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今宵も半月です。 #2020クリスマスアドベントカレンダーをつくろう

「クリスマスとうんのつき」

 この会社に就職が決まった、大学四年生の冬のこと。苦労して貯めたお金で、念願のヨーロッパへの一人旅に行きました。三十年も前の話です。忘れもしない、平成二年十二月九日。僕は運命の人と出逢いました。

 イタリアから入国し、スイス、ドイツを電車で周遊し、ベルギーの首都、ブリュッセルへ。緻密な装飾が施された建物が取り囲むグラン・プラスにたどり着くと、クリスマス・マーケットが開催されていました。ぐっと緯度が上がり、寒さも厳しい。まだ午後三時頃なのに、空は茜色。小さな半月が青白く光っていました。だけど、クリスマスの色合いというのは不思議なもので、心の温度を少しだけ上げてくれました。

 なけなしのコインを屋台の親父に渡し、ホットチョコレートを買いました。

 「うー、寒い寒い。」

 ポプラの木の下に置かれている椅子に腰を掛けると、生暖かいものが脳天に落ちてきました。すぐに、事態を飲み込みました。鳥の糞でしょう。その証拠に、木の上で「クルッポー」と聞こえてきます。ホットチョコレートを片手に持ったまま、僕はガチリと固まってしまいました。

 「きゃあ!大変!!」

 近くにいた、日本からのツアー旅行に参加していた女の子が、僕の様子に気付き駆け寄って来てくれました。僕より慌てた様子の彼女は、ハンカチで髪の毛を拭いてくれました。綺麗なハンカチが汚れたことを申し訳なく思いつつ、真剣な横顔についつい見とれてしまいました。

 礼を言い、何か侘びさせてほしいと言うと、

「じゃあ、あのメリーゴーランドに一緒に乗りましょう。」

 と、無邪気な笑顔で、光溢れる広場の真ん中でも、一際燦然と輝くそれを指さして言うのです。子どもの乗り物だと思っていたので、大変気恥ずかしく感じましたが、背に腹は変えられません。意を決してそれに従いました。

 しかし、いざ木の馬に跨ってみると、とても素晴らしいものでした。キラキラ、グルグル。異国の空気が鼻腔をくすぐりました。隣の木馬に跨った彼女があんまりにも無邪気で楽しそうな横顔を見せるから、子どもの頃のような懐かしい高揚も込み上げてきました。先ほどの真剣な横顔とは大違いです。今までに味わったどんな百八十秒間よりも、きっとしあわせでした。木馬から降りて、気づくと僕は彼女にこう口走っていました。

 「また会いたいです。あなたに。付き合ってください。」

 会ったばかりなのに、向こう水で自分勝手で、短絡的だな、と、すぐに恥ずかしくなりました。しかし、この先のしあわせを彼女の横顔越しに見たいと思ったのです。日もどっぷり暮れ、小さな青白い半月は荘厳で大きな黄金に色を変えていました。彼女の返事は、「うん。」でした。そして、数年後、サンタクロースは僕の妻となりました。

 あの日から、しあわせだけでなく、ドロドロも、グラグラもたくさん見ることになりました。こんなはずでは、と思ったこともあります。それはきっと妻も。僕たちの娘はもうすぐ社会人になり、この家を出て行きます。果てしのない二人の生活が始まります。少し怖く思います。出逢った頃に比べると、彼女の笑顔が見れる日は少なくなりました。怒った顔、ムウっとした顔ばかりを見ている気もします。それはきっと僕も。だけど、あの日から、僕は妻からプレゼントをもらってばかりいます。

 半月の美しいブリュッセルでの出逢いから、じきに三十年。二人の年齢を足すと、百を越しました。人生は煮物とは違い、一度冷えてから味が染み込むものだ…などと思うのは傲慢な気がしますが、どうにかして今度は僕が彼女のサンタクロースになれないか。そう、思うのです。メリークリスマス。

  関西第二営業所 総務課 課長 柊木 誠人
 


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 「みのり。ちょっとこれを……。」

 母が入浴するや否や、父が何やら神妙な顔をして、茶封筒に入った冊子をガサッと手渡してきた。顎でクイッと開封を促される。何よ、と、むかっとしながら開ける。父親が勤めている会社の社内報のようだ。

 「何これ。」

 「最後から二ページ目を見て。」

 初めて見る、父親の文章。くすぐったくなるような、若い二人のお話。父は恥ずかしそうに新聞で顔を隠しているけれど、耳まで真っ赤だ。へえ。二人の馴れ初め、こんな感じだったのか。運の月と、ウンの付きを掛けたつもりかな。気恥ずかしくなる。って、ちょっと!何気に私が出てくるやん。出演料を取ろうかな。

 「お父さんの文章なんやあ。いいんちゃう。これどうしたん。」

 「社内報に載る公募エッセイやねんけどな…書いたら載ってしもてんや……。」

「ふうん。良かったなあ。そんなん書いてたん、知らんかったわあ。」

 尚も恥ずかしそうに俯く父親の頭部は、うっすらと淡いオレンジ色の皮膚が覗く。そういえば、まじまじと父親の様相を見るのは久しぶりのことだ。こんなに小さな人やったやろか。この肩や背中に乗ってはしゃいでいた私が大きくなったんやろか。お腹だけは、満月みたいに丸い。

 「これは、お母さんに読んでもらうべきなんちゃうの。」

 「せやなあ、読んでもらいたいなあ。」

 「いいやん。きっとお母さんも喜ぶよ。」

 「………みのり、それな、お父さんがいない時に、母さんに渡しておいてくれないか?」

 「えーっ?なんで?自分で渡したほうがいいよ。」

 「見たやろ、さっき。また怒らせてしもた。こんなん渡したら火に油や。」

 「うーん...あれはお父さんが悪いけどさあ。」

 先ほど我が父は、母のスマホをうっかりテーブルから落として、画面をバキバキにした。慌てて拾おうとしたところ、背後の物入れにお尻をぶつけて、花瓶を倒して割った。さらにその花瓶の水で、近くに置いていた母のお気に入りの財布をびしょ濡れにした経緯がある。

 「頼むわ。お年玉はずむで。後生や。読んではもらいたいねん。」

 「なにそれ〜。読まれたいのに、読んでるのを見るのがはずかしいってこと〜?お父さんの気持ち、すごくこもってるのを感じるよ。お母さんがお風呂から上がってきたら、見せようや。きっと喜ぶよ。」

 「いやや、出来ん。お父さんがいない時に渡しておいてくれ。」

 「うーん……じゃあお父さんが仕事に行ってる時にサラッと見せとくわ。それでいい?」

 「できれば、十二月九日に読ませて、かつ、できれば母さんの反応もすぐにLINEで連絡をくれへんか。お父さん、その日は出張に行って夜は遅く帰ることにするから、出来れば明るい時間帯のうちに、サラッと、何気なく読ませて…」

 んもう。

 「注文が多いな!!!!!!」

    🎄     🎄     🎄

 今日は十二月九日。何でもない普通の日だけれど、私はサンタクロースになる。パートから帰ってきた母に、とっておきのカフェオレと手作りのチョコチップクッキーを添えて、父の文章をプレゼントする。女子大生サンタクロースになるよ。
 喧嘩ばかりする二人、母の愚痴受けミット役も、そろそろ卒業だからね。仲良くしてね。


 あとね、お父さん。きっと、悪いようにはならないと思うよ。これ、ただの娘の勘やけどね。二人が出会った物語、教えてくれてありがとう。

🎄 <めりーーーくりすまーーーす!!!

百瀬七海さんが主催されている、クリスマスアドベントカレンダー2020に参加させていただきました!
お読みいただきありがとうございます。
そして、快くお招きくださった百瀬七海さん、企画に携わってくださっている皆様、素敵な機会をありがとうございます。
素晴らしい作品たちが日々発表される中、時間をかけて作品をあたためて発表に控えるのは、楽しくもあり、いつも以上にドキドキすることでした。
素敵な機会を共にできて、とても嬉しいです。

いやあ、クリスマスに、恋愛、夫婦、親子、方言と色々盛り込んじゃった!
ちょっとだけ、クスッとしてもらえたらいいな。
寒さが厳しくなってまいりましたが、お腹あっためて、心もあっためていきましょうね。
ありがとうございました🎅💝

最後になりましたが、まだまだ↑↑↑素敵な作品がクリスマス当日まで、毎日発表され続けます!

一緒にみんなでたのしみましょう☺️💓

いただいたサポートで船に乗ります。