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2024年の星の行方


『ハトヒト』



ハトの羽には人間との絆、その歴史が克明に記されている。しかし、そのことを知っているのはハトだけだ。

「もし地球上の人々が、ハトの羽に脈々と受け継がれた膨大な記憶に気づいたら世界がひっくり返るような大発見につながるかもしれない」

世界中のハトたちは人間との交流をさらに深めようと、この半世紀の間は特に躍起になっているが、人間はハトから遠ざかるばかりだ。

「糞が汚い」
「首を振って歩く様子がこわい」

ハトと人間との関係は、いったいいつから様変わりしてしまったのか。ハトにまつわる神話や伝説は人間の世界で語り継がれている通り、ハトの羽にもはっきりと記されている。オリーブの枝をくわえて戻ってきたハトの話だってそうだ。ハトたちは次の世代へバトンを渡すために、人間との関わりを深めようとして今も必死に努力を続けている。ただ、近年のハトたちは、

「止まる木が少なくなって、歩くのが上手になった」

「人間の食べ物は刺激が強くなった」

「もしかして、人間に嫌われているのかも?」

などの情報交換ばかり繰り返していて、人間との関係性に大した進展が見られないまま一生を終えるハトも少なくない。そうやってハトたちの意に反して人間との関わりが日を追うごとに薄れていく中、あるハトの群れの中で一羽の風変わりなハトが生まれた。

そのハトは胸の真ん中に星のように輝く丸いアザがあった。そのつぶらな光こそがハトと人間の絆を深く強くするかもしれないと、周りのハトたちは考えた。彼は生まれたての頃から「ハトヒト」と呼ばれ、多くのハトたちの愛情をたっぷりと受けてすくすくと育った。

幼いながらハトヒトは、他のハトに比べて羽に記された歴史についてよく理解していた。過去に起きた出来事として歴史を捉えるのではなく、ひとつひとつの出来事に明らかな関係性があることを察して、歴史を深く読み解こうとした。与えられた寿命は十余年。それまでに、人間との停滞した関係に突破口を見出し、次の世代へ伝えなければならない。

ハトヒトの毎日はとにかく充実していた。ひとつの町を離れない他のハトたちとは違い、ハトヒトは町から町を飛び回った。都会では空に向かって立ち並ぶ建物が多く、ガラスや金属に反射する光がまぶしいので、あまり高く飛ばずにわずかな緑地を頼りに移動した。田畑が広がる郊外では他の動物に襲われないように考えながらあちこちを巡った。ハトの羽に記された歴史をひとつひとつていねいに調べれば、歴史の点と点を結んで読み解ける何かがあるかもしれない。すべては人間に伝えるためだった。

その中で、生まれてから二年経ったハトヒトはあることに気がついた。異なる地域で暮らすどのハトも羽に記された歴史からすっかり抜け落ちた何かがあった。それは種類の異なるハトですら同じだった。

ー いったい何が抜け落ちてしまっているんだろう?

ハトヒトはさらにあちこちを旅し続けたが、結局何もわからないまま三年の月日が経った。


桜の花びらが地面いっぱいに広がる頃、ハトヒトはある少年に出会った。町から町へと移動している時、公園のベンチに座って袋から取り出したパンをちぎってハトたちにやっている子どもの様子が見えた。少年は上空から飛んできたハトヒトのほうを見上げてにっこりと笑った。

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