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会社における「支配」される日常

会社にいらん仕事を大量に投げ込まれ、キレてしまったある日のこと。

こうした日に限らず、今の立場が「納得いかない」と言って
腐りそうになったことは今に至るまで何度もあった。

自分の人生は常に学校や会社のような組織体に反抗し続けてばかりだった。
「生活のためのカネは欲しいが、会社の仕事を心からやりたいと思ってやったことは一度もない」

私はやりたいと思える仕事に就けなかった新人時代から
ずっとこれを信条にしていた。
「目の前の仕事は好きでもないし、やりたくもないが
生活のためだと心を殺して割り切る」

そのように決めてからは、ずっとそうだ。

人生のゴールと一致しない業務

万年反抗期の私だが、なぜここまで会社を目の敵にして嫌うのだろう?
これまでストレスに感じていたことを払い出してみた。

「会社員」だった時代に、転職を考えた頃だった。
当時の私はコーチング理論を学んで
人生のゴールというのを本格的に考え始めていた。

コーチングを自分で実践していくうちに
だんだんと会社でやっている仕事が
自分の人生のゴールと関係ないことに気づき始めてきた。
「自分の人生のゴール」が何かわからないまでも、
「会社の仕事は金のためだけ」ということだけは明確だった。

心からやりたい仕事でないことのために、必要以上の責任を背負いたくない、
どうしたもんかねと思いながらやってきた。
会社のパソコンに向き合えば向き合うほどやる気がなくなっていく。
なんとか辞めたいと考えるが、打開策もない、そう嘆いていた。

理由1・タスクの一つ一つの理由が、根本的に何のためかが見えてこない。

恐らく理由なんてどうでも良いのかもしれないが
タスク一つ一つの理由が根本はどこからくるか
全く見えてきていないこと。

いや、結果としてはコストの削減とか利益の貢献とか
そういうのがあるのだろうが、
自分が携わっているシステムを使って
どんな人が喜んでくれるのかとか、そういうのを全く思い描けないでいた。

システム屋であれば自分の作ったシステムが
なんらかの社会貢献を果たしていれば
そこに対してやりがいを感じて
また新たなシステム開発にあたるなど、良い循環でのモチベーションになろう。

しかし聞くのは喜びの声どころか、顧客からのクレームばかり。
不具合ばかりのシステムで、社内では責任の押し合いへし合い。
いつ自分に飛び火してくるかわからず、ひたすら自らの保身に走る日々。
いったい俺は、何のために時間を削って働いているのか…。

結果として、一つ一つのタスクにやる意義を見出せなくなった。
人生のゴールと何の関係もないのは明らかで、やる気が削がれる。

特に意義が見出せない会議が多いのがその筆頭。
そのことでやる気と時間が削がれる一方。

自分の関わったシステムで喜ぶ人の顔が全く想像できなかった。

理由2・仕事とそうでない時の温度差の激しさ

会社を離れて、独力でやろうとしている事業と
会社の仕事の時の取り組みの熱意の乖離があまりにも激しい。

あと何年我慢しながらやればいい?
いつまでのらりくらりが出来るか??

おそらく早期退職のプランは期待できないことは分かってはいるが
会社に拘束された状況が続くような、
会社で心を殺しながら働き、辞めるまでの期間を我慢し続けるのはあまりにも辛い。

会社の仕事と「新規事業」の仕事の自分はあまりにもテンションが違いすぎる。
会社の仕事で心が躍るタイミングがあったとしても、
それは納期がなんだと尻を叩かれるから。

会社員の時は、会社にいる時間が圧倒的に長かったので
会社にいる時間が多く、どうしても周りの目が気になる。
いかに早く会社を抜け出すか、が勝負だった。

この温度差を埋められなかったのが、私の中の
「会社辞めるキャンペーン」を加速させるきっかけになった。

理由3・最新動向に全く興味ない

例えば、ITエンジニアでもAWSの話をすると水を得た魚の如く話す人がいたり
新規技術についてキャッチアップしてウキウキする人がいる一方で
私はそんなものに全然興味関心もなかった。

気になるのは今日のご飯何にしようかなってことだ。

最新動向を追ったり新しいことを知ったり。

ITニュースに関しての無関心さが
いつしかITエンジニアに見切りをつける決心を下させた。

遅かれ早かれ引退を決めているような業種の仕事に対して必要以上に責任を持たされたくない。
そこで余計なストレスがかかる、と思い始めた。

理由4・ひっくり返される休暇

ある案件で、個人用携帯の電番を会社の人間に伝えねばならない事案があった。
理由は社用携帯を貸与する文化がないせいである。
会社の人間が個人電番を知っていることがかなり致命的。

プライベートや起業で使っている想定なのに
会社の仕事で義務を課せられるような連絡が入ってくることに余計なストレスがかかる。

社用携帯を渡された時代で何度も休暇を台無しにされたことがあった。
このことが会社を退職次第に早急に電話番号を変更したい、という事案を生んだ。

総括

いつしか私は会社でやることなすこと、
自分の人生と何の関係がないことばかりと気づくようになった。

会社の営業時間というのは
私にとっては無駄な時間ばかりでフラストレーションが溜まる一方。

会社にいる意義というのは「事業資金や生活のためのお金を稼ぐ」
ただその一点に集約される。そこにフラストレーションが募っていた。
会社にいる時間がストレスでしかなくて、スランプといってもよかっただろうか。

会社に「所属」してはいるが、心が離れていた。

忠義を誓うつもりもないのだが金がないことを理由に
延々とエンジニア職をやり続けることになった。

自分の魂を金に売り渡しているという
そのことがどうしても許せなかった。

1日でも早く辞めたいと思いながらやってきたが、すでに何年も経過してしまった。
自分よりも早く独立してる人間はおり、そこに不公平さを感じ続けてきた。
そんなわけで「オレは会社が嫌いだ」と言い続けてきた。

生活のために仕方なくやってやっているが、正直揺れている、
そんな人間がオフィスを見渡してどれだけいるだろう?

7割?8割?9割?

ひょっとして支配権を握っている人間以外全員か?

正直、私と同じように感じている人が、どれだけいるかは考えたことがなかった。


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