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清水宏監督の「有りがたうさん」のハイライトは、朝鮮女との別れの場面だ

清水宏監督の「有りがたうさん」を観た。

「有りがたうさん」とは、上原謙演じるバス運転手のニックネームだ。静岡あたりの港町を出発した乗合バスが天城越えしながら、東京へ向かうストーリーである。

この映画で興味深かったのは、戦前の箱根あたりの峠道やら集落やらといった車窓シーンがふんだんに収められていたことだ。一緒にバスに乗って旅をしている感じがして、なかなか楽しい。

このバスには、身売りした娘と母親をはじめ、桑野通子演じるワケあり女、感じの悪いヒゲオヤジなど、さまざま乗客が乗り合わせる。これら乗客はバスに揺られ、運ばれるだけで、車中で何かを繰り広げるというわけではないのだが、古き良き日本のゆきずりの旅の風情が感じられて、味わい深かった。

このバスの運転手は、行き交う通行人にいちいち「ありがとう」と声をかける。だから「ありがとうさん」というニックネームがついている。通行人に呼び止められると、停車し、言伝を頼まれたり、買い物を頼まれたりする。当時のバスはこんな鷹揚な感じだったのか、それとも演出なのか定かではないが、たぶんこんな感じだったのだろう。

この映画は、乗客や通行人との出会いと別れを繰り返しながら、バスとともに進行していくのだが、いくつもの出会いと別れが、この映画に独特の深みと言うか、哀感のようなものを与えている気がする。

エロティックな場面もある。この映画にはいろいろな女が登場するが、最もエロティックだと感じたのは、朝鮮人労働者の女だ。この女は運転手にホレていると思った。それを裏付けるセリフなどがあるわけではない。せいぜい、これから信州に行くという自分の身の上話をして、運転手に父親の墓の手入れをお願いしたぐらいだ。

しかし、セリフはどうあれ、女の身振りだけを観ると、ホレた女のそれである。そうでなければ、走り去っていくバスをあんなに見送り続けたりしないはずだ。ボク的には、この映画のハイライトはこの場面である。

最終的に運転手は身売り娘を引きとった(結婚する?)ようだが、なんでそうなったのか、よくわからない。二人の芝居を観る限り、恋愛感情なんぞ抱いているはずはないのだが、ともかくそうなった。原作との関係もあるし、とりあえず、映画を終わらせるには、これしかなかったのかもしれない。