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煽り運転に対する国民の処罰感情を考えよう

 煽り運転で何ら罪のない家族全員を死傷させた犯罪者が、18年の実刑を言い渡した裁判官に「お前ら裁判官待っておれよ」と毒づいた。反省の色が見えないとネット空間では大ヒンシュクだが、政府のお偉方や国会の先生たちに届いているのか。
 紹介するのは京都新聞の社説。危険運転罪の適用基準があいまいで、罪刑法定主義が「被告の有利に」の観点から厳格運用される民主主義国日本では、悪質煽り運転してもなかなか重い罪に問いにくい。そこで政府法務省が有識者などを集めて自動車運転処罰法の改正も視野に研究するのだという。
 社説の論旨(ゴチック体部分)をつないでみよう。
①悪質な自動車運転による死傷事故を防止したい。
②危険運転が「故意」の場合の法定刑上限は既に引き上げられている。
③ただし厳罰を科せばそれだけで危険運転が減るものではない。
 なんだか納得しがたいものがある。

①のそのとおり。そもそも車は走る凶器。こんなものがなければ危険運転もあり得ないのだが、全廃したら社会経済が回らない。そこで運転者には安全運転技術と意識を試験で確認している。これが運転免許証。
②適性がない者には運転免許を与えず、あるいは取り上げるが、それが間になわず、危険運転をする者がいる。失われた命は帰ってこないが、せめて悪質者には処罰で被害者や国民感情との釣り合いを取る。その一環として、超悪質事例の刑を引き上げた。
③だが自動車事故の場合、どうしても駐停車違反やスピード違反の意識があるから当事者も周辺も刑法犯と違って行為や罪への忌避感覚が低い。

さてどうするか。端的に言えば自動車運転処罰法(正式名称は「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」)の本質に立ち戻ることだ。この法律は刑法の特別法。該当事例では刑法に優先して適用される。刑法のみでは正しく処罰できないので別報で応報するということだ。例えば不注意で人を死亡させた場合、刑法(210条)では過失致死でわずか「50万円の罰金」が最高刑だ。これでおかしいというので特別法(5条)で「7年以下の懲役」になっている。
 では故意で死なせた場合はどうか。刑法(199条)では「死刑、無期もしくは5年以上の懲役」なのに、特別法(2条)では「1年以上の懲役」でしかない。あおり運転は実態は、最近は車載カメラで自動撮影されており、ネットやテレビでも放映されている。見るたびに背筋が凍る。運転者の心理状態がどうであれ、客観的には「未必の故意」を認定してかまわない状況に見える。つまり死亡者が出れば形式的には刑法の殺人罪に該当する。ところが処罰の適用条項は運転気健在だ。その結果、包丁や銃を使っての殺人より罪が軽くなる。納得性がない。
 即座にすべきことは、あおり運転者には刑法適用することにするか(そうすれば死刑判決も出得る)、そうでなければ特別法の法定刑を刑法より重くすることだろう(例えば「死刑または無期懲役」)。
 何年もかけてああでもない、こうでもないと議論している間にも、冒頭で紹介した有罪者が刑期を終えて再犯に及ぶことになりかねない。日本では罪の遡及適用をしないのだから対応の迅速性が求められる。

社説:危険運転罪 悪質さの線引き明確に

2024/02/28
 悪質な自動車運転による死傷事故の歯止めにつなげたい。
 法務省は、危険運転致死傷罪の要件見直しに向け、有識者による検討会を設けて議論を始めた。
 法定速度を大幅に超過する高速走行でも、条文が抽象的なために適用されないケースがあり、問題になってきた。
 検討会には学者や法曹関係者に加え、被害者の遺族も加わり、政府は自動車運転処罰法の改正も視野に入れるとしている。
 理不尽な事故の犠牲を繰り返さないため、単に「過失」と認められない悪質行為への適用をどう広げるか、より明確な基準が求められよう。
 危険運転致死傷罪は、女児2人が死亡した飲酒運転事故の遺族らの署名活動を契機に、2001年に創設された。
 悪質運転による死傷事故の場合、「故意犯」として法定刑の上限を懲役20年とし、過失運転致死傷罪の懲役7年より重くした。
 ただ、要件があいまいで、認定のハードルが高いと批判が強い。
 高速運転に関しては「進行の制御が困難な高速度」を要件としている。車両の性能や道路の状況を含め、制御困難の立証が求められ、直線道路を車線に沿って走っていれば該当しにくいとされる。
 津市で18年、法定速度60キロの道路を時速146キロで走行した車の死亡事故で、裁判所は危険運転罪の成立を否定し、過失罪にとどめた。だが、制限速度の2倍を超える加速が「単なるうっかりなのか」との遺族の疑義はもっともだ。
 また、信号無視による事故の要件は「殊更に無視」、飲酒運転では「正常な運転が困難な状態」を認定する難しさが壁になっているという。線引きの明確化や数値基準を具体的に議論すべきだろう。
悪質運転の規制を巡っては、12年に亀岡市の児童ら10人が死傷した事故で、無免許運転の少年らに危険運転致死傷罪が適用されず、大きな問いを投げかけた。遺族らの求めが自動車運転処罰法の制定につながり、無免許の事故に最高で懲役15年が科されるようになった。
 その後も、あおり運転など危険運転による重大事故が起きるたび規制強化と厳罰化が進んできた。
 検討会では、スマートフォンの操作など「ながら運転」を重く処罰するかも論点という。
 厳刑を科せば一挙に解決するわけではない。人命を奪いうるドライバーの責任の重さと安全教育・マナーを社会全体で問い直し、広く共有していく必要があろう。

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