映画のコピー

「人の親」になってはじめて見えなくなるもの -映画・『Beautiful Boy』 -

 月間見聞録の記事として書こうと思っていたら予想以上に長くなってしまったので独立させます(笑)。5月某日、公開最終日にすべり込んで観に行ってきました。

Beautiful Boy

 薬物中毒に陥った息子とその父の物語。実在する親子の手記から映画になったらしい。

成績優秀でスポーツ万能、将来を期待されていた学生ニックは、ふとしたきっかけで手を出したドラッグに次第にのめり込んでいく。
更生施設を抜け出したり、再発を繰り返すニックを、大きな愛と献身で見守り包み込む父親デヴィッド。
何度裏切られても、息子を信じ続けることができたのは、すべてをこえて愛している存在だから。
父と息子、それぞれの視点で書いた2冊のベストセラー回顧録を原作とした
実話に基づく愛と再生の物語。
公式サイトより)

 観たあとの率直な感想としては、「このあらすじほどきれいな話じゃなかったな」ということ。父のデヴィッドはめちゃくちゃ「人間」だ。だって完璧じゃない。愛憎きちんと持っているし、感情的になるし、息子のニックにも自分にも疲弊して追い込まれていく。「大きな愛と献身」とあるけれど、二人三脚で前向きに、という話かと思ったらぜんぜんそうではない。

 まず、デヴィッドは結構高圧的だ。たぶん本人は気づいていないけど、割と他人にプレッシャーをかけるタイプ。よく怒るし、しかも怒鳴る。息子を愛していて期待しているからこそ、というのはわかるんだけれど……。ニックが薬物に手を出した直接の原因かどうかは結局わからなかったけれど、それも一因だったんじゃないかな。私は独身だし子どももいないから、どちらかといえばいまは親よりも子の気持ちの方に移入してしまう。だからそう思ったのかもしれない。観る世代によって感じ方がぜんぜん違う映画かも。もちろん、更生させようと手を差し伸べるシーンはたくさんあった。息子のことを理解したいと、識者から話を聞いたり、薬物中毒の家族を持つ人たちの集まりに参加したり。それでもニックはデヴィッドの思い通りにはならない。息子自身、薬物をやめたいと思っていても断てないところまできてしまっていたから。そんな彼の態度にまた、デヴィッドはイライラする。

 またとあるシーンでは、父はなんと息子を突き放してしまう。薬物に追い詰められ、自分をきらいになってどうしようもなくなってしまったニックが電話で助けを求めるのだけれど、そこで父は「もう助けられない」と電話を切るのだ。更生施設に入れても脱走する、再発を繰り返す。その度に家族のムードは最悪になり、ニックの母である元妻とデヴィッドの言い争いも絶えなくなる。サポートする家族側が疲弊するというのはたしかに分かる……。分かるけど……! 本当につらいシーンだった。心に多少の余裕がないと受け止めるは大変な作品だ。ラストシーンがまたなんとも人間っぽい終わり方なのだけれど、これは各々で見届けてほしい。完璧ではない父と、不完全な息子の、それでも切り離せない「家族」という絆(呪い?)の物語なのだ。

 そうそう、この映画が特徴的なのは、場面の時系列がバラバラに入ってくるところだ。デヴィッドが過去を回想するシーンが、前触れもなく突然入ってくることが多く、しかも飛んでいく過去がそのたびにぜんぜん違う。行く先々でのニックの年齢がまちまちなのだ。あの頃のかわいかったニック。さみしい思いをさせてしまっていたかもしれないニック。無邪気だったニック。がんばり屋のニック……。父親の頭の中には、いつも愛してやまないニックがいる。

 これらの回想シーンを観ていて、なんか思い当たるフシがあるなぁと考えていたら、正体がわかった。あれには自分の両親の視線と重なるものがある。私と話していて急に過去を取り出してくることがある。唐突に、「あの頃って○○だったよね」と。私はまったく記憶にないのに。父と母と別々に話していても、彼らの記憶の中でもっとも最強なのは「3歳の頃の私」だ。何かと口を揃えて「いまでもあの頃と寝顔だけは同じだ」とか言う。娘としてはやめてほしい。だってもう26歳の働く大人なんだもの。けれど、親から見る子どもはそうやっていつまでも「子ども」なんだろう。そうやって過去を大切にしすぎると、余計わからなくなるんだろうな、徐々に変わりゆく子どものことが。変わるに決まってるじゃん、良くも悪くも。子どもなんだもん。大人になると、人の親になると理解できなくなってしまうこともあるんだな。はじめて知った。

***

 薬物中毒でボロボロになっていくニックを演じるティモシー・シャラメが、それでもずっとうつくしさを放っていたのがすごかった。堕ちるところまで堕ちた彼から焦燥感が溢れ出ていて、胸がヒリヒリした。彼の演技がとても良かったので、ずっと観たかった『君の名前で僕を呼んで』もPrime Videoで観てしまった。そちらもすごく良かったです。



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