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”下から這い上がってきた奴のほうが、長く生き残る”。元日本代表・現役サッカー選手の「ケガをマイナスにしない」思考術

【スポーツのある人生】を楽しむいろいろなバックグラウンドを持つ方々から、「スポーツとは?」そして、スポーツとは切っても切り離せない「ケガ」についての経験や考えをお聞きする『スポーツを考えるnote』。

今回は、元日本代表として活躍し、41歳となる現在も神奈川県リーグ2部のはやぶさイレブンでプレーする現役サッカー選手、永井雄一郎さんにお話をうかがいました。

これまでに、何度もチームから離脱せざるを得ないケガを乗り越えてきたという永井選手。

常に「結果」を要求され続ける厳しいプロスポーツの世界で20年以上プレーされている経験から、変化していく身体との向き合い方や、ケガからどう這い上がってきたのかについて貴重なお話をお聞きしました。

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<プロフィール>
永井雄一郎(ながい・ゆういちろう)。
1979年、東京都出身。はやぶさイレブン所属のプロサッカー選手。ポジションはFW。
三菱養和SC→浦和レッズ→カールスルーエ(ドイツ)→浦和→清水エスパルス→横浜FC→アルテリーヴォ和歌山(関西1部)→ザスパクサツ群馬→FIFTY CLUB(神奈川県社会人1部)→はやぶさイレブン(神奈川県リーグ2部)

年齢に応じて、「意識的に抑える」調整へ

ーー長い間、プロのサッカー選手としてプレーを続ける身体・コンディションを維持するために、永井選手が特に気をつけていることは何でしょうか。

まず、食事ですね。若い時とは身体も変わってきて、昔と同じような食事をしていると体型やコンディションが維持しにくくなりました。今もサッカー選手を続けていくうえで、日々の食事はかなり意識するようになりました。

どうしても筋肉が落ちやすくなったので、筋量を落とさないようにタンパク質をしっかりとること。また脂肪がつくと動きが悪くなるので、高タンパク・低脂質の食事をするように心掛けています。

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またトレーニングの量も、無理のない範囲に「意識的に抑える」ようにしています。

より多くのトレーニングをこなせば、より筋肉もつくのかもしれません。しかし、チームとして行うトレーニングの負荷に若い時であればすぐ回復できていたのが、今はなかなか回復のスピードが追いつかないと実感している部分があるので、無理をして故障につながらないよう、個人のトレーニングで負荷をかけすぎないように注意しています。

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サッカー選手にとって、ケガは「避けては通れないもの」かもしれない

ーースポーツ医学検定の大きなテーマのひとつでもある「ケガの予防」について、永井選手のお考えを聞かせてください。

スポーツでいわゆる"自爆"といわれる肉離れのようなケガはある程度予防できることもあるとは思いますが、やはりサッカーは接触する(コンタクト)スポーツということもあり、どうしても「絶対にケガをしない」というのも難しいのかな、と思うのが正直なところです。

コンディションがいいときこそ、逆に断裂系のけがが起きたりしやすかったりもしますし、「ケガ」ってどうしても避けて通れないものかなと僕は考えています。

僕自身も今まで大きなケガをいくつもしてきました。もちろんケガをしないに越したことはないですが、ある程度は仕方ないのかなと思っています。

あまりケガを恐れすぎても、自分のベストパフォーマンスが出ないことにもなります。ケアなど自分で予防できることはできる限りやって、一度ピッチに立ったら、あとは思いっきりやるのがいいのかなと考えています。

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2018年、アキレス腱断裂。頭にあったのは、「復帰への道のり」だけだった

ーー2018年にアキレス腱を断裂されたということですが、選手生命に関わりかねない大怪我をどうやって乗り越えてこられたのでしょうか。

正直、「この歳でアキレス腱切れるか・・・!」とは思いました。でも落ち込んだというよりは、1年1年の契約で選手をやっているので、選手として来年どうなるか?がまず気になりました。

妻にも「やめるって言わないんだね」と言われましたが、不思議とやめるっていう発想にはなりませんでしたね。とにかく早く戻って、プレーをしなければ、ということだけを考えていました。

どれだけのことをやれば、以前のようなパフォーマンスを出せる身体に戻せるか?何月に復帰できるか?そのためには、逆算してどの時期にどのくらいのことをやるべきか?・・・とにかく、そういうことばかりを必死に考えていました。

入院していた病院では、ありがたいことに多少融通を利かせていただけて。装具ができてからはエアロバイクを漕いだり、1日1回午前中に1時間だけの決まったリハビリに加えて、通常よりは身体を動かせる環境を作っていただきました。焦っても仕方ないと思いつつ、やるべきことをやらなければいけないと思っていました。

ケガを機に、「今までの感覚」ではなく「自分の身体」ともっと向き合えるようになった

ーーアキレス腱のケガの前後で、ご自身の中で何か変化はありましたか。

僕の経験では、ケガをするときは「環境の変化」があることが多いです。ザスパ(草津)から神奈川県のチームに2月に移籍し、4月にアキレス腱を切りました。

J(リーグ)では毎日練習あったのが週に1回の練習になり、チームとしての練習量が大きく減った中で、自分でできることを何かやらなきゃと、焦りや「硬さ」がありすぎたんだと思います。

トレーニングする場所もなく、近所の公園やコンクリートの地面で追い込むことをしすぎました。それでいて、なかなかケアの時間を割くことができなかったことなど、色々な原因があったと思います。

Jにいたときはそれでもどんどん追い込んでいくのですが、そこにはケアがちゃんとありました。それもない状況で、自分でどれだけのことができるのかが大切だったと思います。

アキレス腱のケガのあとから、「これくらいなら追い込めるだろう」と認識するラインが、自分が思っている以上に下がったと感じます。いい意味で自分の身体にやさしくなったというか。

「今までの感覚」ではなく、「現状の自分の身体」ともっと向き合って、自分の身体をより把握し、より気を遣うようになりました。注意深く線引きをし、無理をしなくなりました。

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ーー現在、協会の代表理事を務めていらっしゃる「コブラクションテープ」も、怪我からの復帰にとても役立ったツールだそうですね。

アキレス腱の手術後リハビリをしていく中で、装具も取れていよいよグラウンドレベルで動き出すという段階になると、「怖い」という気持ちがありました。よく耳にするような、再断裂の話も頭をよぎったり・・・。

そんなときに、コブラクションテープを使うようになりました。気持ち的に「これをしていれば安心だ」と心の支えになってくれたのが大きかったです。もちろんテープ自体が直接的にアキレス腱を治したりする効果があるわけではありませんが、テープによってアキレス腱の癒着を改善してくれているような感覚があり、これを貼っていればきっと再断裂はしない。と思わせてくれたことによって、リハビリでも一歩踏み出すことができたと感じています。

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今もプレーするときはアキレス腱に貼っています。疲労が溜まってくると、いまだに動きが悪いなと思うときがあるのですが、貼っていると腱の滑走というか、動きがスムーズになる感覚があります。練習がないときや、家でのリカバリーにも活用しています。

そのような流れで、今ではコブラクションテープを広める活動もするようになりました。サッカーやフットサルでは女性やシニアの方も多く、普段からしっかり身体を鍛えているわけではない人もプレーします。そういった方たちが、せっかく楽しいはずのスポーツでケガをしたりしてほしくない。そういう点でコブラクションテープはケガの予防にもつながるので、もっと広めていきたいと思っています。

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「ケガ」から多くを学び、気付けるようになった

ーースポーツで起こる「ケガ」によって、落ち込んだり、心が折れそうになる人は多いと思います。ケガをしても、永井選手がくじけずにやってこれたのはなぜでしょうか。

僕は、若い時からケガが少ない方ではありませんでした。そのため、ケガをしたときこそ「どういう風に」復帰していくかを考えるようになりました。

やっぱり、ケガをしてマイナスで戻ったらダメだと思います。ケガをしにくい身体を作るトレーニングをしたり、どこかに支障をきたしているせいで、そこをかばうようにしていてけがをしてしまったり・・・ということもあるので、そこを改善するためのリハビリやトレーニングをしっかりとやって、思いっきり動ける身体を作って戻る。というように切り替えるようにしてきました。

また、ケガをするのは競技者としてもちろんマイナスですが、ケガをしたことで色んなことを学べるとは思います。

自分も、「どういうふうにこれを治していく?」「どういう気持ちであるべきか?」など色んなことを考え、色んなことに気付けるようになり、メンタルが強くなりました。

もちろんケガをしないのが一番ですが、ケガをしてしまったからこそ経験できること、考えられるようになったことがあります。それは最終的にスポーツだけでなく、「今後生きていくうえで大切な経験」となるようにしていかなければいけないな、といつも思っています。

ーーケガをしたときに、どんなことを考えるようになりましたか。

「どうして自分はケガをするようになったのか?」など、身体の使い方についてというのがひとつです。

今もよく覚えているのが、18歳で浦和レッズに入団したときにトレーナーの方に言われたことです。

僕が「どこどこが痛いです」というような言い方をしたら、「それじゃ、治療のしようがないんだよ」と言われました。それはどういうことかというと、「何をどういう風にしたときに、どこが、どのように痛いのか」をちゃんと説明できるようにならないといけない。だから、「自分の身体をよく知りなさい。プレー中はもちろん、普段の生活でも、どんなときにどのような痛みがあるのか、自分の身体からの信号をきちんと拾えるようになりなさい。」ということでした。

そういうことを入団当時すごく言われていて、自分なりに考えてやっていたつもりでしたが、大きなケガをしたときに、それがちゃんと拾い切れていなかったことに気がつきました。

部分的にではありますが、体の構造を教えてもらったりしたことで「ここが弱かったからここに痛みが出たのか」とか、「ここをケガしないためにはここを鍛えた方がいい」「ただ、ケガをしたところだけ鍛えていればいいわけではないんだ」といったように、それまで以上に、身体やその繋がりについてより考え、学ぶようになりました。

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苦しい思いをしたときこそ、その人の真価が問われる

また、ケガに対する向き合い方や考え方も経験のひとつです。

ケガをしたらチームから外れて、戦力にはなれない。そこで腐ってしまい、もうやらないってなったら終わりなわけです。でもプロでやっている以上、「責任」という意味でもそれは許されないことです。当たり前に這い上がっていかないといけない。

そこで、よりよくなるためにはどうすればいいのか?を考え、より自分に厳しくなれました。やっぱりリハビリはしんどいし、嫌だなと思う時もある。止まったものを動かし始めるときはものすごくつらい。コンディションが落ちた状態から、コンディションをあげていくために走り込まないといけない。それもつらいです。

でも最終的な自分の目標があり、そこに向かってやっているから耐えられる。それも「ただ与えられてやっている」だけだと、人間ってどこかで手を抜いてしまうものなので、そこまで頑張れないですよね。ケガをしたからこそ厳しいハードルが与えられて、自分自身に対して厳しくいられ、やらなきゃいけないという気持ちになれたと思います。

編集後

ーーできれば、ケガをせずにその域に達することはできないでしょうか・・・?

そういう意味では、ざっくり言うと「挫折」ですかね。ケガにしても、結局はそういう「苦しい思い」が成長のきっかけになるんだと思います。チームの中で使ってもらえずに解雇されたとか、そういう「苦しい思い」をしたときに、自分の真価が問われるんだと思います。

苦しいところから這い上がってきた人間は、しっかりと自分なりの考え方やノウハウを身に付けていると思います。のほほんと上にいられる人は幸せですよ(笑)。

天才肌で、ずっと上にいて、ふわ〜ってきた人のほうが意外と短命だったりするかもしれませんね。中・高で天才と言われてきた人が山ほどいますが、そういう人たちがプロで何年かプレーしたかといわれると実際そうでもなかったりします。

そういう意味でも、「なんとかあいつを負かしてろう」とか、下から這い上がっていくメンタリティのほうが強いと思います。もともと上に立ったことがない人間は、踏まれても踏まれても雑草のようにずっと努力していくしかないですから。それを若い時に経験している人のほうが、長く生きている世界だと思います。

ちょっとうまくいかなくても慣れているし、まだまだ足りないんだな、と思うだけですしね。自分の立ち位置を客観的にジャッジできれば、勘違いすることもなく、謙虚にずっとやっていけると思います。

スクショ

オンラインでインタビューに応じてくださいました。
永井選手、ありがとうございました。

編集後記:
誰もが憧れる活躍の裏で、たくさんの苦難や挫折を何度も乗り越え、冷静に自分自身と向き合い続けてきた永井選手。インタビューでもおっしゃっていたように、謙虚でフラットな姿勢でとても気さくにお話してくださったのが印象的でした。
スポーツを頑張る子供たちには、「昔と違って気軽に公園で遊びながら体を動かすのも難しい時代になりましたが、子供の頃は楽しむことが一番の成長になる。自分がやっているスポーツをとにかく楽しんで、好きになって欲しいですね」とメッセージを送ってくださいました。
(取材・文/Yuko Imanaka、写真/本人提供)

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