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「ぼくらの時代の本」と「月刊群雛」

 出版の世界における新たな試み


「ぼくらの時代の本」

 これまで原稿執筆やセミナーなどで出版業界を中心にデジタルやウェブがもたらす様々なサービスがどのような変化をもたらすかを考察してきた。クラウドファンディングによる資金調達、ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディアによるプロモーション、またアナログの印刷、製本の相対的な価値についても言及してきた。これらの新しく登場してきたメディアとどのように付き合っていけばいいか、その中で出版や印刷の立ち位置がどのように変化していくのかをウォッチしてきた。これらの視点を的確に平易に言語化し、実践し、成功事例を紹介している書籍が「ぼくらの時代の本」(クレイグ・モド著 大原ケイ・樋口武志 翻訳 ボイジャー)だ。

 まえがきにはこのように書かれている。「この本は、この4年間における本のあり方、読書のあり方、出版のあり方の進化を見てきたぼくのエッセイを集めた本だ。」「ぼくらの時代の本とは紙の本と電子本のどちらかのことも指し、著者と出版社と読者の関係を進化させるには、そのどちらにも重要な役割があるということだ」

 クラウドファンディングとはインターネットを使った資金調達方法であるが、クレイグ・モドは「Art Space Tokyo」という書籍を再出版するためにクラウドファンディングのサービス「キックスターター」で2万4000ドルを調達することに成功している。こうしたノウハウ、成功体験を惜しげもなく紹介した第五章 キックスタートアップ」が特に印象に残った。資金を提供する側も「プロジェクト達成までの道のりを見守る満足感を得ることができる」という心理的な面にまで踏み込んだ分析もされている。

 再出版が決定し、印刷会社、製本会社で製造現場に立会い「日本の印刷所には職人の気骨が満ちている」と個人にまで迫ったもので印象的。コラムで書かれている「Art Space Tokyo」の表紙に施されたスクリーン印刷についての描写はモノづくりの魅力を熱く伝えていて引き込まれる。

 クラウドファンディングの支援金額の分析、ツイッターやフェイスブックを活用したプロモーション戦略、実際にメーリングリストに送信されたメールの文面も時系列に掲載されていて、文字通りロールモデルとなる貴重な提言となっている。

 出版業界におけるデジタル化のメリットについても実に明確に書かれているのも印象に残った。

「出版への参入障壁が下がることにより、より尖った、冒険的な内容の本がデジタル形式で現れることになる」


「月刊群雛」の新たなスタート

 インディーズ作家を応援するためにフリーライターの鷹野凌氏が日本独立作家同盟を発足させ、2014年1月29日に創刊したのが「月刊群雛」。プリント・オン・デマンドによる書籍版と電子版がありますが電子書籍の仕組みを活用した自己出版(セルフパブリッシング)というプラットフォーム、サービスが出現したことによっていわゆる商業出版とは別に自由な出版が可能になったといえる。「月刊群雛」の発行母体である日本独立作家同盟は、任意団体でしたが2015年2月15日に特定非営利活動(NPO)法人となった。設立趣意書には、「伝統的手法では出版困難な作品の企画・編集・制作支援などを行う」と書かれている。またこれまでの月刊群雛の出版事業に加えて、出版エージェント事業、ウェブメディア事業、セミナー事業なども計画されている。これまでの活動から大きく踏み出し、新たなステージに入っていくことが宣言されている。

 こうした自己出版の流れはこれまでの従来型の作家の新人発掘、出版企画の実現に新たな潮流を生むだけではなく、出版業界全体の質の向上にもつながっていくと考えられる。真の意味で出版業界がより活力を持ち、書籍の価値がこれまでと変わらず、いや相対的には場合によってはこれまで以上に見直されるようにするには、こうした新たな出版業界の潮流を様々な角度からしっかりと把握していくことがますます重要性を増しているといえるのではないだろうか。

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