フランスエコシステム(3)フランス撤退から考察する進出

1.目的
読者は、以上のタイトルを見て「撤退をするつもりであれば進出をしなければよい」と混乱をするかもしれない。しかし、日本企業が海外進出をすることが稀でなくなった昨今において、国内外のマーケット撤退は経営の肝になっている事実も看過できない。社長が旗振りをして進出したのだから引くに引けないというのでは、徒に損失が増大するだけである。始まりがある以上、終わりもあるのが現実である。次のマーケットにチャンスがあるのであれば、撤退による評判の問題をケアした上で撤退し再起をはかることが合理的な意思決定といえる。意思決定をしないままではリピュテーションの問題をケアできずに破産まで至ることになる。それによって、周囲の者に迷惑をかけ、経営者も民事・刑事上のリスクを背負うことになる。以下は、投資を促進し経営を維持させることばかりに目に行きがちな現地の専門家では説明しきれない部分について補足的に説明することで、投資家は最悪の事態を踏まえた上で投資の判断をすることができるようにする目的で記載するものである。

2.撤退の手法
撤退には、大まかに分類すると(1)解散・清算、(2)破産・清算、(3)出資持分の譲渡がある。(2)破産・清算の手法は以下に記載する通りリピュテーションの関係からすると問題外であるが、投資家にとって見れば誘惑に駆られる決断である。そこで、(2)破産・清算については経営者に及ぼす法的なリスクを検討し、かつ、投資家に最悪の事態を想定していただくため、念の為記載する。(1)解散・清算と(3)出資持分の譲渡であると、(3)出資持分の譲渡の方が簡易であり、かつ、望ましい。しかし、(3)出資持分の譲渡の手法は譲渡先が受けてくれるか否かに関連するので、必ずしも成功するとは言えない。よって、進出をする際に、(1)解散・清算や(2)破産・清算のリスクを検討することが有用である。

3.最低純資産閾値に達した場合の対応について
 日本には存在しない制度として、純資産が目減りして資本の2分の1(以下、「最低純資産閾値」)になってしまったときにフランスでは株主総会を開催し解散を決定するか、事業継続するかを決定する義務がある(商法典225−248条)。その決定は新聞、商業裁判所及び商業登記所の3つの公告をする必要がある。これらの手続を懈怠した場合、経営者は法律上の責任を負うことになる。
 経営者の他、会計監査人も警告義務を負うことになる。なお、ここで会計監査人の資格として公認会計士の資格が必要であること付記する。また、その他の利害関係人も解散の請求をすることができる。
 株主総会は必ず解散を決定しなければならないというものでなく、事業継続を決定することも可能である。その場合、2会計年度までにまで最低純資産閾値まで回復する必要がある。最低純資産閾値への回復をするため、事業収益を改善すること、増資、銀行や親会社等主要な債権者が債務免除すること、資本金の減額をすること等が考えられる。

4.会計監査人(Commissaire aux comptes)との協働の必要性
(1)会計監査人とは、職業名簿に登録されている自然人ないし法人で、株主に委任さえた形で経営者が作成した会計を常任の機関としてチェックしたり、真正性及び適法性を認証したり、株主に与えられる会計上の情報を確認したり、報告を株主総会などの主要な機会に提出したりする。さらに、会社の文書が事業結果、決算、会社財産を反映していることを確認すること、会社の存続を危殆にさらす事実を認識した際通知手続を行うことなどが職務内容とされている 。
株式会社では、会計監査人が必要的機関とされている(同法225−218条) 。
会計監査人は、Compagnie Nationale des Commissaires aux Comptes (https://www.cncc.fr/)に所属する。その統括機関は、Haut Conseil du Commissariat aux Comptes(http://www.h3c.org/accueil.htm)である。
会計監査人は、6会計年度の任期があり、更新可能である。
(2)海外子会社は、言語の違い、文化の違い、物理的な距離と時差、人事の硬直化、人員・予算の不足、内部通報を含むモニタリング機能の不全、人材育成の難しさなどから、国内子会社管理よりも難しい。その際に、会計監査人は独立性が担保されているので、比較的信用しやすい。以下の危険が発生しないかについて会計監査人に連絡するということも一考に価する。

5.破産における危険性
取締役は日常的に経営について責任を負い、最低限に1年に1回株主総会で報告しなければならない。議事録等を適正に備えおく必要もある。適正な処理をしない場合、刑罰に服する場合もあるので注意を要する。
支払停止に直面した場合、会社は一定期間内に更生及び破産手続に進む必要がある。遅い申立は取締役等の責任となる可能性がある。更生が見込めない場合、清算手続に進むことになる。
(1)民事上の責任
取締役が過失行為を行い且つ状況を改善する努力を怠った場合、取締役は会社の損害について責任を負うことになる。取締役は会社ないし株主による請求に基づき損害の補填について責任追及される。一定の場合、第三者も補償を請求できることになっている。取締役は未払いの税金についても責任を負う可能性がある。
破産手続上、裁判所は会社の債務を増大させ破産させたことに対して過失のある取締役に責任を負わせることが出来る(取締役債務填補責任)。同行為は、自らの利益のためにされたものでない場合も同様である。
例えば、財務上深刻な状況であるにもかかわらず経営を続けたこと、債務を加重に負わせたこと、過重なリスクをとる行為をしたこと、適正な会計の記録をしていないこと、株主総会を開催していないこと等があげられる。
取締役が重大な非行をした場合、裁判所は取締役に他の会社の経営をすることを禁止することもできる。
(2)刑事上の責任
財務諸表等について虚偽の記載をしたこと、会社資産を悪用したこと、権限等を濫用したこと、財務諸表等を提出していないこと等は刑事上の責任を負う事項である。破産手続が開始されると、商法典に記載されている非行を行った取締役は訴追される可能性がある。
(3)親会社の責任及び親会社の取締役の責任
さらに、会社財産が親会社等と混同しうる状況に該当する場合や親会社等の取締役が実際には破産会社を経営していた場合には、裁判所は事実上の取締役の法理(商法典651-2条等)や法人格否認の法理に基づく判断を下し、親会社若しくは親会社の取締役等が責任を負う可能性がある。事実上の取締役とは、本件会社の実質上かつ継続的に支配管理することに対し継続的に関与することで会社の一般的な経営を決定する機能に介入する性質を有する取締役を意味する。例えば子会社の経営一般に干渉している場合や財務、営業、経営において明らかに依存している場合、親会社は事実上の取締役になる可能性がある。

6.清算・解散の手続と考慮すべき事項
解散原因としては、先述したとおり、資本金が最低純資産閾値に達した場合のほか、資本金が最低額(37,000ユーロ)以下になった場合などがある(同法典224-2条) 。また、以上の通り破産などの法定の解散事由もある。
さらに、特別総会(Assemblée générale extraordinaire)により解散の決議をすることもできる(同法典225-246)。
解散の場合、公告をしなければならない。
解散後については、法人格は清算結了の公告まで存続する(民法典1844−8条)。任命された清算人は、財産目録を作成し、財産を換価、会社の債権者に弁済する。債務超過になっている場合、清算人は、破産手続(Procédure collective)の手続に進まなければならない。
清算人の任務が完了した時、清算の決算を清算総会にて提出する(商法典237−9条)。清算総会で決算の承認をする。
清算結了の公告は、法定新聞で公告されなければならない(同法典R237−8条)。公告日に、清算会社の法人格は喪失する(同法典1844−8条)。
清算の時に直面する労働関係の解消については、詳細は割愛する。
経済的理由による解雇については、労働者そのものに由来しないこと、労働者の整理(suppression d'emploi) 、経済的に困難であること(経済)ないし技術の変化(構造的な原因)によるものであることなどがあげられる(労働法典1233−3条)。よって、個別の解雇と異なる。但し、個別の解雇と経済的理由による解雇の主張が重なり合うこともある 。
手続として、会社の規模によって異なる。また、労働協約により条件も異なること注意を要する。
個別解雇と2人以上解雇する集団解雇の場合と分けられるが、今回は個別解雇を例示として示す。
1)面談の通知
面談より少なくても5営業日以前に受領証明付き書留等で面談の通知をする 。
2)面談
解雇する決定をする前、労働委員会や労働者代表がいない場合、社長や代表者が労働者と面接をする必要がある 。面談の際所定の事項を告げる必要がある。
3)解雇通知
原則として面談の日から7営業日以上経過してから受領証明付き書留で通知することになる 。その中には、解雇理由、再雇用の優先など所定の事項が記載される 。
4)当局(DIRECCTE)への通知
通知から8営業日以内に、当局へ通知する必要がある。
以上は、非常にシンプルな例を挙げているが、実際にはより煩雑であり、対象が誰になるかによって異なる(例えば、労働者代表の場合)。また会社の規模によっても異なる。手当その他の配慮する事項が多数あるので、専門家と協議して遺漏の無いように準備する必要がある。

7.まとめ
以上のネガティブな事項を懸念しながら、フランスへの進出を決定するのは難しいように思える。しかし、最悪の事態を手当てしながら進めることは、進出及び子会社管理において本来的にやるべき事項を明確化することにつながる。1)適切な会計監査人を探すこと、2)雇用を拡大せずに適切な人材を確保すること、3)議事録作成や当局への手続きなど所定の手続きをするようにするなどがあげられる。最悪の事態になる前に、株式を売却することや解散も検討することは必要になろう。
現地の子会社の経営を現地の人間にすべてを任せてしまっては、大事な文書も入手することが出来ない場合がある。そうしたことを踏まえて、現地の公認会計士や弁護士と良好な関係を築くことも大切だろう。経営について言語や文化の違いから本社が入っていけない場合も想定される。その場合日本に存在するフランス語のできる会計事務所や法律事務所に依頼することも考えられる。

※オレリエン・カンジュ,ユーゴ・デルフォールジュ,ローマン・ブヨー等フランス人アシスタントの協力にここで謝意を示したい。

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