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猫とジゴロ 第七十二話

容疑者数千人。初の大規模公判は始まったばかりだ。皆が関心を持つ前代未聞の大変な事件となってしまった。人の人生を手玉に取る許せない行為だった。今日は満月だ、昼間でも美しい月が見えている。俺は鉄平が入院している聖母病院を目指して歩いていた。鉄平は長い眠りから目を覚まし、今はリハビリをしている。もちろん言葉も喋ることができるようになっている。

「よお、アキラ」鉄平はやっぱり笑顔が似合う。青いユニフォームを着た理学療法士がいる立派なリハビリ施設があった。俺はリハビリの邪魔にならないように、リハビリ室の手前の椅子に腰掛けていた。すると何を勘違いしたのか、「どうもお待たせしました、本日リハビリを担当させてもらう青と申します」青?ネームプレートを見ると本当に青さんだった。「珍しいお名前ですね、どちらのご出身ですか?」「三重県ですよ。さあさあ、お口のリハビリはもう終わり、あちらに行きましょう」俺は笑いながら言った「俺は、ピンピン元気です。俺は患者じゃなくて、まあ友達です」「へっ?失礼しました」青さんは「ガハハハ」と大笑いをしながらリハビリルームに消えていった。

やがて鉄平がリハビリを終えて、俺の座っている待合の椅子までやってきた「しかし、恐ろしい事件に巻き込まれちまったもんだ」俺はため息まじりに言った。「だが非常に興味深い事件だ。お前は同じ境遇にある人間達にとっては救世主だったろうな」鉄平は続けた「僕は鈴木刑事と沢山話したけれどあの人は良い人だ、個人的に警官はあまり好きじゃないんだけど、あの人はなんというか、まあ人間臭さみたいなものを纏っている。お前の質問はあの刑事より事件に詳しいこの俺に聞くのが良策だぜ」鉄平は笑っている。「まあ追々ね」と言いながらも二、三質問した。

俺は「真姿の池」という所にある弁天様にお参りに行った時に変なことが起こってそれ以来不思議なものが見えるようになったんだ。それはなぜだと思う?鉄平は言った「その件は刑事さんから聞いた、あの土田という女は本当に恐ろしい女だ。お前は知らぬうちに微量の幻覚剤のようなものを投与されていたらしいよ。オーラのようなものが見えたのはその作用だったんだそうだ。恐ろしい話だよ。あと初代の猫ちゃん、吾郎くんは土田が殺したんだそうだ、毒を盛って」。「なぜ吾郎を殺したんだろう、もう寿命も短かったのに」。「お前の涙が見たかったと取り調べで吐いたらしい」。「あと、遠藤くんの病室で彼の耳に何かを囁いて、それ以降遠藤くんははまぐりのように口を閉ざしてしまったらしいね。なんと囁いたのかも刑事さんから聞いたよ。『モルト』と囁いたそうでそれはラテン語で「死」を意味する。もちろん遠藤くんがラテン語を聞き取れるとは思わない。なんでもストーカー連中の間では、かなりのレベルの高い「警告」らしい。鉄平は言った「お前も暫くはあまり外を出歩かない方が良い」。

問題はユリと二人でどこでどうやって生きていくかだ。鉄平みたいに親が金持ちだったらなあ。鳥取に帰ると言ってもいずれにせよ、手に職のない俺みたいな奴はどうやって生きていけば良いんだ。途方に暮れる俺に対して鉄平は言った。

今度はお前が小説を書けばいい。なんと言っても世界が驚く前代未聞の事件の渦中にいた人間だ。「そうだなあ」俺は少々項垂れて考えていた。鉄平は俺の肩を叩きながら言った。

本物の『猫とジゴロ』を書けば良い。
なんと言っても主人公はお前なんだから。

『猫とジゴロ』