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モチベーションとフィジカルの融合がスポーツへの取り組みを大きく変える

アスリート指導 タイトル


(写真提供:中野ジェームズ修一氏)

中野ジェームズ修一 
株式会社スポーツモチベーション 最高技術責任者
一般社団法人フィジカルトレーナー協会 代表理事


2014年から青山学院大学駅伝チームのフィジカル強化を担当する中野ジェームズ修一さんは、トレーナーとしての勉強をするために渡ったアメリカで、パーソナルトレーナーという仕事に出会います。バレエレッスンにも通って身につけたトレーナーとしての肌感覚と知識、日本に帰国して身につけた健康心理士としてのモチベーションサポートの能力。このふたつを掛け合わせることで“成果”を出せるパーソナルトレーナーの道を切り開きました。トレーニングの考え方、アスリート独特のメンタルへの対応など、中野さんのトレーナーとしての取り組みについてたっぷりとお話いただきました。

アメリカで出会ったパーソナルトレーナーという仕事

――始めに、中野さんご自身とスポーツとの関わりを教えてください。

中野ジェームズ修一(以下中野):私自身は、3歳から水泳をやっていました。最初は姉の影響でスタートして、水泳自体はさほど好きではなかったのですが、友だちとスイミングクラブで会ったり一緒に合宿に行ったりするのが楽しくて続けていました。

私は引退後の就職を考えたときに、水泳関係の仕事にしか進めない、と思っていたんですね。それで、引退後は水泳の指導者になりました。

――キャリアとしてのスタートは水泳のインストラクターだったのですね。

中野:はい。でもそこで壁にぶつかるんです。スクールでは選手コースを担当させてもらえましたが、当然選手だけではなく、子どもの指導も大人の方への指導も行っていました。そういう初心者への指導に関しては、チーフインストラクターさんのほうが格段にうまかったのです。

私は物心ついたときから泳げていたので、泳げない人の気持ちがわからなかった。でもチーフインストラクターの方は大人になってから水泳を習得された方なので、泳げない人の気持ちが良くわかっていました。だから、チーフインストラクターはとてもわかりやすい指導ができるわけです。

それを見て、「ああ、僕はこの人には敵わないな」と思ってしまったのです。とてもじゃないけど、チーフインストラクターのように教えられない。この人にはなれないんだ、と思ったことで、水泳のインストラクターは辞めよう、と思ったのです。

――それをきっかけにしてアメリカに渡り、パーソナルトレーナーという職業に出会うわけですね。

アメリカ時代写真②

中野:私が行ったのはロサンゼルスで、まさにフィットネスの本場。そこでトレーナーの勉強しながら、自分も近所のトレーニングジムに通うわけですけど、そこにはパーソナルトレーナーがたくさんいて、「トレーニングって、個人でトレーナーをつけて教えるんだ」ということに衝撃を受けました。

背中にPersonal Trainer という文字と、その下に電話番号が書いてある黒いTシャツを着て指導するパーソナルトレーナーが格好良く見えました。そこで、自分もパーソナルトレーナーをつけてみようと思って、気になった人の背中の番号に電話してお願いしてみました。

そうしたら、まず最初にカウンセリングを受けました。どんな身体になりたいか、予算はどのくらいか、週に何回トレーニングができるかなどなど……。そうしたら、「じゃあ3カ月やってみよう」と言われて指導を受けてみたら、きっちり3カ月後に自分がオーダーした通りの身体になれました。こんな面白い仕事があるんだ、ということに本当に驚きました。

それから自分でもパーソナルトレーナーとしてボディメイクの仕事を請け負ったり、ほかのパーソナルトレーナーに指導してもらったりしながら、パーソナルトレーナーの勉強を積んでいきました。

――アメリカでのパーソナルトレーナーとの出会いが、今の中野さんの原点なのですね。

中野:当時はボディメイクを請け負うことが多かったんですけど、本当に私がやりたかったのはボディメイクをする仕事ではなく、メダリストのトレーナーになることでした。そんな悩みをもっていたら、ある友人から「もしアスリートを指導したいなら、バレエをやれ」とアドバイスをもらいました。

人がどういう角度で脚を動かしたら上がるのか、どこを意識したらキレイに回転できるのか、それができない場合はなぜできないのか。機能的な身体の使い方の感覚をバレエが全部教えてくれる、と言うのです。

じゃあやってみよう、ということで、ノースハリウッドのバレエスタジオに入会しました。もちろんトゥシューズも購入しました。最初は恥ずかしさもありましたけど、だんだん自分の身体の扱い方がわかってくるのです。グランプリエってこういう体勢を取るんだ、とか、ここを意識すれば柔らかく見えるとか、ここが使えていないから動きが硬く見える、とか。そうやってバレエを習うにつれて、人間が機能的に動くためにはどうしたら良いのか、どの筋肉をどう使えば良いのかが、自分の感覚として身についていきました。

今でもこのバレエを通した身体の使い方を学んだ経験が、トレーナーとしての動作習得の評価や動作評価に生きています。

――バレエが教えてくれる、というのは面白いですね。その後、日本に帰国されて、すぐにパーソナルトレーナーとして活動をスタートされたのですか。

アスリート指導

中野:実はパーソナルトレーナーという考え方は、日本では全く受け入れてもらえませんでした。今でも覚えていますが、帰国後にスポーツジムに出向いて、「パーソナルトレーナーをやりたい」と伝えたら、それはもうすごい勢いで怒られまして……。

「月会費をいただいているなかで行うのが日本のサービスだ、それ以上にお金を取るというのは何事か」と。これにはショックを受けました……。

でも諦められなくて、いろいろ交渉していくなかで、スタジオレッスンをワンコインで行う許可をもらいました。その代わり、そのワンコインのレッスン代が君の給料だよ、と言われていたんですけど。

最初はさすがに2、3人しか来てくれません。でも、きちんとメソッドや理論を説明して地道な活動をしていくと、だんだん人が増えていきました。2、3人だったのが20人になり30人になり、最終的にはキャンセル待ちが出るようになりました。

そうやって少しずつですけど、日本にもパーソナルトレーナーという仕事が徐々に認められていったというように感じています。

——中野さんは、そこからさらにモチベーション維持という、メンタル面にも目を向けた指導をされています。

中野:帰国後、パーソナルトレーナーとしての活動を始めて、確かに新規のクライアントさんには来てもらえていたのですが、実は成果が出ずに辞めるクライアントさんも多かったんです。その大きな原因は『わかってはいるけどできないときにどうしたら良いのか』の指導ができていなかったことでした。

どういうことかというと、たとえばダイエットにしても、摂取カロリーをコントロールしてください、有酸素運動はこれくらいしてください、筋トレはこれだけやってください、と私からクライアントさんに指示を出しますよね。でも、なかにはやらないクライアントさんもいるわけです。やらない、というよりは、できない、と言ったほうが良いかもしれません。クライアントさんにも事情がありますし、体力も人によって違いますから。

でも、当時の私は、指示した課題をやらないクライアントさんに対して、「なんでやらないんだ」というスタンスで接してしまっていました。つまり『成果が出せないのはあなたがやらなかったせいで私のせいではない』、『私が出している指導は間違っていない』というわけです。今思えば、本当にイヤなやつですよね……。

そんなトレーナーに、クライアントさんがついてきてくれるわけありません。だから、結局続かない人がとても多かったんです。そんなことを繰り返していくうちに、これは『わかってはいるけどできないときに、どうしたら良いか』を伝えなければならない、ということに気づきました。

——そんな経験が、モチベーションというものに目を向けるきっかけになったのですね。

中野:そうですね。そうやって悩んでいるときに参加した学会のなかに、健康心理学、というものがありました。そこで行動変容論という、人の行動の変化についての学問に出会い、「これを知らないとトレーナーなんてできないじゃないか」と気づかされました。トレーナーとしての自分に足りないのはこれだったんだ、と。それで健康心理士も取得して、精神的な面からもサポートするようにしていきました。

でも日本は、“メンタル”という言葉を使うと、どこかマイナスなイメージを持ちますよね。なので、“モチベートできる人間ですよ”というほうが気持ち良く聞こえましたから、モチベーションという言葉を使うようにしたんです。そこで、はじめて私の今のメソッドができあがりました。

——実際に、モチベーションを大切にする指導、というのはどういうものなのでしょうか。

中野:大事なのは、トレーナーから指示、命令をしない、ということです。クライアントさん自身に選択してもらうんです。

たとえば、週に3回、腕立て伏せ20回を3セットやれば、必ず成果が出るとわかっていても、それを指示したり命令したりしてはダメ。そのトレーニングができるかどうかの判断は、クライアントさんにしかできないことなんです。もしそのクライアントさんが、週に3回の腕立て伏せ20回を3セットができないのであれば、このトレーニングの処方自体が間違っているわけです。

そこで「腕立て伏せ20回を3セットをやると良いと思いますができますか?」と問いかける。もしできない、という答えが返ってきたら、次に聞くのは何回ならできるか、何セットだったらできるか、そもそも腕立て伏せはできるか、という質問です。そうやって、クライアントさんが必ず取り組める種目、回数、頻度を聞きながら導き出して、それを処方するのです。

こうして導き出したトレーニング内容は、クライアントさんが自分で決めて、自分でこれなら取り組める、と決断したことですから、単純にトレーナーが指示や命令をしたときよりも、積極的に取り組んでくれるようになるのです。

——でも、理想の種目や回数、頻度でないと、トレーニングとしての効果、成果が出ない場合もあるのではないですか。

中野:はい、でもそれで良いんです。モチベーションを維持するのに大切なのは、自らが決めて、自らの意志で取り組むことです。それができれば、徐々に回数や頻度は上げていけば良い。何も最初から100%を目指さなくても良いのです。

——メンタル面に着目すると、トレーニングの方法や処方の仕方が変わる、というのは面白いですね。

中野:メンタル面の学びは、アスリートを指導するうえでも役に立っています。たとえば箱根駅伝の話をすると、結構多くの選手が、試合直前になると「○○が痛い」と言ってくることが多い。今日は膝が痛いと言い、その次の日になったら、今度は腰が痛いと言ってくるわけです。もし自分が心理学を学んでいなかったら、じゃあストレッチしようとか、こうやって治療しようとか、何とか痛みを取ろう、という判断をしていたと思います。

でも実は、強い緊張状態になったり、強い不安を感じたりすることで、身体に痛みを感じる、なんてことは普通に起こることなんです。過去、箱根駅伝の3日前に「膝が痛いです。この痛みが当日出たら僕は走れません」なんて言ってくる選手もいました。でも、今まで一度も膝が痛いなんて言ったことも、症状が出たこともなかったわけです。なので、「これは緊張から感じる痛みだな」と思って、不安を解消するような方法をとりました。その選手と話をしながら、マッサージやストレッチをじっくり施したんですね。これをやったら痛みはなくなるから、と伝えながら。そうしたら、当日は安心したのか「いけます」と気合い十分な表情でスタートして、見事区間賞の走りをしてくれました。

それで、走ったあとに「膝に痛みはあるか」と聞いたら、「ありません」と答えるわけです。もし本当に膝に障害が出てしまっていたら、絶対にあれだけの距離を走り切ったら痛みが出るはず。でも、彼の場合はそれがなかったということは、メンタルによって感じた痛みだったわけです。

こういうことは、アスリートのトレーナーをやっているとたくさん出会います。だからこそ、自分がメンタルについて勉強してきて良かったな、と思うところです。

青学指導①

厚底シューズの出現によって変わったトレーニングとケア

——箱根の話が出たので伺いたいのですが、厚底シューズの登場によって選手の身体に痛みが出る場所が変わった、という話を聞きました。

中野:確かに変わりました。薄底のシューズだと、接地の衝撃が足裏や足の甲、足首やすねに集中していたので、シンスプリントなどに故障が出やすい状態でした。それが厚底になったことで、接地の衝撃は靴が吸収してくれるので、足裏や足の甲など末端への負担が減りました。ですが、厚底になったことで接地したときに身体が不安定になりやすくなったので、それを支えるために股関節周りが疲労しやすくなってきたんです。

——ということは、トレーニングで鍛える場所も変わったのでしょうか。

中野:薄底のシューズのときは、地面からの反発が少ないですから、着地した脚を素早くたたむことを大切にハムストリングスを中心に鍛えていました。それが厚底になったことで、ハムストリングスを使わなくても、シューズのカーボンが地面の反発をもらって脚を折りたたんでくれるんです。だから、ハムストリングスを使わなくてもすむようになったんです。

ですが、先ほどのも説明したように、厚底のシューズは着地で身体が不安定になりやすいので、大腿四頭筋や殿筋を使って身体を支える必要があります。つまり、今まではハムストリングスという脚の裏側を中心に鍛えていたのに、厚底になったことでトレーニングする部位が180度変わって、大腿四頭筋や殿部といった脚の前面やお尻の大きな筋肉を鍛えなければならなくなったんです。

青学指導pg

——道具によってもトレーニングの方向性は大きく変わるのですね。

中野:そうですね。常に情報をアップデートしていかないと、本当に効果の出るトレーニングを処方できませんし、成果を出し続けることはできません。また、このシューズの件のように、いきなりトレーニングの方向性が180度変わることも、そんなに多くはありませんが、ないとは言い切れない。いきなりトレーニングの方向性が大きく変わったら、選手たちも「これで本当に大丈夫なのか?」と不安になりますよね。それを取り除くためには何をすべきかも、同時に考える必要があります。だからトレーナーは、トレーニングのことだけではなく、選手たちの心理、メンタル、モチベーションの持たせ方も知り、考える必要があるのだと私は思います。

——とても興味深いお話、本当にありがとうございます。最後になりますが、スポーツに取り組む選手やその保護者の方々、また指導者の方々へのメッセージを聞かせてください。

中野:まずは、スポーツを好きであってほしいと思います。スポーツは、やらされるものでも、やらなければならないものでもありません。好きだからやれるし、続けられる。そして、スポーツが好き、という気持ちは、人の心を豊かにしてくれると思うんです。今やっているスポーツが好き、というものそうですが、スポーツを観戦するのが好きとか、一緒に取り組む仲間が好きとか、スポーツを介することで、自分が好きだと思えるものが増えていく、というのはすごく幸せですよね。

そのためには、ケガや故障をしない身体づくりをすることも大切ですし、そのための知識を得ることも大切です。

これは本当にある話なのですが、ある選手は、捻挫をしたら温めろと言われた、と言っていました。関節は冷やしたらダメだから、という理由だそうです。もう驚きですよね。

でも、未だそういう指導が成されているのも、現実なのです。そういう意味でも、スポーツ医学検定というのは、選手たちをケガや故障から守るために必要不可欠な知識を教えてくれるもの。選手自身や指導者はもちろん、その保護者の方々など、スポーツに関係する多くの人たちにもっともっと浸透していってほしい、と心から願っています。

——今日は楽しいお話をありがとうございました!

<編集後記>
パーソナルトレーナーとしての道を日本で切り開いた中野さんのお話は、終始面白く、取材時間が短いと感じるほど。メンタルサポートまで考えたお話は、まさに目から鱗の新しい発見ばかりでした。選手だった経験から、試合前に「なんかここに違和感があるな」と感じることは多々ありました。幸いなことに、私がお世話になっていたトレーナーさんは「触って診たけど何もないよ」とハッキリと言ってくださっていました。それを言われて、私自身も妙に「大丈夫なんだ」と納得したのを思い出しました。トレーナーさんという存在は、選手にとってとても安心できる存在なんですよね。中野さんの存在は、選手たちの心の安らぎどころなのかもしれません。今後の中野さんの活躍を、またどこかでお伝えできればうれしい限りです。

(文 田坂友暁、構成 田口久美子)

◇プロフィール◇

プロフィール写真①

中野ジェームズ修一(なかの・じぇーむず・しゅういち)
1971年生まれ。PTI認定プロフェッショナルフィジカルトレーナー、アメリカスポーツ医学会認定運動生理学士、(株)スポーツモチベーション 最高技術責任者、(社)フィジカルトレーナー協会(PTI)代表理事。
幼少期から取り組んでいた水泳のインストラクターを経て、アメリカでパーソナルトレーナーを学ぶ。さらに健康心理士も取得し、メンタルとフィジカルの両面を指導できるトレーナーとして活躍。多くのトップアスリートから信頼を集め、2014年から青山学院大駅伝チームのフィジカル強化指導を担当。東京神楽坂の会員制パーソナルトレーニング施設「CLUB 100」の技術責任者を務める。主な著書に『医師に「運動しなさい」と言われたら最初に読む本』(日経BP)、『世界一伸びるストレッチ』(サンマーク出版)、『青トレシリーズ』(徳間書店)などベストセラー多数。





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