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父に思いを馳せる⑧


こちらの記事の続きです。

翌朝、自宅から車を走らせ1時間。
父の住んでいる市町の市役所へ行き、「限度額適用認定証」を申請しに行く。

前年に私自身の手術の際に「限度額適用認定証」の存在を初めて知り、その時は、その手術の5ヶ月後に母の入院の時にまた申請すると思っていなかったし、さらにその5ヶ月後に、次は父の入院で、また限度額適用認定証をもらいに行くことになるなんて、まさか、思いもしなかった。

「こうやって苦い経験を重ねるうちに社会の経験値がアップしていくんだな」
なんて思っていたら、市役所の受付の方が、かなり昔の、仕事関係の遠いお知り合いの方で、「あら!」と話しかけられて、ビクッとした。
(私は仕事関係の人に、できるなら、いや絶対プライベート時間に会いたくない派。)

父が事故にあい、入院中で、意識が戻らなくて…(ゴニョゴニョ)と伝えなくてもいいかもしれない事情も受付の方に伝えてしまうのが私流。
「父の意識が戻らない」なんてことが自分の人生に起こっている現実がまだ信じられない。

無事、限度額適用認定証を受け取り市役所を出ると、小雨が降っている。
父のいる病院へ向かおう。車でここから約2時間。

思ったよりも早く着きそうだったので、病院の近くにある、行ってみたかったお寺に寄ってみる。護摩木に父のことを書き、手を合わせる。
「父は、父としては微妙かもしれないんですが、実はそんなに悪い人ではないんです。どうか、どうか…」と心の中で思いながら、ポロポロとこぼれる涙が止まらない。

病院に着く。土日の病院の様子しか知らなかったので、平日の、その大学病院の様子に圧倒される。人がたくさんいて、3階の高度救命救急センターに上がるエレベーターの前にはコロナチェックのスペースがある。
数日前に初めて来た時には暗くてガランとしていた3階。もう父は死んでしまうんだ、と思って泣きに泣いた場所に、数日ぶりにたどり着く。

中待ち合いのようなところで主治医や看護師さんを待っていると、私と同じ年くらいの女性とその母親らしき2人組が入ってきて、話しかけられた。
その母親らしき人の夫も高度救命救急センターに入院しているらしく「命が助かったとしても、これからどうしたらいいのか…」と泣きながら、不安な気持ちを見ず知らずの私に打ち明けてくれた。
不安で不安で仕方なくて、それを誰かに、この不安を少しでも分かってくれる誰かに話したい。私も同じ気持ちだから、その母娘の気持ちがとても分かる。
きっと、この高度救命救急センターに入院している人たちは、救命されたとしても「以前のその人らしく」生きていくことが困難になるんだろう。父もきっとそうなる。
その母娘は2人だったけれど、私はひとりぼっちだった。その不安を分かち合える存在なはずの、私の家族は、遠い。

主治医のD先生から説明を受ける。
お腹の出血は峠は越えたので、少しずつ麻酔を減らしていって、意識がどれくらい戻るか、これからみていく。人工呼吸器が外せて、血圧も薬なしで安定したら、月曜日に骨盤の手術をする。コロナ禍なので付き添いは不要とのこと。
父のやりかけだったナンプレを持って行ったけれどそれはまだ不要だと言われ、
父に手紙を書いていたので、手紙は大丈夫かと聞いたら、意識が戻った時に読めるものがあるといいので、と、父の枕元に置いてもらえた。

看護師さんには、頼まれていて購入したものをいくつか渡す。

医療費支払いと退院後のことを相談するためにソーシャルワーカーとの面談をこの日に予約していた。医療費と退院後のことは心配なことしかなく、それがどれだけ心配なのか、明け透けに身の上話をするうちにまた涙が出てきて、私のカウンセリングみたいになって終わる。
「高度救命救急センターで入院している人の中には、親族が誰も来なかったり、来ても、今後のことは知らん、と言う患者さんのご家族もたくさんいるので、一人でもこうやって悩んでくれる人がいることは幸せなことです」と声をかけられて、また泣く。

帰り際に私服姿のK先生(土曜日私が着いてすぐ、ERで緊急手術の時に、最初に状況を説明してくれたお医者さん)とすれ違い、思わず、父が運ばれた土曜日のお礼を伝える。
すると、「まだまだ分からないけど、お父さん、元々体が丈夫なのか、一番いい形で回復に向かっていてよかったですね。お父さん自身が、生きたいって思っているんだと思います」と声をかけてくださる。

父の入院している大学病院の高度救命救急センターの方たちの多くは20〜40代に見える。つまり私の年齢って、働き盛りなんだなぁと改めて思う。ここには頼りになるお医者さんや看護師さんばかりがいてくださり、そこにドクターヘリで運ばれた父の幸運に感謝の気持ちでいっぱいになる。

西洋医学は私や母の体の不調を助けてくれなかった、と不満いっぱいだったけれど、高度救命救急センターに何度か通ったり、調べたりするうちに、最先端西洋医学の凄さを感じずにはいられない。

救命救急の医療の現場で、西洋医学の最先端で働いているK先生が、
「お父さん自身が、生きたいと思っているんだと思います」
と、一見スピリチュアルのようなことを言われたことに、深く感動して、そして救われた。
そうだ、父がこれからどんな経過をたどっても、それは、父の体が、父自身が、そう決めたんだ、と思うと、不安が少し軽くなった気がした。

人が生きていること、人が死んでいくこと、そのどちらもが、人の力の及ばないことで、
きっと、日々、人の生き死を目の当たりにする救命救急の現場だからこそ、人の生命力というものを感じずにいられないんだとしたら、その仕事の凄さと、さらにその謙虚さに、尊敬の気持ちを抱かずにいられない。

朝起きるとまず父のことを考え、ふとした瞬間も父のことを考える。
父が事故にあってから4日間、見事に毎日下痢。
私の心と私の大腸、
私の心と私の体は、しっかりつながっている。

(2022.3.22)

スペシャルサンクス やまださん



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