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呑兵衛の道も一杯のビールから

「昔から(酒を)飲んでたのかと思った」

よくそんなことを言われる。
もちろん昔からアルコール漬けだった訳ではない。
酒と初めて出会ったのは3年前の春。とある部活の新歓で大学近くの中華料理屋へ行った時のことだ。

「大学生なったら付き合い程度にでも酒は飲めよ」

大阪を離れる時、父にそう言われた。そんな言葉に背中を押されるようにコップを差し出す。見慣れぬ星のマークに青字で何か書かれた瓶。黄色の液体に細かい白い泡がはじける。

中学生の頃に味見をしたビールはまあ不味かった。なぜ麦がこんなにも苦くなるのか、なぜ大人は好んで毎日のように飲むのか不思議で仕方なかった。
注がれたビールを前に、そんなことを思い出す。
と、部長らしき人が前に立ち、乾杯の音頭をとる。何かしらの挨拶があったが、どうやって目の前の液体を飲み干すか、それしか考えていなかった。

「かぁぁんぱぁぁい」
誰だ、こんな言葉を生み出した奴は。だいたい杯を乾かすなど意味が分からない。しかし、日本男児たる者、今になって後に引くわけにもいかない。覚悟を決めるか。一気に飲み込んだ。

独特の風味とのど越しの爽やかさ。苦さはそこまで気にならない。今までに飲んだことのない味だった。自分の中でビールのイメージが大きく変わった。
どんなビールなのか―瓶を手に取りラベルを見る。
「サッポロクラシック」
「ONLY HOKKAIDO」の文字が輝いて見えた。
いうなれば一目惚れならぬ、一口惚れ。運命の出会いだった。

以来、ビールはもちろんのこと、アルコール全てに対しての拒否感が消えた。幸いにして体質的にもアルコールとの相性は抜群だった。
料理を作りながら、列車に揺られながら、授業終わりにとりあえず―
次第に量も増え、酒というものが生活に深く入り込んでいった。
いつしか自分自身も酒を布教する側へ(おかげでよく嫌われたが)。

酒を飲み続ける中では、また「酔う」ことの楽しさも学んだ。
1杯、2杯と飲み進める中で、目の前の現実が次第に遠ざかっていく。まるで飛行機が離陸する時、地面が次第に遠ざかっていくのを眺めているかのような感覚。

教授だろうが、年上の社長だろうが、イケイケのキャバ嬢であろうが、そんなことはすべて忘れる。
目の前にいる人の年齢、性別、立場―
普段コミュニケーションをとる上で障壁となるようなものがすべてどうでもよくなっていく。ただ全てが「人形」として見えてくる。だからこそ本音がこぼれ、普段は言えないようなことをいう。

恥、外聞、プライド、そんなものがどうでもよくなっていく。まるでコートを脱ぎ棄てるように、自分を一つずつさらけ出していく。本来の自分の姿が少しずつ見え始める。
人にさらすだけではない。なぜこんなことを話しているのか。なぜそんなことを考えているのか。知らない自分が見えてくる。

酒を通して自分を見つける旅をする。普段は思ってもいないこと、言わないようなことを気付けば口にしている感覚。いかに自らの意見や感情を押し殺して生きているのかがわかる。

そんな酒との出会いは、その後様々な出来事へつながっていくが、今回はこの辺で。

最後まで拙文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
次回もご覧いただければ幸いです。

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