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いま話題の2022年早稲田大学教育学部入試問題、国語大問1をプロの文筆家兼塾講師が本気出して解いてみた結果

表題の通りの記事である。
本年度の早稲田教育の国語大問1では重田園江『フーコーの風向き-近代国家の系譜学』(青土社、2020年)が使用されたが、著者本人から大学が公表している正解例に対してクレームが入った。以下、その記事。

入試国語選択問題の「正解」について――早稲田大学教育学部の説明責任
https://synodos.jp/opinion/society/27796/

この記事では、著者が大学へ送ったメールに対する返答の雑さなども指摘されているが、それには触れない。別に重田さんに文句を言いたいわけでもない。このnoteでやりたいのは、果たして本当に大学が公表している「正解」は誤っているのかを考えることである。

自分はプロの作家でありライターであり、何よりこの場ではプロの塾講師である。本気出して解けば、受験生とか納得のいかない人とかに何かしら有益なことを言えると思うので、頑張って解いてみた。

結果。
自分の解答:
ホ ハ ニ ホ イ ホ ニ ハ
河合塾・代ゼミの解答:
ホ ハ ニ ホ イ ホ ニ ハ
早稲田大学の解答
問一 イ 問二 ハ 問三 ニ 問四 ホ 問五 イ 問六 ホ 問七 ニ 問八 ハ

河合塾・代ゼミと完全一致してしまった! そして早稲田大学とは問1についての見解が異なるらしい。
これはフーコーや生権力についての予備知識に頼らず、本文と設問から論理的に解答を導き出した結果である。
ではどのような「論理」があるのか、めんどくさいのである程度ラフになるのは許してもらいつつ、確認していこう。

問1について

「傍線部1「個と全体の近代特有の結合」とあるが、どういうことを指しているか。」という設問。
選択肢は、
-----------------------------------------------
イ 国家と個人の利害の結びつきを前提とすること。
ロ 国家が個人も幸福になるように理論を構築すること。
ハ 国家の力を増大させるために個人の幸福を実現すること。
ニ イデオロギーよりも具体的な政策として国家が個人を管理すること。
ホ 国家の力と個人の幸福とが同時に増大または減少するようにすること。
-----------------------------------------------
この傍線部、本文では「こうした個と全体の~」となっている。つまり意図的に傍線部から「こうした」を省いてるわけだ。なぜそんなことするのか?「こうした」の内容がそのまま解答になるので、傍線部に含めると簡単になり過ぎるからだ。
で、「こうした」というのは直前の内容を指すわけだからまずそこを確認する。すると「たとえば」から始まる個人と国家の健康管理の話が書いてある。ここで「たとえば」と言っている以上具体例なので、その大元を突き止める必要がある(そいつが真犯人だ)。
で、「たとえば」の前の段落全体を見てみると、その全体が、近代国家権力の特徴(「全体的かつ個別的」なしかたで働きかける)について語っており、「フーコーが問題としているのは、全体と個の利害を結びつけ、国家の力と個人の幸福とが相関して増大したり減少したりするようなしかたで両者を同時に生み出す、知と権力の枠組みである。」と書いてある。
なんて分かりやすい一文だろう。これでもういけるんちゃうかなと思って選択肢を見てみる。
そうすると、「ホ 国家の力と個人の幸福とが同時に増大または減少するようにすること」とある。
ほぼ完全一致やん。まごうことなき正解である。
つまり問1を解く手順としては、【傍線の前にひっついてる「こうした」に着目⇒「こうした」の直前の内容が「たとえば」の中身なのでさらにその前にさかのぼる⇒「フーコーが問題としているのは」という重要度の高さを示すマーカーのついてる一文がある⇒それが個と全体の結合と幸不幸の話になっている⇒これが正解につながる箇所】ということだ。
選択問題の基本は消去法なので、他の選択肢も確認してみる。全部消せる。
早稲田大学が正解としてるイは「個人と国家の結びつき」とは書かれているが、「こうした」「たとえば」という論理の帰結になっていない。この問題文ならば幸福について触れるのは必須だ。
問1の正解はホである。

問2について


問題文は「傍線部2「社会に固有の「自然性」によって構成される人口という対象の発見あるいは発明が、生政治を可能にしている」とあるが、それはなぜか。」となってる。
なるほど、ここだけ抜き出して読んでもよく分からん(となるはずだ99%の受験生は)。重要なのは、傍線部がある一文の中から切り取られた部分なので、一文全体をまず確認することだ。するとこんな風に書いてる。
「こうした人口という対象、国家を構成する個人の単なる総和には還元しえず、また人工的構成物である「主権国家」とも異なる、風土、住環境の生物学的条件、人々の相互交通など(以下、傍線部につながる)」
また出ました、「こうした」。
ほとんどボーナスワードなので、これが指す内容、つまりは「人口」についての記述を探す。すると少し前にフーコー自身の定義と思われるものが書いてある。一部抜粋すると「人口は特定の出生率、死亡率、年齢構成曲線、年齢分布図、健康状態を有し、また危機に瀕したり発展したりする」と書いてる。もうこのへんでまとめられそうだ。
【人口=個人の単なる総和じゃなくて、いろんなデータを集団とか群れにあてはめるもの、減ったり増えたりするもの】
という感じに簡単にまとめておこう。
で、この「人口」の発見が生政治(冒頭に、生活や生命にかかわるすべてが政治の対象になる旨が示されてる)を可能にしているらしい。それで選択肢を見てみる。
「ハ 生政治とは人間が生きることそれ自体に関する政治なので、単なる個人の集合としての全体の数字ではなく、人間が生きることに関わる様々な側面に即した数値に分けることによって人々をきめ細かく統治できるから。」
微妙に表現を変えてはあるが、【生政治の説明⇒OK 人口の説明⇒データって言い方を「様々な側面に即した数値」としてるだけなのでOK】というわけでこの選択肢に瑕疵はなく、正解としてよさそうだ。念のため他の選択肢も見てみる。
「イ」は生政治が容易に個人のレベルの問題に還元される、と書いてる時点でダメ(本文にそんな記述なし)
「ロ」は生政治の目的が公衆衛生の向上にあったと書いてる時点でダメ(本文に記述なし)
「ニ」は設問に対する解答になってない(人口の発見、てことに触れてすらいない)アサッテの解答なのでダメ。
「ホ」は人々にとって特に重要な公衆衛生、という記述がダメ(書いてない)
そんな感じで答えは明確にハである。

問3について


問題文は「傍線部3「フーコーがいう「人口」に当たるもの」とあるが、それは何か。」で、選択肢が下記。
-----------------------------
イ 政治組織としての国家。
ロ 国家の一部としての地域。
ハ 人々を人口として見た全体。
ニ 特定の集合体としての社会。
ホ 人口学によって見いだされた個人。
----------------------------
大学受験問題になれてる人なら、これがまごうことなきクソ問題であると秒で分かるだろう。私大にはかなりあるんだ、こういうどうやっても正解出せない感じのやつが。
しかしそれでも論理の力を信じるしかない。
とりあえず、さっき確認した人口の定義がそのまま使える選択肢はない。なので傍線部のあととかに答えがないか探してみる。
すると次の段落がまるっとこの傍線部を保管してくれるような内容になっている。重要な文として、
「(略)集合体に固有のレベルである人口という新しい次元がつけ加わる。これ以後、国家統治はこうした意味での集合体、すなわち「社会」を、要素としての個人に分解することなくそれ自体として扱い、社会を調整することを目指すようになる。」
というのがある。これに続く文も重要(「社会および人口」というフレーズがある)なのでそちらも合わせれば、なるほど、設問の解答は見えてくる。
つまりは【人口という新しい次元=こうした意味での集合体=すなわち「社会」】という論理展開なので、(この問題文の中では)人口=社会と考えて問題ない。
ということで真実はいつもひとつ。
「ニ 特定の集合体としての社会。」が正解となる。

問4について


設問は「傍線部4「生政治の展開の中で、ある人口の出生率と死亡率、生殖能力や罹病率などの全体が、「経済や政治の多くの問題と結びつけられ」(フーコー)重視されるようになった」とあるが、それはなぜか。」となってる。
選択肢は以下。
-----------------------------------------------------------
イ 人口を一定に保つためには、出生率と死亡率、生殖能力や罹病率などを規範に合わせなければならないと考えられていたから。
ロ 出生率、死亡率、自殺率、犯罪率こそが社会秩序を不安定にするので、正常性を基準とすることでそれらを一定に保てると考えられていたから。
ハ 国家にとっては人口構成が一定であるのが望ましいので、出生率と死亡率、生殖能力や罹病率が変動しないようにすべきだと考えられていたから。
ニ 国家にとって人口構成は最重要項目なので、その変動要因となる数値をコントロールすることで人口を望ましいレベルに管理できると考えられていたから。
ホ 生政治では、たとえば人口構成を出生率と死亡率、生殖能力や罹病率などの様々な数値を一定の値に保つことで国民を統治しやすくなると考えられていたから。
--------------------------------------------------------------
これ、傍線部直前の文章はまったく別の内容なので、傍線部より後ろに答えを求めてみる。すでに生政治、人口というワードについては理解できているはずなので、「じゃあなんでデータが経済や政治の多くの問題に結びついちゃうの?」という視点で見ていく。
同じ段落には大したこと書いてない。強いて言うなら「統計学、医学、生政治は一連のつながりを有している」という部分くらい。
むしろ問題は次の段落。この段落を要約すると、「正常性こそが大事。いろんなデータが大きく変動すると社会秩序が保たれなくなるから」ということになる。その具体例として、グラフに大きい変動があった場合「その上昇を抑える施策が必要かどうかが、政治的・経済的目標との関連で検討される。」という文章が出てくる。これで設問につながったわけだ。
ざっくり言えば傍線部は「生政治やる中で、人口に基づいたデータがめっちゃ重要になったよ。それはデータの変動をチェックすることで社会の状態を確認できるからさ!」ということになる。じゃあ選択肢を見てみよう。
イは答えになってないというか、政治や経済につながる話になってないから論外。
ロはデータをとることで社会が不安定になると言ってるようなものなので、もはや逆。ぜんぜんダメ。
ハは割とよさそう、保留(※受験での選択問題では、消去法使いながら保留すること大事
ニは「変動要因となる数値をコントロール」がだめ。それをコントロールできれば理想だけど、実際に可能とはどこにも書いてない。「国家にとって人口構成は最重要項目」とかも怪しい(問題文でそこまで言ってないはず、見落としてたらすいません)
ハはどう見ても理想の解答。保留。
というわけで保留したハとホを検討。
ホは生政治の目的も本文で語られてるし、その上で検討してきた内容も盛り込まれてるから文句なし。で、あらためてハを見てみると、「変動しないようにすべき」は言い過ぎだと気付いた。変動するのは分かってて、その上でどういう施策をとるか検討しようぜという話なので前提がおかしい。なので正解はホで決まる。

問5について


ほぼ省略、簡単すぎる。
「規範が現にある社会に内在化されるとともに、個人の正常性からの逸脱の度合いが数値によって測定され、それにしたがって分類、階級づけされるようになる」っていう本文を受けて、「人々が平均的であることがもっとも優れた状態だと信じることで、様々な▭を生む。」の▭に入らない言葉を選べみたいな。
選択肢としてあるのは【個性、差別、序列、優劣、落差】の5つ。こんなの個性だけがプラスで残りの4つがマイナスのニュアンスなんだから個性しかないだろって感じだ(本当はもうちょい繊細に解いたけどめんどい)。
何も迷うことなく、イの個性が不適切だと分かる。

問6について


設問は「傍線部6「「外部のない秩序」を可能にする」とはどういうことか。その説明として最も適切なものを次の中から一つ選び、解答欄にマークせよ。」。
これも超簡単。傍線部の直前の文章が「個人はその人が属する社会のどこかに必ず位置を占める。したがって、規範の社会への内在化と数値による計測は、どんな逸脱をも数字に還元して把握できるようにする。」となっている。
ざっくり言えば、「おまえがどんだけヤバいやつだろうと、おれたちがデータ化するから社会の外に追い出されることはないぜ、いやむしろ社会の外部とかもはやないんだぜ!!」ということだ。
それに適した選択肢をえらぶだけ。
「ホ 平均値からずれた人をも特定の価値観によって社会に位置づけてしまうこと」。
完璧に一致する感じだ。
正解はホ。

問7について


問題は、
傍線部7「社会統計学が当初から遺伝学や優生学と結びつき、生物としてみた人間の正常/異常の分類への関心を併せ持っていたのは決して偶然ではない」とあるが、なぜ「偶然ではない」と言えるのか。その理由として最も適切なものを次の中から一つ選び、解答欄にマークせよ。
選択肢は、
-------------------------------------
イ 社会統計学は、個人を平均的な数値に当てはめようとするから。
ロ 社会統計学が、社会の秩序は生物としての人間の優劣によって保たれると信じていたから。
ハ 社会統計学は、国家が政治的・経済的最大値を達成するために個人を利用することが目的だから。
ニ 社会統計学が、人口の発見だけではなく、平均的な人間をつくるという問題意識と結びついていたから。
ホ 社会統計学が、16-17世紀のさまざまな化学を総合して人間の額としての地位を築こうとしていたから。
----------------------------------------
これも割と簡単。難しい問題が前半に集中してた印象
傍線部のあとに語られてるのは、「正常と異常って区別はめっちゃいろんな分野にまたがってる!」ってこと。医学や犯罪学や遺伝学やる上でも正常/異常の区分は重要だったわけですね。この尺度を使って、「個々人の位置を定めるという共通性を持っている」と書かれている。
だからこそ「偶然ではない」結びつきが生まれたわけです。
じゃあその選択肢をえらべばいい。
こんなのは一撃でニです。
ニにある「平均的な人間をつくる」を「正常な人間をつくる」に読み替えればいい。
イは単なる読み間違いの選択肢。ロは本文に書いてない。ハも書いてない。ホは問題作成者だいじょうぶかなと思うくらいずれてる。
迷うことなくニが正解でOK。

問8について


超簡単、ボーナス問題。なのでざっくり。
「人口を調査するときに、肌の色、性別、年齢等、人間をその▭によって分類することが多い。これは差別の誘因となる可能性がある。」の▭に当てはまる単語を選ぶだけ。
選択肢は【経歴、出自、属性、平均、本質】。
このうち差別を誘引し、かつ「肌の色、性別、年齢」を含むものは属性しかない(一般用語としては)。
なので正解は「ハ」の属性。

解いてみての感想

クソ問題に対していささか強引にならざるを得ない部分があったにせよ、8問すべて論理的に解答できるというのが自分の結論である。けど、実際には大学の解答と1問ずれた。
もちろん、著書やフーコーに対する予備知識を含めて解答すればいろいろ納得いかないことも出てくるだろうが、受験問題はあくまで受験問題。テクスト論的に、差し出された文章をそのまま論理的に読めば正解できるというのが自分の信条だ。
こんな風にすれば解けるとか、件の記事読んでのもやもやが消えたとか、そんな風に役に立ってれば嬉しいです。お疲れ様でした。

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