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奴隷意識との戦い

物質世界に囚われている限り、生きている限り自分が神や仏である、
そうしたマインドに切り替わらないのもまた事実。
自らをあたかも国の「奴隷」、会社の「奴隷」
であるかのように落とし込んでしまって。

何かの意識高いセミナーを受けた時だけ
自分が「神」「仏」になれた気持ちになるのだけども
日常生活に戻るとまた「奴隷」に戻ってしまう。

一度上がったと思ったら、また下げられる。
平日はこの繰り返しである。

支配するものの言いなりになって会社の仕事を延々とやり続けたり
戦争で国の道具となって殺し合いに馳せ参じてしまう
私たちはいわば「奴隷意識」との戦いを日々行なっている。

即身成仏

人が人を支配する、もしくは支配されるという
束縛の定義、苦しみから解放することが
即身成仏につながるのでないか。

元来、人には上も下もない、人は即身成仏たるべきだが、誰もそんなことは教えまい。

学びに行って腑に落とすのが一番自分の身になるが
これを学んでも、会社に行った次の日に忘れるのが一番の問題。
現代社会の歪んだ構造が、人を奴隷マインドにしている。
形而上学では「ミディオクラシー」、つまり「中流意識」なんていうそうだ。

即身成仏の学びをした人が自分でコミュニティ作って
そこで言い続けるなりするしかないのが現状だろう。
本来は政策を作るなど、仕切る側の人間がそういう学びをするのが最上の策だが…。

一人一人が、会社や学校みたいな為政者達の言いなりにならず
神や仏としてどう生きるか、何がしたいか表現していく、
というのを日々実践することが地道でありますが大事なこと。

支配者の言いなりになって土日祝日だけしか即身成仏できん、
というのでは学びを生かせていないのと同義。

ミディオクラシーから抜けるには

どうすればミディオクラシーから抜け出せるか。
正直具体的な案というのは何も持ち合わせていないのが現状だろう。

というのも世界にいる人類全体の共通認識の
そもそもを変える必要があるから
一人一人の認識において、自分の世界を変える必要がある。

「他者に加害を加え、束縛するのはいけないことである」
「また、そういう人間がいたら野放しにせず、認識を改めてもらう」

それを「当たり前のこと」として認識してもらう必要がある。

人間社会は支配、非支配の構造、
上の者が下のものを支配する構造。
すなわちヒエラルキーで成り立っているのが現実。
だからどんなに崇高な教えを持ってしても
縦社会が常態化しているので、結局元通りになってしまう。

身の回りに過ちを犯そうとしている人がいれば止める、
誤った認識を改めるよう啓示する。

これを日々研鑽しながら説いていくこと。
世界全体にそのシナジーが広がるようにひとりひとりが
やっていくしかない。

自分たちのいる国や会社のような共同体の秩序が誤っていると気づき
その支配から抜け出していく。
一人一人が歪んだ社会構造から抜け、武器を捨てていくことが
結果として世界の闘争を収めることにすらなるのではと思う。

総括

人間の思想というのは集合意識なので。
国のトップの根本的思想がそもそも間違ったこと前提の思想なので
トップが無能だからと言って、首をすげ替えても効果は薄い。

国際司法裁判所が機能していれば戦争は起きないはずだが
現状はこの有様。

私がかつて心酔していた苫米地英人博士も、
「世界から戦争と差別、飢餓をなくす」と
世界平和のために活動なさっている方の一人。

国家に戦争する権利というのが外交権の一部として国際法にある、
と博士は仰っていた。

お金というものが実効性を持たせているために戦争は起きていると。
金儲けのために起きているのが戦争。

国際法から戦争をする権利を差し引きさせるのと
お金というものに囚われない人を生み出すこと、
これを地道に説いていくことになるだろうか。

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