テンソルを経済学で使った論文

 考えてみれば昔一回だけ書いたな……という話を思い出したので、なんとなく書いとく。
 テンソルというのは、何個かのベクトルを入れると数字が返ってくる関数で、かつベクトルのうちの一個だけを動かし他を固定すると線形になるもののことです。
 で、たとえば微分形式とかはテンソル場の理論を使って展開されるので多様体論やる場合はそこで必要なんだけど、その前にずっと単純なテンソルがあって、それが行列式。あれはn次正方行列が変数の実数値関数と見ることもできるけれど、n個のベクトルを変数とする関数と見ることもできて、そうするとテンソルの一種になるわけだ。
 で、変数となるベクトルの数がk個である場合、そのテンソルはk次のテンソルと言う。n次正方行列の行列式はn次元ベクトル空間R^n上のn次のテンソルだ。さらに行列式のように、i番目のベクトルとj番目のベクトルを交代させると-1倍される性質をテンソルの「交代性」と言って、交代性を満たすテンソルを交代テンソルと言う。
 n次元ベクトル空間のk次交代テンソルの空間には次元の公式があって、kがn以下のときには二項係数nCkで定まる。この特殊ケースとして、n次元ベクトル空間のn次交代テンソルは行列式の定数倍であることがわかる。その定数は単位行列に対する値で定まる。
 と、ここまでは基礎知識。僕はこれをスルツキー行列の(i,j)-成分を縁付きヘッセ行列の符号条件の亜種で特徴付ける論文に使ったんだけれど、そこではn次元ベクトル空間のn-2次交代テンソルの空間の次元が本質的な役割を果たしていた。珍しい論文なので、興味ある人はこちらの論文を参照。

https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php/AA00260492-20140000-0077.pdf?file_id=94771

 ……ここまでが余談。

 実はこの交代テンソル、二次元のベクトル空間だと「どちらが時計回りでどちらが反時計回りか」を決定するのに使える。つまり普通のR^2上の行列式の解析だとすぐわかるように、A=(x,v)という二つの列ベクトルからなる行列があったときに、この行列式|A|が正であることと、xから見てvが反時計回りの方向にあることは同値である。これを一般化して、R^2ではない一般のベクトル空間でも、ひとつ0でない2次の交代テンソルを指定することで、(x,v)についてそれの値が正であることを「xから見てvは反時計回りの方向にある」と定義できる
 そして、僕の積分可能性の論文(2013, J. Math. Econ)で出てくる、無差別曲線を規定する次の微分方程式

y'(t)=(g(y(t))・x)v-(g(y(t))・v)x, y(0)=x

は、めちゃくちゃ整理したからこの形になったのであって、研究開始当初の記述はこうだった。

1)一次独立な(x,v)を取ってきて、Vを(x,v)が張る線形空間とする。
2)Fを、F(x,v)>0となるV上の二次交代テンソルとする。
3)R(y)を、V上のベクトルyをFについて反時計回りに90度回転させる直交変換とする。
4)微分方程式を

y'(t)=R(g(y(t))), y(0)=x

と定義する。

 はい、めっちゃわかりにくいですが、実はこれ、上で書いた最終バージョンとは定数倍の差しかないんだ。だから僕はこの論文を書いていた大学院生の頃、具体的に言うと2007年の頃には、積分可能性理論で交代テンソルを使っていたのです。いまでこそ使わなくなったけどね。
 とまあ、そんなわけで交代テンソル、意外と妙なところで使えるという話でした。僕以外に経済学で使ってる人ほとんど見たことないけどね!

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