ノイマンの主要業績とは一体……うごごご……

 毎度いつものように素敵なお題を見つけました。

 まあ、リプライしてる田中さんに反射でいいねつけたのはともかく。もちろんゲーム理論はノイマンの業績なんだけど、ノイマンの主要業績とは言えない。じゃあノイマンの主要業績とはなにか? という話になると、僕、固まっちゃうんだよねえ。
 なにが問題かというと、量が多すぎてサーベイできんのだ。むしろ誰ができんの? という。


まずはwikipedia

 たぶん、フォン・ノイマンの主要業績リストを作れる人間は、フォン・ノイマンの研究をしている数学史の専門家だけなのではないかと思う。
 それを踏まえた上で、自分が追える範囲でノイマンの業績はなにがあるかなということで、まずは日本語版wikipediaを見てみた。

 見た感じ、この時点でいくつか知らない業績があるぅ……気象予報の基礎を固めたのがノイマンだなんて知らなかった……それにソートアルゴリズム作ってるのと、流体力学の近似解法にも業績あるのかよ……
 で、だいたいこういうのは英語版の方が優れてるから英語版wikipediaを見てみるとこんな感じ。

 はい無理。読めない。ここまで量が多いとこの項目読むだけで一日かかるわ! いくらDeepLくんに頼れるって言ってもそんなレベルの問題じゃない。単純に、辛い!(*メモ:ただ、ソース不足で正しいかどうかわかんないところも多い気がする。たとえばエルゴード性については、ググっても日本語で説明されたノイマンの業績がなかったし、いつも使っているDudleyの本の数学史注にも名前が出てきていないので、ちょっとわからない)

 そういうわけで、上のwikipediaはあまりにも読めない量なので、せめて僕が知ってる範囲だけでもメモってみよう。

ゲーデル=ベルナイス=ノイマン型集合論の確立

 いきなりこう書いた後で、wikipediaさん見たら「ノイマン=ベルナイス=ゲーデル」の順番でへこんでるんですけど! いや、僕が見たのこの順番だったんだけどな……と思ってググってみたら並べ方には流派がいろいろあるらしく。ならよし!
 こいつは、いま主流の公理的集合論であるツェルメロ=フランケル型集合論と対を成すもう一つの集合論です。操作対象は「集合」と「クラス」に分けられていて、「クラス」の方は集合よりもずっと存在要件が緩い代わりに、「クラス」には適用してはいけない操作がいくつかあるっていうやり方。圏論とかでよく使ってるなって印象がある。
 基本的な考え方はラッセルのパラドックスに関連していて、つまり{x|x∉x}みたいなものを「集合」と認めてしまうと矛盾が簡単に導出できてしまうのでどうしましょう、というものに対する対処法を考えることから始まる。ツェルメロとフランケルの集合論は、正則性公理(これもノイマンが作ったっていう……)を課して、上のようなものは「集合」ではないとして解決した。ゲーデル=ベルナイス=ノイマンの集合論も同じなんだけど、代わりにクラスを導入して、上のような奴は「クラス」だけど「集合」ではないとして解決した。こういう考え方の差で作られたふたつの集合論だが、「集合」の範囲でできる結果はどうやら同値らしい……

量子力学の数学的基礎

 最近翻訳を古本で買っちった☆
 これちょっと注釈が必要かなと思うので、一応。フォン・ノイマンはヒルベルトの弟子で、最初はヒルベルト・プログラムに従って集合論を研究していた。けれどよく知られているように、1930年の学会でゲーデルが論理の完全性を証明した後に、「理論の不完全性」に関するアイデアを披露すると、ノイマンはそのアイデアの意味と証明と重要性を即座に理解したらしい。こうしてヒルベルトの考えていた予想はゲーデルの結果によって否定的に解決したため、ノイマンはここから応用性の高い数学へと移っていく……というのが、よく言われる話。
 ただ、実はこの逸話、僕は疑ってるんだよね。だってこの本、出たの1932年だよ? さすがに一年や二年で書けないでしょ、本は。そもそも量子力学で一番重要な役割を果たすのはヒルベルト空間上の自己共役作用素の固有値なわけで……ヒルベルト空間なんだから、ヒルベルトの弟子のノイマンは普通に前から研究しててもおかしくないでしょ、と思っていたのだが……英語版wikipedia見たらドンピシャだね! なんと1926年にはもうこの種の仕事をしていたらしい。
 ノイマンはこの領域において多大な貢献をしていて、量子力学のモデルの基本的な枠組みは全部こいつがやった……って書いてあるんだけど……マジなのかな……正直、僕は経済学者だからよくわかんにゃい……ただ、僕が知ってる範囲でも、ノルム空間が内積で表せる条件が中線定理が成立することだって証明したのはノイマンだったと記憶してる。これ、複素ヒルベルト空間だと意外と難しいんだよね……それから、自己共役作用素がコンパクトだと固有値を持つって定理はヒルベルトによるものだと僕は認識していたんだけど、もしかしたらこれもノイマンが噛んでるかも……だっていま調べた範囲だと、例の公理を満たす空間に「ヒルベルト空間」って名前つけたの、たぶんノイマンだぞ……?(wikipediaの"Hilbert Space"の項目を見つつ)ちなみに無限次元ヒルベルト空間上の自己共役作用素は固有ベクトルを持たない例が知られているので、「固有値で議論できるよ!」という発想自体普通じゃないです。たしかフレドホルムかコンパクトだと固有ベクトルの存在定理が知られているはずだけど、コンパクトの方は僕が後輩と訳した本に証明書いてあった(Ioffe and Tikhomirovの6章)けど、フレドホルムの方は証明見たことねーな……
 というわけで、ヒルベルト空間で量子力学が議論できるぞ! という発想自体が、なんかおかしいという話でした。やべーよこいつ。

ゲーム理論と経済学

 この部分については、英語版wikipediaはお世辞にも褒められた記述してねーな……という感じがする。たしかにフォン・ノイマンはゲーム理論という用語自体を発明したし、本も書いたし、その中で不動点定理を使った。それから経済学的にも1937年の論文で実質的には角谷の不動点定理(角谷さんの論文出版は1941年だから、それより前!)を使って均衡の存在証明をやってて、これは重要な論文だと見なされている。けど、「数理経済学で最高の論文」はちょっと言い過ぎだろうし、「アローとかドブリューとかナッシュがノーベル賞取ってるからノイマンは偉大!」とか書かれると、さすがに引く。そもそもノイマン、ナッシュ均衡に駄目出ししてるんだけどね?(ビューティフル・マインド読めばわかる。映画じゃなくて本。ただあっちはナッシュの言い分をまとめた本だから公平性に注意)
 フォン・ノイマンの経済学に対する貢献は上で述べたように、1937年の論文と、1944年の本の二つにとどまる。1937年の論文はウィーン大学のメンガーセミナーで発表予定だったけど結局行けなくて論文だけ送りつけたもので、上で書いたように角谷の不動点定理を実質的に証明しているのと、Wald (1936)に続く均衡の存在証明の数学的に厳密な形の二番目の結果と見なされている(ちなみにWaldもメンガーセミナーの論文)ので、確かに重要な結果だと言える。けどArrow and Debreu (1954)より重要ではないだろー……
 一方で1944年の本は有名な「ゲーム理論と経済行動」です。けどこれ、ミニマックス定理と、安定集合の分析と、それからNM効用の存在定理しか扱ってないんだわ……なんで英語版wikipedia、ミニマックス定理にしか言及してないんだろうな? 安定集合はともかくNM効用って経済学にとってめちゃくちゃ重要じゃねえの? それこそミニマックス定理の比じゃないのでは?
 なお、ナッシュが後に自分の理論を説明したときの説明によると、ノイマンとモルゲンシュテルンは「二人の非協力ゲーム」と「三人以上の協力ゲーム」を扱った、という。ミニマックス定理が前者、安定集合が後者だ。そしてナッシュ均衡は「三人以上の非協力ゲーム」の結果で、ナッシュ交渉解は「二人の協力ゲーム」の結果だ、と説明した。実は「非協力」「協力」という分類自体がここで初めて出てきたらしいので、たぶんノイマンはこういう分類自体を考えてない。実際、後の時代には結託耐性ナッシュ均衡みたいな戦略形の協力解が出てくるし……
 とはいえ、僕の認識ではノイマンの経済学における最大の貢献って、たぶんNM効用関数だと思うんだけどなあ。

モンテカルロシミュレーション

 これもノイマンが発明した偉大な功績。「ランダムな現象を利用して、試行回数の増加に伴い正しい結果に確率収束する実験を設計しよう」という、やべー発想のシミュレーションです。これに関連してノイマンは疑似乱数生成器の構成までしてるっていうんだから本当に発想がおかしい。だって疑似乱数生成器っていまの暗号学では必須アイテムだけど、その暗号学の基礎ができたのってRSA暗号が完成した後だから1980年前後だよ? なんでノイマンの時代にこんなの考えてたの?
 まあ、僕も学部の物理でやりましたけどね。スポイトでランダムに紙の上に液体を垂らして、円の中に落ちた回数をカウントする奴。だったような……うん、あんまり覚えてない。そもそもその授業は後期実験で他の人間とわいわいやるのがしんどくなって切ったので……いまでは、光電効果の実験だけは出ときたかったなって思うけど……って、それは脱線。とにかくランダムであるから、正しい円周率は得られないし、確率がひどく偏ると円周率の値はめちゃくちゃなのが出てきうるけど、回数重ねていけば大数の法則で円周率に確率収束するでしょ、という。理解はできるけど発想はできないよ!
 最近だと、モンテカルロ碁の登場でコンピュータ囲碁が一気に強くなったので有名になりましたね……ああいうのも元をたどればノイマンに行き着くと思うとホントやべーな!

ノイマン型コンピュータ

 現代の、たとえばwindowsパソコンを考えてみよう。このパソコンの中には、wordで書かれたファイルが置いてある。と同時に、wordで書かれたファイルを読むソフト、つまりwordもインストールされている。つまり、実は「データ」と、「プログラム」は、本質的に同じ場所に置かれているわけだ。この発想の出所もノイマンで、この構造を持つコンピュータをノイマン型コンピュータと言う。
 それまでの考え方では、プログラムなるものは外から命令として与えるもので、データが内部に格納されていて、それらは別のものだったのだが、ノイマン型の特徴はプログラムもデータだということである。これは、数についての命題を表す論理式を数に埋め込む「ゲーデル数」の発想が寄与したという説があるらしい。……ありそうな話だけど、これ誰がどうやって検証するんだろ? ノイマンをイタコさんが呼び出して聞くのかな?
 まあ、ともかく普通の発想でなかったということだけは確かだろう。ノイマンの時代のコンピュータは、計算目的ごとに装置ごと作り替えるのが普通だったみたいだし……

他にもいっぱい

 気象学とか生物学の貢献はごめんわからん! そもそも数学もこいつ貢献多すぎてよくわからんわ! というわけで、僕が知ってるのを書き出しただけでこの量になるというのでもうすさまじい。これ、wikipediaの文書全部検証して、必要な業績書き足して、ちゃんと本にしてまとめられる研究者とか、いるんだろうか……?(少なくともNM効用が載ってない時点でwikipedia英語版には欠落がある)
 この記事も当然ながら、僕が知ってる範囲でしか書いてないので不十分です。たぶん十分な記事書ける人間は存在しない……だれか意欲と能力ある人はやってみてください。こちらからは以上です。

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