ドゥニ・ヴィルヌーヴ『メッセージ』その他についてのメモ

(Netflixで『デューン』を観たので、以前Facebookに書いたヴィルヌーヴについての短いノートをこちらにも転送します)

作風が一作ごとにかなり異なるがヴィルヌーヴの作品には次のようなモチーフがあるように思える。「こちら」(人間)と「あちら」(非人間)の交錯と切り返しがあり、そして「あちら」の浸食と雑じり合いによって「こちら」に内的革命が生じる(かもしれない)ということ。

たとえば『ボーダーライン』は、米国とメキシコの国境線のみならず、敵味方や善悪や真偽のボーダーが溶解していく世界の中でいかになお大義を持ちうるのか、そのことをアクションやスペクタクルを排した乾ききった眼差しで見つめていく。こうした『ボーダーライン』の陰惨な認識――国境線の内外をフラット化してしまう、上空からのドライだがどこか不気味な垂直的ショットがその世界観を象徴しているーーの延長上に『メッセージ』が撮られたということは重要ではないか。

とにかく見ろ、この現実を見ろ、翻弄され失語しながらもすべてを見ろ。「こちら」はまもなく「あちら」になるのだから。現代都市の鬱屈した日々(息苦しいクローズ)も、国境線近くの紛争的な現実も、人類と宇宙人のファーストコンタクトも、全てがSFとして撮られているかにみえる。ただしそれはリアリズム/SFという対立を斜めに超える。つまり、人間の眼差し(自分、米国、人類)と他者の眼差し(複製、メキシコ、異性人)が交錯していく場所にあらためて、あたかも既知の地球に対するファーストコンタクトのような出会い直しが生じ、既知の地球的光景が完全に未知のものとして再経験されるのだ。

『メッセージ』は、他者との理性的コミュニケーションや平和外交を続ければいつかわかりあえる、という映画ではないだろう。他者の言葉は、記号や象徴ではなく、解読不能な暗号でしかありえない。ならば、解けるかどうか決定不能な暗号としての他者の言葉に対峙し続けろ、翻訳し続けることによって自己と他者のあり方が同時に変わっていくかもしれない、人間は人間以外のものになっていくのかもしれない、これはそうした非人間的なメッセージを告げる映画ではなかったか。

実際に、そこでは、理不尽に死んでいく他者、愛する他者の未来を変えることはできない。ただ、変えようのない理不尽な不幸に対する精神の態度を根本的に変えることができるだけだ。人間的な感傷の先に、ノンヒューマンな時間感覚を手に入れることができるだけである。

そして『メッセージ』では、異星人はメタ映画的な他者であり、映画的なスクリーンの中に存在する。人類にとっての映画という暗号そのもののように。それならば、映画という非人間=異星人と共に我々の精神のボーダーを書き変えていくとはどういうことなのか。

たとえばノーランの『インターステラー』は、人間的合理性の建築物の究極のような作品であり、宇宙の隅々まで、時間の果てまで、どこへ行っても宇宙人も神もいず、かといって無や空虚があるわけでもなく、人間は人間の凡庸な理性によってすべてを把握し自分たちを救済しうる、宇宙は人間的理性の建築物によって自己完結しうる、という強固な意志によって貫かれている。これは「他者のわからなさにつまずき、とどまり、他者の謎めいた言葉を翻訳し続けない限り、人間には未来はない」という『メッセージ』とは正反対の考え方である。

ヴィルヌーヴは、「人間の中から出てくる非人間的なもの」(ポストヒューマン)にフェティッシュがあるのだろう。『複製された男』の複製人間にせよ、『ブレードランナー2049』のレプリカントにせよ。『ボーダーライン』の「メキシコ人」も非人間的人間のように描かれている(その点は危うい面がありつつ、決して米国中心的な世界観ではない)。

『ブレードランナー2049』は、ポストヒューマン革命その前夜の「消えゆく媒介者」の悲哀の物語である。リドリー・スコット版の多国籍的で退廃的で猥雑なエネルギーに満ちた未来都市のヴィジョンを、無人工場やスラムや廃墟の陰鬱なディストピアへと反転させること。前作『メッセージ』で突き抜けてしまった超越的な感覚を再び、アメリカ/メキシコの「壁」を描く『ボーダーライン』的な陰惨な現実性に引き戻したかったのかもしれない。しかしやはりモチーフが色々と中途半端であり、監督ですら収拾をつけられず、やむなく「非人間であるがゆえに人間以上に人間性=本当らしさに憧れる非人間の悲しみ」や「血縁家族のメロドラマ」に焦点をしぼるしかなかったのではないか。ヴィルヌーヴにしてはあまりに「人間的」すぎてしまったような気がする。(その点ではかえって、主人公の恋人(?)の大量製品的なAI&VRカノジョの女性(ジョイ)の身体性や知性のあり方に斬新な非人間ポテンシャルがあったような気もする。)

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