なぜ、睡眠・覚醒相後退障害に対してラメルテオンを少量で使うの?

少し前に、仕事での原稿を書くため色々な文献を読みました。

その際、睡眠・覚醒相後退障害(あるいは睡眠相後退症候群、DSPS、DSWPDとも言います)に対してなぜラメルテオン(商品名ロゼレム)が8mgではあまり効果がなくて、多くても4mgで処方することが望ましいかという理屈を理解できた気がしたので、覚え書きがてらまとめておきます。

なぜ、8mgが標準投与量なのか

まず、なぜそもそも8mgがラメルテオンの標準投与量とされているのでしょうか。答えは、この薬を開発した武田薬品工業株式会社のウェブサイトに書いてあります。

「ロゼレム錠の用量反応に関する報告はありますか?至適用量が8mgとなった理由について教えてください。」
https://www.takedamed.com/medicine/faq/rozerem/answer2_6/

リンク先に書かれている答えを簡単な言葉で要約すると、ラメルテオンを8mgよりもたくさん飲んでも寝つきが早くならないし、4mgだと確実に効くとは限らないから、ということだそうです。

なぜ、睡眠・覚醒相後退障害に対しては8mgが最適とは限らないのか

薬を開発する際の臨床試験というものはけっこう厳密です。この試験もおそらくきっちりと実施され、結果の解釈も公正に行われただろうと私は考えます。

ただ、気をつけなければならないのは、この臨床試験が睡眠・覚醒相後退障害の患者を対象としていないということです。

インタビューフォームという医療従事者向けの解説書類を読むと、ラメルテオンの効果を実証する発売前の臨床試験が、もっぱら「慢性不眠症患者」を対象として実施されてきたということがわかります。
なお、対象者の年齢は、ラメルテオンの用量を決める試験においては20歳から64歳(中央値42歳)や20歳から84歳(中央値50歳)だったようです。

一人の患者さんが慢性不眠症と睡眠・覚醒相後退障害を両方持っているということはあり得るので、臨床試験に参加した「慢性不眠症患者」の中に睡眠・覚醒相後退障害の患者が含まれていた可能性はあります。しかしその割合は多くはないはずです。

睡眠障害国際分類第3版によると、慢性不眠の有病率は約10%です。他の文献を見ても、5~10%程度になることが多いようです。

一方で睡眠・覚醒相後退障害の有病率は、とある疫学調査によると0.17% (1) と決して多くありません(ただし、10代後半から20代くらいの若い人のみを対象とした研究では有病率が3-4%となることが多いようです (2, 3))。

つまり、睡眠・覚醒相後退障害の患者は人口全体から見ると少ないため、この臨床試験に参加した慢性不眠症患者の中で睡眠・覚醒相後退障害もあわせもっていた人は、いたとしても少数でしょう。

したがって、慢性不眠症の患者に対してはラメルテオン8mgが最適としても、睡眠・覚醒相後退障害の患者に同じ結果が当てはめられるとは限りません。

なぜ、睡眠・覚醒相後退障害のある人にラメルテオンを処方するのか

なぜ、ラメルテオンが睡眠・覚醒相後退障害の治療に効くだろうという発想がされるようになったのでしょうか。それは、ラメルテオンが「メラトニン受容体作動薬」であるためです。

メラトニンは、「夜が来たことを体に伝えるホルモン」と言われます。眠る時刻の2-3時間前から分泌され、夜間に分泌量がピークに達し、明け方にかけて下がっていくという性質をもっています。

米国をはじめとする海外では、メラトニンを内服薬にしたものが睡眠・覚醒相後退障害などの患者が寝付く時刻を早くするためによく使われる薬です (4)。米国睡眠医学会から出ている診療ガイドラインにおいても、睡眠・覚醒相後退障害患者に対してメラトニンは「弱く推奨」されています(5)。

しかし日本では、長い間メラトニンの内服薬は販売されていませんでした。(2020年よりようやく処方可能な薬となりましたが、それでもこの原稿を書いている時点では、神経発達症がある6歳以上16歳未満に処方対象が制限されています)

つまり、日本の睡眠診療の現場において、長らくメラトニンとは使いたくても使えない薬でした。私自身は経験していませんが、どうしてもメラトニンを使いたい場合に患者さんに個人輸入してもらって服用してもらう場合もあったと聞いたことがあります。

その状況で、2010年から使えるようになった薬がメラトニン受容体作動薬が、ラメルテオンでした。
「メラトニン受容体作動薬」とは、ざっくり言えば、体の中でメラトニンと同じような働きをしてくれる薬ということです。

なぜ、ラメルテオンを4mg以下で処方するのか

もともと、睡眠・覚醒相後退障害のある小児に対してメラトニンを使う場合、メラトニンは1mg以下の低用量で用いることが望ましいとされていました (6)。メラトニンの量を増やすほど効果が増すという、いわゆる量-反応関係は、睡眠・覚醒相障害に対してメラトニンを使う場合には無いようなのです。

そこで、ラメルテオンに関しても、少ない量の方がリズムの調整にはむしろ効果的かもしれないという発想が出てくるのは自然な成り行きでした。

ラメルテオンによって概日リズム(体内時計のリズム)を前進させられるかどうかを健常者を対象として調べた研究があります(7)。睡眠・覚醒相後退障害の方は多くの場合、概日リズムが後退しているので、これを前進させられる(≒眠れる時刻が早くなる)作用のある薬剤は、病状の改善のために使えるかもしれないわけです。

この研究において、8㎎のラメルテオンを処方された人は、プラセボを処方された人と同じくらい、約28分しか概日リズムが前進しませんでした。一方で、1mg, 2mg, 4mgのラメルテオンを処方された人では、約80-90分と明らかに概日リズムが前進しました。
これが、8mgよりは4mg以下の処方が睡眠・覚醒相障害のある人に対しては望ましいだろうと言える根拠のひとつです。

さらに、秋田大学のグループによる症例報告で、睡眠・覚醒相後退障害のある15歳の患者に対して、ラメルテオンを8mgで処方していた間は入眠を早める明らかな効果が見られず、4mgに減らしたら急に5-6時間入眠が早まったというものがあります (8)。
この報告もまた、8mgよりは4mg以下を使った方が良いという考えをサポートするものです。

ただ、実際に臨床現場で4mgや2mgのラメルテオンを処方していると、それでうまくいく患者さんもいるのですが、翌日に眠気が出てしまってすっきりしないというケースも珍しくありません。

そこで、23人の睡眠・覚醒相後退障害の患者さんに対して、本人と相談しながら翌日に眠気が出なくなる程度にまでラメルテオンの処方量を減らしていき、最終的に中央値で0.571mgまでラメルテオンの処方量を減らしてなおかつ入眠と覚醒の時刻をラメルテオン服用前より早められたという研究も最近は出ています (9)。
もしかして4mgや2mgのラメルテオンですら多すぎるのかもしれません。

最後に

ただ、ラメルテオンを少量で出そうとする医師が必ず突き当たる壁ではないかと思うのですが、1錠8mg の錠剤を2mgや1mg、あるいはそれ以下で処方しようというのは若干ハードルが高いです。
病院の処方システムの仕様によりそこまで細かく分割できなかったり、調剤薬局にかかる手間を考えると細かくし過ぎることがためらわれたりします。

2mgくらいの大きさの錠剤があれば量の調整をしやすくて便利になるのにとよく思います。

なお、睡眠・覚醒相後退障害に対してラメルテオンを特に少量で使うというのは現状で適応外使用となってしまいます。
とは言え、ラメルテオンを使うことによって睡眠相後退の症状が明らかに改善する患者さんたちは実際におり、必要な薬であると感じています。

朝早くから学校や仕事が始まり、遅刻が厳しい目で見られがちなこの世の中において、睡眠・覚醒相後退障害のある人は大変苦労をしている場合が珍しくありません。
睡眠相が後退しているなどリズム障害のある方々にとっての困りごとが少しでも減る一助となるために、ラメルテオンなど効果が期待できる薬の研究がさらに進むことを願います。

参考文献

1. Schrader H, Bovim G, Sand T. The prevalence of delayed and advanced sleep phase syndromes. J Sleep Res. 1993;2(1):51-5.

2. Sivertsen B, Pallesen S, Stormark KM, Boe T, Lundervold AJ, Hysing M. Delayed sleep phase syndrome in adolescents: prevalence and correlates in a large population based study. BMC Public Health. 2013;13:1163.

3. Danielsson K, Markstrom A, Broman JE, von Knorring L, Jansson-Frojmark M. Delayed sleep phase disorder in a Swedish cohort of adolescents and young adults: Prevalence and associated factors. Chronobiol Int. 2016;33(10):1331-9.

4. van Geijlswijk IM, Korzilius HP, Smits MG. The use of exogenous melatonin in delayed sleep phase disorder: a meta-analysis. Sleep. 2010;33(12):1605-14.

5. Auger RR, Burgess HJ, Emens JS, Deriy LV, Thomas SM, Sharkey KM. Clinical practice guideline for the treatment of intrinsic circadian rhythm sleep-wake disorders: advanced sleep-wake phase disorder (ASWPD), delayed sleep-wake phase disorder (DSWPD), non-24-hour sleep-wake rhythm disorder (N24SWD), and irregular sleep-wake rhythm disorder (ISWRD). An update for 2015: an American Academy of Sleep Medicine clinical practice guideline. Journal of clinical sleep medicine. 2015;11(10):1199-236.

6. Wyatt JK. Chapter 4 - Chronobiology. In: Sheldon SH, Ferber R, Kryger MH, Gozal D, editors. Principles and Practice of Pediatric Sleep Medicine (Second Edition). Philadelphia: W.B. Saunders; 2014. p. 25-34.

7. Richardson GS, Zee PC, Wang-Weigand S, Rodriguez L, Peng X. Circadian phase-shifting effects of repeated ramelteon administration in healthy adults. J Clin Sleep Med. 2008;4(5):456-61.

8. Takeshima M, Shimizu T, Ishikawa H, Kanbayashi T. Ramelteon for Delayed Sleep-wake Phase Disorder: A Case Report. Clin Psychopharmacol Neurosci. 2020;18(1):167-9.

9. Shimura A, Kanno T, Inoue T. Ultra-low-dose early night ramelteon administration for the treatment of delayed sleep-wake phase disorder: case reports with a pharmacological review. J Clin Sleep Med. 2022.


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