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佐藤泰志「海炭市叙景」に魅かれる理由

 熊切和嘉監督の映画「海炭市叙景」を観た。大好きなシンガーである竹原ピストルが出演しているのが興味を抱いた理由だった。原作は1990年に41歳で自殺した佐藤泰志という小説家が書いたもの。佐藤氏は北海道函館市生まれ。海炭市は架空の都市であるが80年代後半の函館市が舞台だと推測される。偶然ではありますが私も北海道函館市生まれ。実家があるわけではなく、たまたま父親の転勤で生まれ故郷となったが不思議な因縁を感じる。映画でも複数の物語で構成されていたが、小説では18の短編連作になっている。36の物語で完結する構想だったが佐藤氏の自殺で未完に終わったという。

 特に際立った事件が起こる訳でもなく、映画の主役になるようなヒーローやヒロインが登場するわけでもない。フォーカスを当てた海炭市で生きる人々の物語はいたって平凡なものといえる。失業して八方塞がりの若い兄と妹、立ち退きを拒み続けるネコを抱いた婆さん、競馬にのめり込むサラリーマン、妻が飲み屋に勤めはじめてから心配でたまらないプラネタリウムで勤務する男などなど。しかし、海炭市という舞台でひとつ一つの物語が輻輳されてくると余計に愛らしく思えてくるから不思議だ。

 自分は大学の特に文化人類学や民俗学を専攻した。特定の権力者の記述が中心の日本史や世界史に書かれたことがどうもリアリティを感じられなかった。それよりも「歴史」に埋もれた市井の人々、同時代の光が当てられていない世界中の人々がどんな暮らしをして、どんなものを食べ、どんなことを考えていたのかということに興味を感じていた。社会人になってから落語に興味を持ったのも江戸の庶民の暮らしぶり、立川談志がよく言っていた「人間の業」が活き活きと伝わってくるからだ。音楽、映画、小説も市井の人々を描いたものを好む傾向がある。ドキュメンタリー映画に関心が向かうのもこうした趣向からだと最近になって自己分析をしている。

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