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代表資格制度から考えるラグビーの世界観

フランス時間10月28日(日)の決勝戦は南アフリカが2連覇を達成し、2ヶ月弱に渡って開催されたラグビーW杯2023が幕を閉じました。日本代表は決勝トーナメントに進むことはできませんでしたが、いわゆる“ハイパフォーマンスユニオン”の国々とも好勝負を繰り広げました。ラグビーファンにとっても、同じプールにいたアルゼンチンとイングランドがベスト4に入ったということで、世界トップクラスとの距離を感じることができた大会だったのではないでしょうか。


ラグビーW杯2023を振り返る

南アフリカ(以下、南ア)とニュージーランド(以下、NZ)の決勝戦では、前回の記事でも少し触れたハイタックルに関する判定が物議を醸しました。

問題となったプレーは開始27分頃に起こりました。南アの選手に対してNZの選手のハイタックルがあったということでテレビジョンマッチオフィシャル(TMO、ビデオ判定のこと)で確認され、10分間の一時退場の判定が下されました。
その後、最終的にはバンカー制度*に基づきレッドカードの判定へと変更になりました。これは決勝戦という大会大一番の試合のなか主将へのレッドカード判定であり、様々な要素がある中で、ワールドラグビーとしての「プレーヤーウェルフェア」への強い意志を垣間見ることができました。それ以外にも各プールや決勝トーナメントの試合において一貫して、ハイタックルに対してはイエローカードやレッドカードが出る大会でした。

【バンカー制度】
レッドカードであるかどうかが明らかでない反則行為については、「バンカー」にいる別のレフリーに正式なレビューを委ねることができるようになりました。
審判団がレッドカードを出すに値するかどうかの判断はできないが、少なくともイエローカードの基準を満たしている場合、その選手は現行のシンビンの規定に従って10分間フィールドから退場します。その後、「バンカー」にいる別のレフリーは、8分以内に、試合映像やテクノロジーを活用し、改めて正式な判定を下すという制度です。

バンカー制度は今大会から導入されたもので、正確な判定と判定検討で発生する試合中断時間を短縮することが狙いだとワールドラグビーは発表しています。

また今大会では、“ショットクロック”と呼ばれるコンバージョンキックやペナルティキックの際のキッカーの持ち時間が、スタジアム内のビジョンや中継映像に表示されるようになりました。持ち時間を守れなかった場合、キックが成功した場合でもその得点は無効となることに加え、相手チーム優位で試合が開始されるという試合結果にも大きく関わってくる制度です。時間制限の運用が厳格化されたことも、今大会での大きな競技規則変更の一つとも言えるでしょう。

ラグビーW杯の振り返りの前置きが長くなってしまいましたが、今回はラグビーの代表資格から見るラグビーの世界観について考えていきます。

代表選手としての出場資格

ラグビーW杯2023、日本代表の最後の試合となったアルゼンチン戦のスタメン並びにベンチ入りメンバーがこちらになります。

そもそも、各国の代表選手としての出場資格はどのように定められているのか。ここで一度整理してみましょう。

①プレーヤーが生まれた国
②プレーヤーの親または祖父母の一方が生まれた国
③プレーヤーがプレイする直前に連続 60 か月の居住を完了した国
④プレーヤーがプレイ時点までに 10 年間の累積居住を完了している国
※⑤オリンピック イベントに参加するには、プレーヤーが代表を希望する連合または国の国籍も必要

ワールドラグビー 競技に関する規定第8条 筆者和訳

アルゼンチン戦の日本代表の各選手がどの項目を満たしているかは明らかになっておらず、調査をしたところ下記グラフのような結果となりました。
①と③の項目が多数を占めていることが分かります。①は主に日本人の選手で③は主に外国人の選手が該当しています。


日本代表選手の日本との関係性

また、ベンチ入りメンバー合計23人の出身国の内訳は日本出身の選手が9名でそれ以外は外国人選手となっています。


ベンチメンバーの出身国

ここで別競技の代表資格について、一つ事例をご紹介します。2023年の春、WBC2023で3大会ぶり3度目の優勝を果たした野球の日本代表、通称侍ジャパン。メンバー選考で話題になったのが、現役メジャーリーガーのラーズ・ヌートバー選手の存在です。

WBC2023では代表資格として、下記5つの項目のいずれかを満たす必要がありました。

・当該国で出生
・当該国の国籍または永住資格を所持
・両親のどちらかが当該国の国籍を所持または出生
・当該国の国籍またはパスポートの取得資格がある
・過去のWBCで当該国の最終ロースターに登録されている

ヌートバー選手の母親が日本国籍であるため、ヌートバー選手は日本代表としての資格を得ることができました。また、元ソフトバンクホークスの真砂選手(現日立製作所)は両親が中国出身ということでWBC2023では中国代表として出場しました。
上記2つのニュースを受けて、日本の野球ファンからはSNSを中心に驚きの声が多く集まり、野球とラグビーの代表選手選考に関する考え方の違いを感じる一幕でした。

所属協会主義と国籍主義

ラグビーと野球の代表資格の考え方の大きな違いは、本人の居住経験の有無にあります。

立命館大学産業社会学部准教授の松島氏の論文「ワールドラグビーによるラグビーの統治とその思想―ラグビーの多様化と価値の生成」によると、帝国主義時代の考え方が反映されていると言われています。前回の記事でも説明をした、ワールドラグビーの前身の国際ラグビーフットボール評議会の創設国(アイルランド、スコットランド、ウェールズ、数年後にイングランドも加盟)には植民地の住民も多くおり、出生地と居住地の二つが重要な基準となりました。

このような考え方は「所属協会主義」などと呼ばれ、他のスポーツに多い「国籍主義」とは大きく異なるものです。ワールドラグビーとしても代表資格に関して、時代に即した最適な形を取ることを模索しており、前述の「競技に関する規定第8条」を何度も改定しています。
2020年8月には、予定をしていた居住年数に関する変更を延期しました。延期の理由は、新型コロナウイルスによる試合中止の影響を考慮するというものでした。また、2021年には一定の条件を満たした上で一度だけ代表する国・地域を変更することができるという改定もありました。
実際に今大会、日本代表と同組のサモア代表には、ニュージーランドやオーストラリアでかつて代表だった選手が何名か名を連ねていました。目標としていた代表チームに選ばれるために居住年数と鍛錬を重ね自身の目標を達成。その後、自身や両親のルーツの“出身地”ベースでの代表選手になることが制度上可能になったといえます。

このように、19世紀後半に形成された協会主義の伝統は守りつつもFairness and integrity(公正さと誠実さ)を大事にするワールドラグビーの考え方、ラグビーの世界観を見て取ることができます。

今回の記事は以上となります。最後まで読んで頂きありがとうございました。
次回の記事ではワールドラグビーが主催している3大大会、ワールドカップ(男女)、WXV(女子15人制の国際大会)、セブンズシリーズ(男女、7人制の国際大会)へのスポンサーシップを通じて考えるラグビーの世界観、という記事を掲載予定です。次回の更新までしばらくお待ちください。


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