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理想郷のハーモニー"Pastoral":ベートーベン 交響曲 第6番 へ長調 OP.68

Ludwig van Beethoven Symphony No. 6 in F major, op. 68 "Pastoral"
指揮:セルジュ・チェリビダッケ
演奏:ミュンヘン・フィルハーモニー・オーケストラ
録音:EMIクラシック
1. Allegro ma non troppo 「田園に到着したときの朗らかな感情の目覚め」
2. Andante molto mosso  「小川のほとりの情景」
3. Allegro    「農民の楽しい集い」
4. Allegro    「雷雨、雨」
5. Allegretto  「牧人の歌、嵐のあとの喜ばしい感謝の感情」

ベートーベン・シリーズの最後はどの曲がふさわしいか、数日考えておりましたが、真摯に、ひたむきに混迷の時代を生きた彼への鎮魂の演奏は、これしかない、と思い選びました。

交響曲 第6番 ヘ長調 作品68『田園』は、1807年から1808年にかけて作曲されました。
私スピンは勝手に「理想郷のハーモニー」と名づけて愛聴しています。
ベートーベンの、いや彼のみならず古今の クラシック音楽の「最高傑作」と
感じています。とりわけ、セルジュ・チェリビダッケ&ミュンヘンフィルによる名演奏を 生涯 手放すことはないでしょう。

ベートーベンが待ち望んだ、古代 地中海や 中世ヨーロッパのような、
暖かく、心安らぐ懐かしい風景・・・それが「Pastoral」「理想郷」であります。

既に聴力を ほぼ失ったベートーベンの、瞼を閉じた眼前に拡がっていた、
静かで 穏やかで 安寧に満ちた世界と、そこに満ち満ちていた伸びやかな
ハーモニーこそが、この曲でありましょう。

ベートーベン自身が標題に付した「Pastoral」とは 「美しい田園の風景」。
文学用語で言うと、ロクス・アモエヌス(locus amoenus:ラテン語で「心地よい場」)を舞台とし、例えれば、ギリシャ・ローマの田園地方であり、また ギリシア神話の パーンの故郷でもある アルカディアの風景を指し示している、と考えるのです。

( アルカディア:ギリシャ‣ペロポネソス半島にある古代からの地域名で、
  牧人の楽園として伝承される、理想郷の代名詞。時に、エデンの園や
  エーリュシオンを意味します。 )

「一緒に暮らそう、私の恋人になって、二人で生きよう
 丘、渓谷、谷、野原がもたらす喜びのすべての中で
 岩の上に座って、羊飼いが餌をやるのを見ていよう
 浅い川の傍、流れの音の中で、鳥たちがマドリガルを歌っている」

という祈りにも似た ベートーベンの呟きが ふと聞えるように思うのです。

まことに「ロマンティーク」です。
ブルックナーの描くロマンティークが、どこか神話的であるのに比べると、ベートーベンの描き出してくれる世界は、まことに人間的で、暖かい血が
脈打っています。


20世紀の指揮者セルジュ・チェリビダッケという音楽家は、その盟友
ミュンヘン・フィルハーモニーと共に見事な「水彩画」を描いてくれました。

弦楽器の絹のような音色、全金管の輝かしい音色、そして何よりも全木管楽器の穏やかな音色が、牧歌的で完璧に構成されたこの交響曲を細部まで表現しています。素晴らしいの一言。

スウィトナー、モントゥー、ベーム、ワルター、カラヤンなどなど、「田園」の名盤は他にもたくさん挙げられます。どれも、素晴らしい演奏です。

ですが、「ウィーン郊外の田園に降り立った感動を描いた」だけでは決してないことを念じて、お聴きになってみてくださることを心より願います。


作曲の約20年の後、ベートーヴェンは
「Plaudite, amici, comedia finita est.」
( 諸君、喝采を、喜劇(お芝居)は終わった )・・・と呟いて、
帰らぬ人となりました。

彼が心底から願った安寧の世界は、その形を整えることもできず、世界は
その混迷をさらに深めつづけていることが、まことに残念でなりません。


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