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『乃木坂46シングル曲が物語る"今"』その6(SingOut~Route246まで)

前回で取り上げたシングル曲からは、乃木坂46というグループが「熟成したからこその更なる変化」というものが度々見受けられた。

そして集大成的な楽曲を引っ提げて、そこから更に1ステージ上に進んでいこうというのが2019年からの乃木坂46である。

今回、タイトルでちらつかせている通り『世界中の隣人よ』『Route246』を流れに加えている。もちろん「シングル表題曲」でない楽曲だが、その語り口にはシングル表題曲らしい「物語る"今"」を見出すことが出来る。詳しくは各項目に譲ろう。

※以下、メンバーの名前を挙げる場合は基本的に苗字敬称略。

Sing Out!

言うまでもなく「集大成」である。

これまでも『君の名は希望』や『シンクロニシティ』をはじめとする様々な楽曲・表現を通して、「誰か」へと手を差し伸べてきた乃木坂46が到達した究極系。プリミティブ純度が高いとかシンプルとかなメッセージを、多幸感あふれるゴスペルに乗せ、共に手を叩き鳴らす文字通りの「共鳴」をもって、どこまでも遠くへ放つ壮大な一曲だ。

孤独より居心地がいい
愛のそばでしあわせを感じた

心が勝手に共鳴するんだ
愛を分け合って

この想い届け Clap your hands
風に乗って飛んでいけ愛の歌

『ぐるぐるカーテン』で〈僕〉と〈君〉の小さな世界から幕を開けた物語は、段階を踏んで歩みを進めてきたからこそ(ひいては彼女たち自身がその〈愛〉を受けて変化を経ているからこそ)、こうした言葉に辿り着いた。

中心に立つのが齋藤飛鳥であることが、メッセージをより補強する。部屋の角に身をひそめることを好み、人間関係に苦しんだ過去を打ち明けたこともあった、決して単純でない内面を持つ彼女による〈孤独は辛いよ〉〈ひとりぼっちじゃないんだよ〉という言葉。

間奏で見せるソロダンスは、まさに珠玉であろう。「祈り」に満ちた雄弁な舞い。軽やかなステップで、何か解き放つように踊る姿。最後に振り向く様は『シンクロニシティ』ラストに白石が向ける目線とも重なる。

泣いてる人のために僕もどこかで
何も気づかずそっと涙流したい

初めてセンターを務めた楽曲が『海流の島よ』という、今思えば"海を渡る"ニュアンスを(その翼に)最初から与えられていた彼女。

更には『裸足でSummer』『ジコチューで行こう!』など、「自由であること」「縛られないこと」を標榜する役割こそを強く担ってきた。

そんな道を辿った先にあるのが、他でもない『Sing Out!』なのである。あれらの答えとして『Sing Out!』がある。

そんな風に、飛鳥のストーリーを補助線に『Sing Out!』を見ると、いっそう「今だからこそ」(彼女の存在感が最高潮に達しているからこそ)の楽曲であると言えそうじゃないか。

それまで生駒、西野が"主人公"として背負ってきた立場を、飛鳥がまた示しているというわけだ。連鎖していくストーリーの担い手の一人として彼女がおり、そのストーリーの一旦のゴールとして『Sing Out!』がある……とまとめることができるだろう。

人は皆弱いんだ
お互いに支え合って前向いていこう

そして『Sing Out!』は乃木坂46が持つメッセージ性の「起源origin」としてもある。

『人間という楽器』、『ボーダー』、『悲しみの忘れ方』、9th YEAR BIRTHDAY LIVE 3期生ライブで真価を味わった『僕だけの光』、もちろん上でも挙げた表題曲『君の名は希望』や『シンクロニシティ』、あるいは未来に待ち受けていた『僕が手を叩く方へ』。

リリースよりも遥か前から『Sing Out!』の魂は見受けられる。そして、先へと連綿と続いていく。プリミティブなそのメッセージは、根底に、あらかじめ流れていた/常に流れているのだ。

夜明けまで強がらなくていい

身もふたもなく言えば「新メンバーセンター曲」である。特徴的なのは、"逆に"でさえあるが、初の「加入した新メンバーの視点で描かれた」「新メンバーセンター曲」である。

『バレッタ』『逃げ水』は、加入当時の2期生、3期生をセンターに置きながら、そこから見たフレッシュな視点や言葉を描く楽曲ではなかった。いずれにしても、「現メンバーの視点」を描いている。

君たちのその企み
状況証拠並べて
さあ推理してみようか?

目指してきたのにどこへ行った?
あの夢

片や、新参者に向けた懐疑的な目線を、皮肉たらしくあけすけに取り上げた。片や、純真無垢な夢見る背中を見せ付け、同じように夢見ることをやめてしまっていないか?と問い掛けた。

「現メンバーの視点」、もっと言えば、「新たなメンバーが入ったことによる(グループ/現メンバーへの)影響」がこれらでは切り取られている。

一方の、『夜明けまで強がらなくていい』。

元々グループのファンであったメンバーも少なくない世代・4期生の目で見た、憧れの的である乃木坂46の放つ〈光〉を求める様がそこにはある。

光はどこにある? 僕を照らしてくれよ
暗闇は涙を捨てる場所

シリアスなサウンドが物語る、〈光〉と自分とを比べた時の「悩みや葛藤」がこそ主題であるが、「先輩たち」が〈光〉に当てはまると読むことに間違いはないだろう。

『夜明けまで~』が新メンバーの視点を描いている、と読み解けるヒントとして、『4番目の光』とのリンクを取り上げたい。こちらでも、同じ〈光〉というモチーフを同じ意味で用いている。

4番目の光を探しに行こう
どこかにきっとあるだろう

どちらも「〈光〉を探す」様子である。〈遠くから憧れていた/その清楚で凛々しい先輩の姿〉という歌い出しを鑑みれば、『4番目の光』はよっぽど直接的に表現していると言える。

テーマやフレーズの対応関係から、『4番目の光』は、『三番目の風』と並べたサイクルより、むしろ『夜明けまで~』と表裏一体になるものとして用意されたようにも思える。

対になるこの2曲をもって、このタイミングにおける「新世代メンバーの視点」を強調しているのではないか。

『Sing Out!』で一旦のゴールを見て、その次のステップで「乃木坂46の"今"」を物語ろうというとき、そこには若いメンバーの主観が加わった。

「世代交代」の端的な表し方として、乃木坂46を憧れの的として見る「新世代の視点」を配置した(しかし藻掻く姿を切り取り、先に進むエネルギーに満ちた楽曲に仕上がっている)。『夜明けまで強がらなくていい』はそういったことを表している、と言えるだろう。

しあわせの保護色

1期生の中心的存在であった白石がセンターに立つ最後の楽曲である『しあわせの保護色』。尾崎紀世彦『また逢う日まで』などを思わず想起する、フィナーレ感に満ちたミディアムテンポの歌謡ナンバーである。

卒業メンバーがセンターに立つ「卒業シングル」に当たる曲としては4つ目である。去り行く背中を押して送り出す『ハルジオンが咲く頃』、別れの寂しさを抑えて強がる『サヨナラの意味』、旅立つ側の視点を描き、その衝動が爽快に駆け抜ける『帰り道は遠回りしたくなる』。そして『しあわせの保護色』。

上で「フィナーレ」という言葉を使ったが、この曲は白石の卒業はもとより、それだけではなく、グループ結成から活躍してきた1期生たちとの「世代交代」を示すものとしての終幕、その大団円を示している。

前後を挟むシングル曲、若い世代が先頭に立つ『夜明けまで強がらなくていい』や『僕は僕を好きになる』との対比として存在する、担い手の立ち位置を受け渡す「戴冠式」のようなものだ。

振り返って懐かしむようなモノローグを経て優しい言葉をひとつ残していく構成からも、その事がうかがえる。

しあわせはいつだって近くにあるんだ
保護色のようなもの気づいてないだけ

慌ただしい日々に流されてた
些細なことが大事なことだった

しあわせは少しずつ見えてくるものさ
変わらない毎日に紛れていたんだ

僕に出来ることは
君にヒントを出すこと しあわせとは
簡単な見つけ方
悲しくなった時は思い出してほしい

いつまでも浸っていたいくらいの思い出の先に、〈僕〉から〈君〉への贈り物がある。そう出来るからこそ、〈夢の続きは/ほらすぐそこ〉と軽やかに旅立つことができる。

白石の「卒業シングル」がそのような楽曲になることは、肌感覚でも納得できるが、彼女が先頭に初めて立った『ガールズルール』から繋がった流れと考えてみると、なおのこと「眩しい青春とその幕引き」のストーリーとして見ることができる。

なんでも見せ合える仲じゃないか

パパやママに言えない秘密の話
いっぱいこの海に流したら忘れよう

ガールズルール
彼を好きになって
一緒にいつも泣いたり喜んでくれたね

「あの頃が一番楽しかったよね」なんて言い合えそうな、何も怖いものがなかった日々がそこにはある。

『ぐるぐるカーテン』での〈男子禁制〉ともまた違う、〈私たち〉だけの最高の時間。『しあわせの保護色』で言う〈変わらない毎日〉は、『ガールズルール』で描かれた情景に刻み込まれている。そんな風に考えてみたら、よりいっそう広がりがあるように思う。

そうして彼女たちは、時間の経過とともに、1人、また1人と旅立っていくわけだが、それは決して単なる「離れ離れ」ではない。

「別々の道を共に立って行けるのは"友達"だ。」という過人の言葉もある。

未来を担う後輩たちに〈ヒント〉を残しながら、明るく〈夢の続き〉を追っていく。そんな姿が『しあわせの保護色』の朗らかで温かいサウンドに乗せて謳われている。

世界中の隣人よ

未曽有の事態によりピタッと時間が止まってしまった期間、「今何か出来ることはないか」との想いで産み出されたのであろう『世界中の隣人よ』。

上記の通りシングル表題曲でない配信リリースだが、「今」を物語る楽曲としてこれ程のものはない。ゆえに、取り上げるべきものとしてここに加えた次第だ。

とは言え、握手会開催などもままならない状況で、CDリリース自体が困難だったタイミングであったことを思うと、実質シングル曲の流れにあるリリースだったと個人的には解釈している。当時の在籍メンバー全員に加え、卒業した歴代メンバーも歌唱とMV映像に参加した(手放しに喜べる状況ではなかったにせよ)メモリアルな作品になったこともあり、楽曲としての存在感や意味合いは小さくない。

それこそ、「存在感」や「影響力」がキーワードである。「楽曲の」というよりも、「グループの」。2020年までで拡大したグループの存在感が、ひいては、病魔に立ち向かうべく世間に対して訴えかけられる「声の大きさ」に繋がっている。

ずっと眠れぬまま働く
彼らにどう感謝を伝えようか

相対化して「グループの物語の1ピース」として『世界中の隣人よ』を見てみると、楽曲が示している「チカラ」がわかりやすくなる。

と言うのも、上から書いてきた流れがそれそのものだ。

結成初期から伝えてきたメッセージが拡大し、一つの到達点に達したこと、「グループが今それほどの領域にいる」ことを『Sing Out!』で示し、憧れの目を向けられ、人を導くことが出来るほどにまで大きな存在になったことを『夜明けまで強がらなくていい』や『しあわせの保護色』で示した。

その流れを汲んでの『世界中の隣人よ』なのだ。

もちろん楽曲はあくまで自主的な総括のようなものなので、決して「『Sing Out!』があるおかげで『世界中の隣人よ』が出せる」というロジックではない。「グループが今それほどの領域にいる」という"状態"そのものが、『世界中の隣人よ』程の訴えをしていることへの納得感や説得力を与えてくる。

曲を通したメッセージが壮大な説得力を持つくらいの域に、2020年の乃木坂46はグループとして達していた。ということが、奇しくもわかりやすい形で、シングル表題曲を並べた時に読み取ることが出来るのだ。

〈君〉と〈僕〉の1to1の関係を大切にしながら、その地続きにある働きかけとして〈ここにいない誰か〉にまでも〈愛〉を届けようとした乃木坂46のメッセージは、〈隣人よ〉という表現が支えている。

訴えている相手は、〈世界〉ではなく、そこに生きる1人1人の〈隣人〉なのだ。その表現に、これまで続けてきた「寄り添う」「理解わかり合う」姿勢が現れている。

隣人よそこにいて
あなたの想いは伝わっているから

お互いに一人じゃないとわかって

『Sing Out!』や『しあわせの保護色』で提示した到達点、本来ならばそのすぐ次に新たな時代が到来するはずだったが、結果的に、「到達点にいるからこそ」の歌として『世界中の隣人よ』が生まれた。

それは言ってみれば「余韻」のようなものだが、「物語る"今"」と表現するにはむしろ最もふさわしい一曲だろう。

Route246

からの『Route246』である。この曲にもまた、"今"の乃木坂46が携える「存在感」や「影響力」が通底している。

もちろんそれは「作曲:小室哲哉」というクレジットが大いに物語っている。2023年時点の目で語れば、そもそもの言い出しっぺが飛鳥ちゃん本人であったと言うのだから(※卒業コンサート幕間映像での発言)尚のこと驚きつつ、また同時に腑に落ちてしまう。

まずはじめに歌詞から見てみると、かなりストレートに人を応援するような、鼓舞するような言葉が並んでいる。

Hang in there! Come on, keep at it!

いつかの場所から
(Wow wow wow wow)
歩き出せばいい
(Wow wow wow wow)
誰も変われるんだ
(Wow wow wow wow)
人は進化する
(Wow wow wow wow)

この曲も『世界中の隣人よ』と同じく配信限定でリリースされた楽曲だが、活動が少しずつ復活してきた2020年7月にリリースされたことが示すように、「夏曲」「夏シングル」のひとつにカウントすることができる。

『夏のFree&Easy』『太陽ノック』『ジコチューで行こう!』などが特にわかりやすいが、「夏曲」は常に、意志を貫くことや本心をさらけ出すことを称賛し、そうした人の背中を押す「応援ソング」として作られてきた。

夏だからやっちゃおう
いつもは躊躇してたことも太陽は許してくれる

何か始めるいいきっかけだ
熱くなれる季節にOpen the Door!

そうだ
何を言われてもいい
やりたいことをやるんだ
ジコチューだっていいじゃないか?
マイウェイ!

楽曲のはらむ本質的なメッセージ性として、『Route246』も明らかにこの流れを汲んでいる。

そしてそのメッセージ性が転じて、「乃木坂46と小室哲哉のタッグ」に意味を持たせている。

当時、小室哲哉氏は2018年の引退表明以降は音楽活動を停止していたが、『Route246』の楽曲提供をもってその活動を再開した。プロデューサー・秋元康氏からの働きかけによって口説き落とされ、その手を取る形となったという。

結論から先に言えば、『Route246』の持つ「応援」のメッセージ性、それはまずもって小室哲哉氏に向けられたものではないかと思う。

あることないこと含んだ報道とそれに影響されたバッシングなども受けた彼への、その類まれな才能に惚れ込み、そんな理由で潰えてしまうことを惜しむからこそのエール。一度表明した引退を撤回することも「別に気後れすることないじゃないか」と後押しする。

人の目気にして生きていたってしょうがないよ

それこそ、飛鳥の提案が発端であったと判明したことで、秋元康⇔小室哲哉の単なる個人関係ではなく、乃木坂46⇔小室哲哉のアーティスト同士の間で生まれた健康的なクリエイティブであることがわかり、この「応援」の価値はいっそう強固になった。

そのことが逆転的に、「乃木坂46と小室哲哉のタッグ」が成立するに違和感のない、グループとしての(あるいは飛鳥個人の)「存在感」や「影響力」が確固たるものだからこそ、という説明にもなっている。

「"今"の乃木坂46は、小室哲哉をもう一度立ち上がらせることが出来る」ということを物語っている。間違いなく『Route246』は、時代を築いた才能人と肩を並べるにふさわしい存在になった、"今"の乃木坂46を象徴する楽曲であった。

ってな感じで、数年越しのその6で、既に数年も前の乃木坂46をシングル表題曲を取りまとめてみた。

このnoteでも繰り返した「世代交代」の色が、この先より強まっていく。これを書いている2023年現在、5期生が次のシングル表題曲センターに選ばれたことが既に発表されている。

続くその7は、そんな「世代交代」を大きく象徴する曲から始まる。変化への不安は、ほかならぬメンバーたち自身が強く感じているだろうが、その不安はまた、彼女たち自身が払拭していく……と太鼓判を押しておこう。

続く。




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