権者の無資力の危険を負担しなければならない。また、追認しない場合には、債権者は、債務者に弁済を請求できるのみであり、債務者の無資力の危険を負担しなければならない。このような状況が生じた原因は、本来権利を有しない表見受領権者が弁済を請求したこととそれに対して適切な注意を払わなかった債務者の不注意によるものであるにもかかわらず、債権者にいずれの者の無資力の危険を負担するかの決断を迫ることは不合理である。したがって、債権者としては、債務者と表見受領権者」の双方に対して請求権を有すると解することが望ましい。
 そこで、債権者の表見受領権者に対する請求権をどのように根拠付けるかが問題となる。

2 請求権の根拠

 まず、一つの考え方として、債務者の表見受領権者に対する弁済を債権者が追認することを前提として、債権者の表見受領権者に対する不当利得返還請求権を根拠付けるという立場がある。この見解は、従来の学説のように、追認により確定的に弁済が有効になるとは考えず、不当利得の返還と同時履行での債権者の追認という構成を採り、追認の効力の発生時点を後ろにずらす点に特徴がある。
 他方、このような状況で、表見受領権者が「損失」不発生を主張することは信義則(1条2項)に反し許されないとして、債権者の表見受領権者に対する不当利得返還請求権を根拠付けるという立場がある。最判平16.10.26はこのような立場に立っている。

[重要判例]
・最判平16.10.26判タ1169号155頁

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