そして僕らは考えることをやめた
スガサワデス。
時代の流れとかいろいろなプロジェクトに関わらせて頂く中で、ちょっとした気づきがあったのでメモ代わりにまとめてみようかと思う。
まぁ結論から言えば
「いろいろなツールは便利にはなったけど、使い手がまだまだ未熟だから、ツールに振り回されてる現状なんじゃないの?」
って話。
インターネットの普及とか
ぼくが小学生だったか中学生くらいの時はまだめっちゃ遅いISDNだとかADSLだとかだった気がする。中高生くらいの時でモバイルがimodeとかその辺。
流行ってたのがアプリとかじゃなくてwebサービス的なのだったと思う。ネットでいろいろ探せるって知ってから面白くなって、友人にアダルト系探して欲しいってことでプリントアウトしたら喜んでたとかほんと懐かしい。
そのあとデータ消し忘れて父親とちょっと気まずくなったのとかも今となってはまぁいいネタだと思える(w)
ほんと便利になったよなぁ...
便利になることで失われていくモノもある
今でこそアプリだなんだといろいろあるので、日常においてすごく助かるというのは実感としてあるんだけど、少しだけ引っ掛かりもあってちょっとだけ不安に思うこともある。
便利である現状をそれが当たり前だと思い込んでしまうっていう思考停止状態。
流行ってるとかみんな使ってるっていう一種の同調圧力だとか、知らないし使ったことがないとかの隠れた劣等感とかもあるのかもしれない。
まぁもちろん知らないとか使ったことないとかは個人のことなので、だからどうというわけでもないのだけど、リテラシーの振り幅が結構極端になっているような状態が割とあとあとになって軋轢とかを生み出すみたいな。
モンハンの猛者的な人と初心者みたいな感じ?
操作もわからんのにこれやろう!で置いてけぼり食らうみたいな?
右も左もわからん入社したての新人に無茶振りするとか?
そうなると、そりゃあもうめっちゃ頭使って何とかしようと考えるわけですよ。
しんどくね?
よーいドン!の位置が結構離れてたりするので潜在能力高めの人ならまぁ追いついてしまえるんですけど、ほとんどの人はたぶん置いてけぼり食らうんじゃないかなと。
自由を履き違えて窮屈
特にSNSの普及でリテラシー格差が顕著なのが誹謗中傷とか。
誰でも簡単に投稿することができるSNSの残念な使い方は、匿名で誰かに八つ当たりすることができたり、ウソの情報拡散ができたりすること。
言葉っていうツールはある程度、脳ミソが育って割と初期段階で習得可能っていうすごい便利なモノではあるんだけど「熟練度」のバラツキがものすごいって思うんだよね。
伝言ゲームが人を介してねじれちゃう理由がこの「熟練度」に由来するんじゃないかなぁと。
ライセンスがあるわけじゃないから「誰」でも「簡単」に「自由」に「発言」する。
実は鋭い刃物のような、それでいて拳銃のような瞬発力と破壊力を持つのが実は言葉だったりする。もう超絶危険物で取り扱い注意この上ないんだけれど、口にフタはできないし物理的に都合よく遮断もなかなかできない。
「まったくもってうっとおしい」
と、どこかのハンターさんが言いそう。
最近はその辺を法整備するとかしないとか言われてはいるけど、これもよくよく考えるとものすごく恐ろしい窮屈さを備えている気がするんだよね。
実例として誰かがやらかすことで法整備され、とても自由とは言い難い環境構築が行われ、ニュアンスとして意見だとか批判だとかを「誹謗中傷」という大枠でくくって誤認、そして執行。
「都合の悪いこと」を違法とするようなイメージ。
まさに自由とは程遠い言葉のライセンス発行に近い。
昔こんなことを言ってくれた人がいる
法律は全員を守るものじゃない。
知っているヤツだけを守るんや。
だから法律知ってるヤツが得をする。
当時はなるほどなぁって思った。
だからこそ僕らは考える
今を窮屈にさせないために。
先に窮屈を渡さないために。
現在起きていること。
現在言われていること。
それらを頭から丸のみしないでいったん咀嚼して考えたいと思う。
首から上についているデバイスを単純なセンサーにはしたくないなぁ...
とはいえ慎重にここまで書いてみてはいるものの、脱線しちゃってる感も否めないし、事故っている部分もあるだろうなって思うよね。
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