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メガネ屋さんに恋をした

近視と乱視で外出時はメガネが欠かせない。

家の中では勘で動き、自室でテレビを視聴する時のみ眼鏡使用。

夏場はサングラスが欲しくなるけれど、度付きのサングラスを買うほどではないし、屋内ではメガネに掛け替えねばならず、これまで手を出さなかった。

一度だけ利用した眼鏡店から、誕生月である今月、割引券の入ったDMが届いた。

同封のフライヤーに目を通すと、調光レンズなるモノが紹介されていた。

紫外線に反応してレンズが色づき、屋外ではサングラスほどではないけれど紫外線と眩しさをカットし、屋内ではほぼ無色になるらしい。

一本で二役、まさに私のニーズに適ったメガネだ。

よく利用する、大手の安売りチェーン店でも調光レンズの扱いがないか調べてみると、前述の眼鏡店より色の種類が豊富で、6色もあった。

スマホ画面上での比較にはなるけれど、中でもキャメルブラウンが、ややオレンジがかった柔らかな色味で気に入った。

そのチェーン店では、使わなくなったフレームを持ち込んでもレンズ交換してくれるので、最初はそうしようかと思った。

新品で作ると30分ほどで仕上がるのだけれど、フレーム持ち込みの場合はどうなるのかわからず、しかも初の度付き調光レンズ。

思い切って、最寄りの店舗に電話で問い合わせてみることに。

応対してくれたのは男性の店員さんで、とても親切だった。

・当店で購したフレームであれば、ほぼ交換可能
・度数にもよるが、グレーとブラウンの調光レンズであれば30分程度でお渡し可能
・キャメルブラウンは納期が5日〜7日程度かかる
・現在セール中で、物によっては新品購入のほうがフレーム持ち込みより安価に購入できる

ご来店予定はと訊かれ、明日にでも伺うつもりですと告げ、お礼を述べ終話。

翌日、店舗へ足を運んだ。

セール品をチェックしたものの、いちばん安価なものは二種類のみで、両方とも私の好みのデザインではなかった。

やはり持ってきたフレームに調光レンズを入れてもらおうかな…と思案していると、背が高く柔和な顔立ちの男性店員さんが近づいて来て、

「何かご希望ございますか?よろしければご案内しますので、必要でしたらお声掛けください」

そのように言われたので、度付き調光レンズのこと、持ち込みか新規で買うか迷っていることを相談すると、

「ひょっとして、昨夜お電話いただきましたか?」

「ハイ、しましたが…?」

「あの時、僕がご案内をさせていただいたんです」

店員さんはにっこり微笑みながら、

「お色はキャメルブラウンをご希望、でしたよね?」

よく憶えてくれてたなと、嬉しくなった。

店員さんは声のトーンを下げて、実は明日から更にセール品が増えるんですよ、フレームの種類がもっと増えて選択肢が広がりますし、可愛いデザインのものも出す予定なんです、と。

「週末にはほとんどの在庫が出てしまうので、もし可能であれば明日、もう一度ご来店されるのも一つの方法です」

そのように教えてくれたけれど、今日の明日でもう一度は来られないし、雨の中せっかく来たのでこの場で決めたいと告げると、承知しましたと。

店員さんが個人的に推しているフレームと、店舗が推している商品、他にも私に似合いそうなものを、いくつか提案してくださった。

調光レンズのサンプルも出してくれて、ブラウンとキャメルブラウンの比較もできた。

「ブラウンであれば30分ほどでお渡しできますが、妥協はしないほうがいいと思います。短期間に何本も購入なさるものでもありませんので…」

そのように勧められ、初志貫徹でキャメルブラウンに決め、既存のフレームではなく、レンズの色味に合うフレームを選び、新規で作ることにした。

当初の予算より割高にはなってしまうけれど、店員さんがとても熱心で親切だったこと、さらに言うと、この笑顔が素敵な彼に貢献したいと思ったのだ。

彼が個人的に推しているフレームのうち、4色の中から、レンズの色に馴染む色のフレームに決め、残るは度数。

今お使いのメガネの度数に合わせてお作りすることも可能ですが、そちらはいつ頃お作りに?と訊かれ、実は4月に作ったばかりだと告げた。

すると彼、いつもありがとうございますと言いながら、ニコッと微笑んでくれた。

営業スマイルだとはわかっていたけれど、私は店員さんに恋をした。

もっとこの笑顔を見ていたい…そう思った。

かけていたメガネを手渡し、度数を確認していただき、

「ではこちらの度数でお作りしますね、新しいフレームのバランスを調整させてください」

と言われ、鼻パッドと耳の左右のバランスを見ていただいた。

至近距離で彼を感じられて、年甲斐もなくドキドキした。

そのせいなのか、ホットフラッシュなのか、急にのぼせがきて大量に汗が噴き出てきた。

ハンカチで汗を拭っていると、今日は蒸しますよね、俺もパーカー着て来たんですけど、湿っぽくなりました、と。

油断したのか『僕』が『俺』になっていることに気付かない彼に、ますますときめいてしまった。

調整後、上下に頭を動かしてかけ心地を確認し、これで大丈夫ですと伝えて手渡すと、ではお会計の準備ができましたらお呼びしますので、お掛けになってお待ちくださいと。

(ああ、芸能人以外の異性にときめくなんて何年振りだろう…。いくつくらいなのかな?やっぱり彼女はいるんだろか?)

呼ばれるまでの間、そんなことを考えながら過ごした。

会計を済ませ、納期は5日後との説明を受け、またあの優しい微笑みを浮かべて引換票を手渡され、あー、コレ完全に落ちたわ〜などと思いつつ、ではよろしくお願いしますと告げ、お店を後にした。

帰宅後も、しばらく彼に想いを馳せていたのだけれど。

メガネ屋さんの店員さんに恋するって、年齢云々以前に、ほとんどチャンスないじゃんね…ということに、ようやく気付いた。

彼の言うとおり、よほどのお洒落さんでもない限り、メガネはそうそう買い換えるものでもないし、彼がカフェやアパレル系の店員さんだったなら、マメに笑顔を見に行くことが叶ったのに。

ものの数時間で、想いを伝えることなく儚く散った、私の恋物語。

仮に私が今よりずっと若くて可愛く、財力とガッツがあったなら、お店に通い詰めることもできたかもしれないし、彼とどうにかなる可能性も1ミリくらいはあったかも…?

そんなことを未練たらしく考えてしまうほどには、好きになってしまった。

せめて仕上がったメガネを受け取りに行く日にも、彼が勤務中だったらいいなと思う次第。

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