好きという感情について

もう夏も終わるので、とある女性のとある恋の話でもしようかと思う。なぜそんな話を纏めようと思ったのかというと、年齢を重ねるごとに好きという感情がよく分からなくなってきてるからだ。

家族愛や友情は一旦は置いて、恋愛の好きという感情だけに着目しても、その感情は人それぞれで定義をすることは難しい。肩書きや見た目で選別して好きになる人。ゆっくり性格を確かめて好きになる人。友達の延長線で好きになる人。理解者に依存して好きになる人。自分をよく見せるためのファッションとして好きになる人。どの感情も正解不正解はなく、その人にとっての好きという立派な感情なのだ。

とある女性の場合、フィーリングで恋に落ちる人だった。会話して数秒後には本能的に惹かれていて、見た目がタイプとかじゃなくても、「あ、この人好きだ」と全身で感じ取ってしまう。相手の性格がどんなに良くてもフィーリングを感じなければ一生好きになることはなく、逆にフィーリングを感じた相手であればどんなに性格が悪くても好きという気持ちが冷めない。そんな恋の仕方をしていた。

今から話す恋の話も、フィーリングで恋に落ちたことは変わらない。ただ、他の恋愛と違うところがいくつかあって、そんな感情に触れながら話を進めていきたいと思う。


当時の彼女は、進学校の雰囲気に馴染めず、高校には行ったり行かなかったりで、勉強もほとんどせず、中学時代の嫌な記憶を思い出しては苦しむなど、とにかく自堕落な生活を送っていた。同じ高校の同級生と試しに付き合ってはみたが、全然気持ちが盛り上がらないまま数ヶ月で別れた。

〝その人〟は別の高校の人だった。高校に行く時に途中まで同じ電車に乗っている人で、乗車する駅、つまり家の最寄り駅が同じだった。仲良くなったきっかけは彼女の友達と彼が同じ中学出身で、その繋がりで、だった。流れでメアドを交換して、ホームでお互いの姿を見つけては「おう」と挨拶して、たまに彼の仲良しグループと一緒に電車に乗ることもあった。彼の見た目は別にタイプではなかったし、どんな人かもよく知らなかったけど、最初に言葉を交した時から「なんかいいな」とは思っていた。当時の彼女は男という生き物に馴れていなかったので、自分から彼に話しかけることがなかなかできなかったのだが、話しかけてもらえるように彼が気付きやすい位置で電車を待ち、ホームで話しかけてもらえなかったら車内で話しかけてもらえるように座る位置も調整して、願い叶って「おう、いたんだ」と気付いてもらえた時は高揚感に包まれた。帰りの電車も彼と同じになるようにわざと遅らせて、彼が乗っていない時は気分が沈んだ。

彼女は完全に脳内お花畑になっていて、彼も私のことを意識しているのではないかと感じ始めた。みんなで集まっている時に、彼女が別の男の子と話し始めると彼は別の人との話を中断して彼女の話に交じった。電車では他に女の子がいても毎回彼女の隣に座った。メールもたくさんするようになったが、彼女が返さなくても毎日挨拶を送ってきた。私のこと好きなのかな?という気持ちが、さらに感情を掻き立てた。いつも彼の姿を探し、彼の言動で一喜一憂して、同じ色の靴を履いてるとかそんなちょっとした共通点がただひたすらに嬉しかった。紛れもなく恋をしていた。

だけど、彼には中学の時からずっと付き合っている人がいた。それは最初から分かっていて、それでも好きで、彼も自分が好きなんじゃないかと、馬鹿みたいなことを思っていた。そのうちに彼はどんどん特別な存在になり、気持ちが大きくなっていった。

大学受験の直前だった。「別れた」と連絡がきた。そっか恋人と別れたのかと嬉しさを噛み締めながらも、とても冷たい返事をしてしまった。彼女は全く受験勉強をしていなかったこと、唯一得意だった国語のセンター試験がボロボロだったこと、自分が高校の進学率100%の記録を途絶えさせるかもしれないことなどで頭がいっぱいで、彼のメールは返せないことが多かった。が、彼女が無視をキメているにも関わらず彼はたくさんメールを送ってきた。もはや名ばかりの第一志望の受験日もちゃんと覚えていて応援メッセージをくれた。なんとかひと段落して、彼と久々に会って、彼はやっぱり私のことが好きなのかな、別れたってことは私と付き合うのかな、など思っていた矢先、彼に新たな恋人ができた。訳は分からなかったけど、怒りとか憎しみとかそういう気持ちは不思議と抱かなかった。私がメールの返事をしなくてもずっと応援してくれた彼。他の人が聞いたら気持ち悪いと言うような話も引かずに聞いてくれる彼。この特別な存在と一緒にいられるなら別に付き合えなくても良かった。付き合いたいって気持ちはそこまで強くなかった。彼が彼の好きな人といられるなら私は良かった。

そんなこんなで彼女は大学に入ってもずっと彼のことが好きだったんだけど、これ以上話をしても長くなりそうなので一旦区切って、彼女の彼への感情を言語化していこうと思う。

まず彼女の最近の恋愛の特徴として、嫉妬深くて独占欲が強くて自分と同じ気持ちを相手に押し付けるところがある。私はこんなに一途なのにあなたはどうして他の女の子と遊ぶの?私はこんなにあなたのことが好きなのにどうして応えてくれないの?という、自分勝手な気持ちを押し付けて感情を高ぶらせてしまう。振られた時には「思わせ振りな言動に騙された自分」「色々なことを我慢して一緒にいた時間が無駄だったこと」などからくる悔しさや惨めさで落ち込むことが多かった。ただ、彼に対してはそういう感情は一切なかった。いや一切というのはさすがに嘘だけど、彼も私と同じくらい私のことを好きになれとか、私だけを大事にしろとか、そういう気持ちは抱かなかった。ある意味では余裕のある感情で、彼が他の女の子とあれこれしたと聞いても激しい嫉妬はしなかった。私と一緒にいてくれるなら別になんでもいいかな、彼が楽しければいいかな、という気持ちに近かった。むしろ自分なんかと付き合わないほうが彼は幸せになれると確信していた。だから彼の前で感情を取り乱したこともなかった。

また、彼と会えている時間は確かに幸せだったけど、彼と会えなくなることに対する恐怖はそんなになかった。なんなら恋人がいるからもう会わないほうがいいだろうと、こちらから連絡を切ったことも何度もあった(結局色々あって最近まで連絡を取り続けていたのだけど)。これも他の恋愛と違う。他の恋愛はその時の好きな人と会えなくなる恐怖で理性が効かなくなってしまう、でも時間が経てば大抵はどうでもよくなる。そう思うと彼は逆かもしれない、離れる時はすんなり離れられるけど、後になってふと彼を思い出す。

あと、これは単純に彼女がウブだった頃に出会ったからかもしれないが、彼には一度も「好き」という気持ちを伝えたことはなかった。冗談でも言わなかった。いつもなら大抵は好きになった人に軽率に好き好き言ってしまうのだが、なぜか彼には最後まで言わなかった。好きという言葉によって、彼との距離ができるのが怖かった。

こうやって纏めてみると、他の恋愛に比べると彼への恋心には「自分本位」な要素が弱かったような気がする。自分の寂しさや自尊心を満たしたいという気持ちより、どうか彼を幸せにしてくださいという気持ちが強かった。それはなぜか考えてみると、関係してくるのは彼との「時間」ではないかと思う。毎朝駅のホームで彼を探していたあの時間。私のこと好きなのかな?と毎日ドキドキしていたあの時間。親身に相談に乗ってくれた時間。うまく言えないけど、他の恋愛がフィーリングによってハイスピードで盛り上がるのに対して、彼への恋心は特別な時間たちによって紡がれていたように思う。いうなればたくさんの小さな高揚感の集大成という感じだ。また、彼が自分に与えてくれた感情に感謝もしている。だから彼のことがとても愛おしく、幸せになって欲しかったのだ。

これがとある女性のとある恋の話だ。彼に対する未練は少しもないけど、でもあの感情が恋しいと常日頃思っている。

もう無理かもしれない。今さらそういう恋はできないのかもしれない。感情じゃなくて理性で人を好きになるべきなのかもしれない。分かってる。

それでも、彼女はずっと、あの頃の感情を探している。




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