人恋しくなった夜は、ウェーベルンに耳を澄ます。


秋の夜長、まだ部屋の中は蒸し暑いが、一歩外に出ると驚くほどの肌寒さと一斉に自分を取り囲む秋虫の鳴き声に陶然としてしまう、そんな夜。

僕は無性にウェーベルンの音楽が聴きたくなる。

本人

どの曲が好きかと問われると残念ながらうまく答えられない。区別がつかないからだ。でもとくに声楽曲、ソプラノが歌う短い歌の数々は夜空に浮かぶ星々の道行を連想させる。それは無重力空間を遊泳するような不思議な感覚を与えてくれる。きっとウェーベルンが作り出す音楽そのものが僕に魔法をかけてしまうのだろう。

師シェーンベルクの教えを忠実に守り、「パッサカリア」(作品1)でようやく独立の許可をもらったウェーベルン。それから約37年、オーストリアを占拠中のアメリカ兵に誤って銃殺されるまでに残した作品は、作品番号がついているものだけでわずかに31を数えるに過ぎない。最初は無調で、途中から厳格な十二音技法で描かれた作品はどれも短く、だからこそ実に研ぎ澄まされた作品群を形成する。

しかし、僕がどうしようもなくウェーベルンに惹かれるのは、それらが一定の法則にのっとった十二音の音楽にもかかわらず、そこには明らかな色彩が、他者がまねしようもない透徹したリリシズムが宿っているからだ。

同じ十二音でも、シェーンベルクでもベルクでもない、ウェーベルンでなければ表現できないひとつの感情に、僕は自分の気持ちをたやすく同調させることができる。それがなぜだかはわからない。音楽のなせる不思議のひとつなのだろう。

そんな気持ちにさせてくれたのは、素晴らしいナクソスのCDと出合えたから。ストラヴィンスキーの秘書で、現代音楽のスペシャリストである指揮者のロバート・クラフトによる3枚の名盤のおかげだ。

「Vocal and Chamber Works」には数々の魔法のような歌や弦楽四重奏曲、カンタータ第1番が収録されている。シェーンベルクの室内交響曲をウェーベルンがクラリネット、フルートとピアノ三重奏用に編曲したバージョンも入っていて、これがなかなかいい。

ウェーベルン1

「Symphony」には正味11分ほどの交響曲や9つの楽器のための協奏曲が入っている。シューベルトのドイツ舞曲の編曲版がトリを締める。

ウェーベルン2

「Vocal and Orchestral Works」はまずバッハ「音楽の捧げもの」のリチェルカーレのオーケストラ編曲版で始まり、傑作「弦楽四重奏のために5つの断章」「管弦楽のための5つの小品」と進み、最後の作品「カンタータ第2番」で閉じられる。

ウェーベルン3

風のささやきのようなトニー・アーノルドのソプラノも素晴らしく、ウェーベルンをわかりやすく感じるためのベストアルバムになっていると思う。ジャケットのデザインワークも心に残る。

現在の音楽シーンは再び調性音楽が復活し、十二音技法の呪縛から解き放たれたと言われている。確かにシェーンベルク一派が目指したものは理論先行の窮屈な音楽だと思う。でもそのなかにあってウェーベルンという作曲家が残したものは、音楽という芸術が持つ魅力の一端を声高に伝えているように思えてならない。

皆さん、だまされたと思って一度ぜひ聴いてみてください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?