高橋文樹『ノミナル』 クロスレビュー

S評出品作品:高橋文樹「ノミナル

評価 椋:良 持田:良 東郷:× 高瀬:○ 波野:× 


椋 康雄 評価=良

今回高橋さんとろすさんは本当に上手いと思いました。『ノミナル』は名前の話から始まって「nominal」という単語にテーマが収斂されていく。読んでいて丁度良い速さ。モデラートというか、アンダンテというか、あるいは4 ビートか。自分はここまで話しが移ろいながらテーマを一貫させて書く、ということは多分できなくて、そのことを「自分が思っている文章とちょっと違う」と言い換えてこの評価にしました。


持田 泰 評価=良

非常にしたたかな作品であり、まさかのSS合評作品でビッグネームが頻出するという流石唯一の新人賞ホルダー破滅派高橋文樹氏の面目躍如たるところである。またビッグネームに殴られるというのが殴られるだけの価値があり、世の中の殆どの人は殴られすらしないのである。知的な作風でありながら文章は非常に読みやすい、nominalを巡る哀愁のヴァリアントを小品として小氣味よく捌いた作品である。「私小説」と宣言したように「恨み節」を基調としたアクチュアリティが明確にあり、また青山真治からマット・マレンウェッグへまで到る非常に世界が広く社交も広い暴露作品でありながら、どこか「公式発言」性を感じられるという不思議な印象を残す。その意味で隙のない作品であり、余地を後ろに残していて、敢えて言い切ってしまうと、読み手に心を許していない。ただその「心の許してなさ」も含めてリアリティと判断し「良」とした。それゆえに「殴られる」のかもしれない。想像したのが、中野重治「歌のわかれ」で飲み屋で友人に鼻で笑われた安吉が「佐野の無礼は許せるが佐野の無礼をお前が許すことは許せぬぞ」と自宅から鑿を持って出ていったシーンを思い浮かべ、「殴られる男」というのは破滅派高橋氏の宿命としてどこまでも高めていくべきライフワークなのかもしれないなんて無責任に思った。


東郷 正永 評価=×

ああ、こういうのこそ「実話」だと強く感じました。別にそれが真実である必要はないけれど、リアルを感じます。青山真司氏の話と、社名の話は全く関係ないのだけれど、この話の飛び方こそリアルだと思いました。ただ、正直これだけでは…。高橋さんとお会いして話して、初めて理解できたところが多々あります。何が伝わって、何が伝わらないのか、ということを、この作品に対してだけではなく自分自身の表現も鑑みて考えさせられました。


高瀬 拓史 評価=〇

丁寧にアレコレ拗らせてある。思わず、やれやれご苦労さんと声を掛けたくなる。実によい。


波野 發作 評価=×

ノミナルという言葉をオシャレに使いこなす軽快なフットワークにはしびれつつ、物語としては華奢すぎると感じさせられてしまった。青山真治のエピソードは面白いが、本筋には何ら関係がない。事前には、高橋氏の作品については「有名な映画監督に殴られるなんて」と異口同音に語られていたが、それはまったく本編に関係ない。その証拠に、青山氏の下りを完全に削除しても、まったく話が変わらない。ノミナルに関わるアクションを起こしたのは、青山監督ではなくAV男優の方だ。さらに言うと、「名前」というものに関わるエピソードを3つ並べているのだが、実はその3つはあまり関係がない。二つ目の北陸の資産家と3つめのWordPressは関係がありそうで、実は全く関係ない。3番目は社名自体には関係ない話だからだ。ノミナルというキーワードを導き出して軽快に絡ませたのはテクニカルだとは思うが、裏側からの補強が足りないように思う。そのためには高橋氏の魂の切り売りが必要になるはずだ。その覚悟と露出の不足に、心を鬼にして×とさせていただいた。

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