見出し画像

コミュニケーションの質を高め 人生の質・パフォーマンスの質を向上させる

柘植陽一郎(つげ よういちろう) 一般社団法人フィールド・フロー

もともとは大手通信会社の広報として働かれていた柘植陽一郎さん。コミュニケーションの質を高めることによって、人生の質、パフォーマンスの質を向上させることができるメンタルコーチング。

人生の質、パフォーマンスの質を高めるための手段のひとつに、スポーツ医学検定も使ってほしいと言います。体系化されたアプローチを活用することで、自分やチームの伸びしろを見つけ、成長を加速させることができるスポーツメンタルコーチングについて、お話を伺いました。

――まず始めに、スポーツメンタルコーチングについて教えてください。

 柘植陽一郎(以下柘植):簡単に申し上げれば、選手や指導者が、自分らしさを最大限に発揮して質の高い練習をし、本番で持っている力を発揮し、そして周りの人ともシナジーを起こしながら質の高い人生を歩んでいくことを支援するものであり、①自分自身との対話、②他者との対話という2つのコミュニケーションの質を高めるための方法を体系化したものです。

いわゆるビジネスコーチングとかライフコーチング、というところを原点としているので、教えるというよりは“本人に気づいてもらう”というところをベースにしています。

最低減知っておいて損はないようなメンタルスキルとかコミュニケーションスキルというものはもちろんお伝えしますけど、どちらかというと自分自身が自分を知っていくこと、周りの人たちを知っていくことにフォーカスを当てています。

画像1

スポーツ選手であれば、自分のトレーニング方法として自分に適したものは何か、試合前の過ごし方で自分に適したものは何か。どうすれば自分は最高の状態をつくれるのか。試合中に自分にはどういうことが起こっているのか、起こりうるのか。それらに対して、自分への対処法を考えていく。それは、 常にアップデートしていく世界にひとつだけの自分の取扱説明書を創るようなものだと思うのです。

 それがチームであれば、チームの取り扱い説明書になる。我々スポーツメンタルコーチは、この自分やチームのマニュアルを創るためのお手伝いをさせていただいています。

画像2

――自分のマニュアルという言葉、とてもわかりやすいです。 

柘植:すでに自分自身でいろいろ探求されている方も多いと思いますが、それをさらに超えるための気づきを得られるような刺激を提供できたら良いな、と思っています。セルフコーチングや自分会議、自分との対話の質が高まる、という言い方を私たちはしているのですが、そのためのきっかけづくりを提供したい。それが私たちの役割だと思っています。

――柘植さんご自身のスポーツの関わりについて教えてください。 

柘植:私は種目にかかわらずスポーツが大好きです。これまでやってきた競技は、サッカーや柔道、バレーボールとスキーですね。ひとつ一つ極めた、という経験はないのですが、それぞれ個人、対戦、チームといろいろなスポーツを経験したことが、今の仕事にも生きています。

画像3

――メンタルコーチングを始めたきっかけは何だったのでしょうか。

柘植:もともと心理学というよりは、コミュニケーションの分野にすごく興味がありました。 世界中の人たちが、みんな自由に好きな時に、好きな人と話せる状況がつくれたら素敵だなって。自分の周りに誰 1 人として携帯電話を持っていなかった時代、世界中の人をつなげるコミュニケーションの手段をつくっていきたい、 と思っていたところ、ちょうど一人一人が携帯電話を持って世界中がつながる未来を目指すという会社と出会い“これだ”と思い、入社しました。

そのなかで、ビジネスコーチング、ライフコーチングというものに出会いました。そこで自分らしいあり方や自分らしい進み方を一緒に探求してくれて、そして必要があればそっと背中を押して勇気づけしてくれるコミュニケーションというものに出会ったのです。

コミュニケーションができる場を作るということは大切なことだけれども、その場で、どういう質のコミュニケーションが行われるか、ということがとても大事なんだ、ということに気づけたのです。

そこで、最初はライフコーチング、ビジネスコーチングを活用してセカンドキャリア支援からスタートさせました。そのあと、スポーツに特化したコーチングの探求を始めていきました。

画像4

コーチングを通じて、一人一人違っていいし、違うからこそシナジーが起きる、どんな人でもどんな 状況でも伸びしろは無限大だということ、そして、無理やり教え込まなくても、力づくで引き出そうとしなくても、選手は自ら主体的に創造し歩みを進めていくことができる、ということをスポーツの世界から広げていきたいと思っています。

――これまでにバレーボールやラグビーなどのチーム競技から、体操やスノーボードなどの個人競技への サポートもされてきたと伺いました。

柘植:いろいろな競技のサポートをやらせていただくなかで感じるのは、どのチームにも、どの選手にもたくさんの伸びしろがある、ということです。

たとえば、チームによっては、チーム内でモチベーションのばらつきがあったり、オフシーズンのトレーニングに力を入れたいのに、モチベーションが上がらずに思うような効果が得られなかったり。あとは本番での実力発揮に波があるとか、一緒に練習していくなかで心から信頼し合える関係性が構築できていないなども、よくある伸びしろのひとつです。

ほかには原因志向に偏ってしまって、目的志向、未来志向といったポジティブな考え方ができないチームになっているケースがあります。それこそが伸びしろ、まだまだ成長できるということです。二つのコミュニケーション(自分との対話、他者との対話)の質という視点でチームを見ていくと、選手やチーム、指導者には伸びしろがたくさんあります。 

「あとはこのピースをはめれば良いチームになる」というような、ラストワンピースを見つけるお手伝いができる場合もあれば、ピースがまだまだ残っている場合もあります。 特にスポーツの世界ではトレーニング内容や休息や栄養といった、フィジカルの面が優先されやすく、メンタルやコミュニケーションに関する部分はどうしても後回しにされがちです。 だから、本当に多くのチームに伸びしろがあると感じています。

画像5

――具体的には、どのようにしてその伸びしろを気づいてもらうのですか。

柘植:新しい刺激や新しい視点を提供することですね。たとえば人間関係を書き出して“見える化”するだけでも新しい気づきが得られることもあります。あとは、時間軸上で整理が必要という場合は、単に平面に図を書くのではなく、臨場感をもって身体を使ってアプローチすることもあります。

――身体を使う?

柘植:ホワイトボードやノートに、左が過去、右が未来、ということでプランを立てることはよくあり ますよね。平面上に書いて俯瞰するというのは、物事を冷静に判断できるという特徴があります。

それに加えて私たちが行うのは、部屋の床の手前側が過去、奥側が未来という時間軸にして、空間を歩きながらプランを見直したり考えたりしていきます。身体を使って考えていくと、すごくイメージに臨場感が生まれるのです。

たとえば試合までのプランを考える時に、試合の日から歩きながら遡ってみます。前日の夜の宿泊場所を思い浮かべたり、1 週間前はどんなことをしているんだろう、2週間前はどんなことを考 えているんだろう。歩きながら考えていくと、平面上で全体を俯瞰してイメージする時よりも、すごく臨場感や緊張感がリアルにイメージできる のです。

そうした時、これは良い緊張かな、悪い緊張かな、ということもリアルに想像できる。あくまでイメージですから、悪い緊張の仕方をしそうだったら、解決策を考えれば良い。

試合前、このあたりで体調を崩すことが多いな、とか、寒いこの時期はケガをしやすいな、というのも、身体を動かしながら考えると思い出せたり気づけたりするのです。

臨場感をもってリハーサルすることによって、平面で見ていた時には見えなかったものまで見えたり、感じられたり、気づけたりするようになるのです。

画像7

――ケガ、というお話がありましたが、ケガや故障など、フィジカルの問題を抱えたとき、選手が陥りやすい心理状況などはあるのでしょうか。 

柘植:よくあるのは、視野が狭くなってしまうことです。普段であればもっと広く、冷静な判断ができているはずなのに、ケガをしてしまったことによって、自分ができないことに意識がフォーカスされてしまい、できない自分のイメージができやすいのです。

そういう時は、物事を考える時の時間軸を広げるように伝えます。私たちは時間軸と空間軸というものをよく扱います。空間軸というのは、肩が痛い場 合、この痛みは自分に対して何を伝えようとしてい るのか、この痛みはどこからくるのか、さらに俯瞰して痛みが動きやフィールドにどういう影響を与えているかを見る時に使う、空間の移動です。

あとは、相手の立場に立つ、というのも空間軸ですね。指導者の立場に立ってみて、なぜああいう言葉を使ったのかとか、ああいう練習をしたのかを考えたり、指導者と自分のやりとりを俯瞰する第三者のポジションに立って見てみたり。そういうのも空間軸での考え方ですね。

それで、ケガをした時の選手の心理として、この空間軸と時間軸の両方が狭くなるのです。ケガによってできない『今』という時間軸や、ケガによってできない『身体やプレー』という空間軸にとらわれてしまうのです。

それをグッと広げてあげる。時間軸で言えば、2・3年後、ケガも治って満足なプレーができている自分のポジションに立ってみて、過去の自分にアドバイスをするとしたらどういうアドバイスをするのか、ということを考える。未来の自分から、今の自分にアドバイスをするのです。すると、「ここはもうちょっと辛抱してみよう」とか、「腕が使えないから下半身を鍛えることはできるよね」とか、ポジティブな目線が加わります。

実はこれはコーチや仲間が言ってくれていることだったりするんですよ。「長い目で見たら今できることあるよね」とか、「足のケガだったら、使える上半身を鍛えたらどう」とか。視野が狭いと、「ケガした俺の気持ちも知らないで」とか「今できないんだよ」となりがちです。でも、時間軸や空間軸をちょっと広げてあげることで、自分でハッと気づくことができたりするわけです。

タイムライン写真2

――さまざまなスポーツで自分との対話や他者との対話の質を高めるという目線でチームや選手をサポートされた柘植さんからご覧になって、スポーツ医学検定の可能性をお聞かせください。

 柘植:チームや選手が自分たちの取扱説明書を創ろうと思った時、必要になるのは自分と向き合い、仲間と向き合い、身体と向き合うこと。今もっている知識でも、時間軸や空間軸を広げることで新しい気づきを得られることはたくさんあると思います。でも、さらに次のステージに向かっていくためには、 やはり新しい知識が必要なんです。そういう意味でも、自分の身体と向き合うための方法や知識として、 スポーツ医学検定というのはとても役に立つと思います。

ケガや故障の時も、当時の自分にこういう知識があれば......と思うこともあります。そういう気づきが時間軸を広げることで見つけられたなら、トレーナーやコーチといった専門家に聞くことも方法のひとつですが、 自分が学んで知識を得ることで、自分自身との対話の質も上がると思います。

さらに、チームの仲間ひとり一人が高い知識をもっておくことで、またチームとしてシナジーを生み出せるとも思っています。 私自身も学ばないといけないと正直思っているところです。自分の領域ではないかもしれないですけど、知識としてもっておくことで、チームとして、個人としても相乗効果を得られるのだと思います。

画像8

<編集後記>
こうしたら新しい気づきが得られるんだ。コミュニケーションというものからこういう課題や気づきがみつかるんだ。たった1時間という限られた取材時間のなかでも、多くの気づきを与えてください ました。何より言葉のひとつ一つが柔らかくて、スッと頭に入ってくる話し方。コミュニケーションの原点を教えていただいた気がします。気づきや刺激は、新しいものや、知らない世界から得られるもの。 スポーツ医学検定がその一端を担えるものになるよう、その魅力を伝えていきたいと思います。

(文 田坂友暁、構成 田口久美子)

◇プロフィール◇

画像9

柘植陽一郎(つげ・よういちろう)
1968 年生まれ。スポーツメンタルコーチ、一般社団法人フィールド・ フロー代表。
2006 年からスポーツメンタルコーチとして本格的なアスリートサポ ートを開始。北京、ロンドン、ソチ、リオ、各五輪で選手や指導者、 チームをサポート。プロ、アマ問わず幅広くサポートを行っている。 著書に「最強の選手・チームを育てるスポーツメンタルコーチング」、 「成長のための答えは、選手の中にある」(共に洋泉社)がある。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?