純日本人の私が33歳から始めた英会話1

プロローグ編

2010年7月、私はFacebook社に入社しました。外資系企業ではありましたが”日本(東京)勤務だし英語も話せないけど、まぁなんとかなるかな?”という感じで、あまり言葉の壁を深く考えずに入社しました。(当時の面接では、通訳をつけてくれてましたので、面接そのものは日本語で行いました。)それが、私のその後の人生における”言葉の壁”との闘いの幕開けになりました。

入社して初めて知ったのですが、私がなんとFacebook社において世界で初めて英語の話せない社員であったということなのです。

まず、入社初日からその洗礼は始まりました。当時シリコンバレーのスタンフォード大学のあるPalo AltoにあったFacebook本社から初日が始まりました。まず集合が本社の受付集合ということで、少し恐る恐るではありますが先に入社していた児玉太郎(初代日本代表、彼はバイリンガル)に引率してもらい集合場所へ。そこで、児玉が携帯を私に手渡し、「何か問題あればこれ使って電話して!じゃねー!」と、あっさり私を置いてどこかに行ってしまいました。その瞬間から今までの人生で経験したことのない強烈な”孤独”と”恐怖”を感じたのを今でも鮮明に覚えてます。その日の入社オリエンテーションではインターンシップも含め約15人ぐらいいて、人種もバラバラ。当然全員英語を話をしています。受付でまっている間に隣に座った人に、ものすごいフランクに何かを話かけられているのですが、本当に「ペラペラ」としか聞こえず、愛想笑いを返すことで精一杯でした。内心「とんでもない所にきてしまった。。」と率直に思いました。

オリエンテーションは2日間、わりとみっちりと色々やるのですが、まずはじめにそれぞれの自己紹介から始まります。もうその時点で緊張MAX。そもそも「なんとかなる」という甘い考えが全て吹き飛び、頭が真っ白に。そして、私の番がまわってきました。「ハロー アイム ジャパニーズ センキュー」精一杯の英語力を使いあとは笑顔。もはやすでに最劣等生確定です。周囲も「大丈夫?こいつ」的な感じで、話しかけられることもなくなりました。その次に訪れた関門。それはPCのセットアップ。当然全て英語の説明。PCもアメリカ仕様。はい終了。何もわかりません。絶望と孤独。絶体絶命。しかし、開始まだ30分。たぶん、その時、人生で初めての本当の”孤独”というものを感じた瞬間でした。。そもそも言葉がわからず質問すらできない。もう悶々としながらも遅れをとりながら、悪戦苦闘している私を見かねた隣のアジア系のAna(いまでは友達)が様子のおかしい私をみて、手を差し伸べて助けてくれました。(なんと彼女は元々FB社の社員で出戻りであり、かつIT部門の社員だったのです!)そして、私が言葉がわからないことも薄々気づいてくれ、めちゃくちゃ丁寧に手伝ってくれました。

もう本当に人の優しさに触れ、涙が溢れそうになりました。心から感謝の意を伝えたいのですが、なんとここで心からの感謝が伝えられないという言葉の障壁。。ただただ「センキュー ベリーマッチ」の連呼。もう、本当に自分が情けなく、悔しく、非力を心の底から痛感しました。同時にこれまでの慢心とプライドはズタズタ。”言葉の壁はこうも高いものか”と感じた非力な私は、その2日間、ほぼ何もわからないまま「ペラペラ」を呪文のように聞き乗り越えました。(実はまだまだ細かいエピソードはあるのですが、長くなるので割愛します。)日本の学校で学んだ英語がまったく通用しないという現実を感じながら。

こんなスタートを切った私のFacebook社でのスタート。もうとにかく英語をなんとかしないと本当にクビになってしまいます。ということで、私の英語とのつきあいはクビとの闘いでもありました。その中で純日本人の33歳が、ゼロから始めた英語の学習はどういうものだったか?を今後このブログで紹介できればと思います。本日はこの辺で。

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koichi.morioka

英語_語学

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