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猫とジゴロ 第三十六話

何だか僕さ疲れたみたいだ少し横になって良いかな?僕は週末は昼寝することにしているんだ」「良いよ俺はさちょっとそこいらへんを散歩してきて良いかい」そうだ眠る前にちょっとお前さんに話があるんだ、と言って徹平は続けた「お前さ毎日フラフラしていても暇がつぶれないだろうからさ少し働いてみないか?と言っても通勤のいらない在宅勤務の仕事でお給料も手取りで10万ちょっとなんだけどさ、スマホ一台で出来る仕事さ。どう興味ない?」「何だか色々気を遣って貰って申し訳ないなあ。」「いやこれは僕にとっても良い話でさ、会社の人から誰か勧められる人材がいないかせっつかれていたところなんだ」「で、どんな仕事なのかい?」「まあ俺が勤めている会社の下請けの会社でね。そのいわゆるブラック企業っていう噂が広まっちまってね、その何ていうか嫌な仕事なんだけどさ、その会社の風評被害について調べる仕事なんだ。要はさ会社の悪口を見つけて会社に報告するんだ、よければ来週から働き始めてもらうことになる。ちょっとした面接があってお前なら多分即OKだよ、どう?やってみないか?」「そりゃ良いけどさ何だか色んな仕事が世の中にあるね。でも俺のところにはロクな仕事が回って来ない、笑っちまうけど」「実質殆どやることはない、ただ住所不定無職はよくないと思うんだ。お前さんの事を思って提案しているんだぜ」「ありがたく受けるよ。「軽作業」よりはマシだ」「何だよその「軽作業」って」まあそのうち話すよ、と言って俺は食器を洗い出した。「すまないね俺は寝室でシエスタと決め込むよ俺は出かけないから帰ってきたらチャイムを鳴らしてくれ。103号室だよ」「分かった」

俺は徹平の家を出ると思うままに歩いていた。まずは目白通りに出て駅の方へ歩いた。畳の店や昔ながらのお茶の店やらに混じっておしゃれなカフェもあったり中々に街として良い感じだった。俺は駅を越えて山手線の内側に進んでいった。田中角栄の『目白御殿』が見たくて歩いたけど今では運動公園になってしまってた。でも『田中』と書いてあるだけのデカいゲート(何だか門って感じじゃないんだ)があって、ここがそうなんだろうなとは思った。

『肥後細川庭園』なんて書いてあるから目白通りから少し入ると急な下り坂に突き当たった。慎重に降りていくとたいそう立派な神社があった。『水神社』と書いてある。俺は意外と神社仏閣には畏敬の念を抱いていて、その立派な御神木からも由緒正しさを感じてちょっとお参りしておいた。その後庭園を探してフラフラ歩いた。庭園はすぐに見つかった。たいそう立派な庭園だったね。これはあの細川元首相の代々の持ち物らしかった。とにかく美しい庭園だ。「水琴窟」なんてものがあって試しに聞いてみた。不思議な音だった。ちょっとガムラン音楽みたいな感じにも聞こえる。先人はたいそう暇だったのか、でもこれも、というかこれこそが「文化」ってやつなんだろうな。最近は金持ちの暮らし向きみたいなものに触れる機会が多く、自分を卑下する気持ちがなきにしもあらずだった。徹平にしてもまあ、俺みたいな落ちぶれがやる日雇い的な仕事なんて、一生知らずに過ごすんだろうな。庭園の立派さには心を洗われたが何となく居心地が悪くなって後輩くんに電話してみた。今は土曜日の午後3時。3コールもしないうちに電話口に出た。

「やだなあ先輩。また連絡途絶えちまったから心配してたんすよ」「悪いな俺は訳あって今目白にいる」「目白にいるって、たまたま目白なんですか?それとも本格的に目白に居場所を見つけたんすか?」「そうそう友達の家に転がり込んだんだ。おまけに仕事らしきものも紹介して貰ってね」「え?何だか先輩は強運の持ち主っすね、松濤の次は目白っすか?」「いやたまたま知り合いで親切な奴がいたんだよ。まあそれは良いけど借りていた10万円返さなきゃなって思ってさ。どうだい目白まで出て来ないかい?」「良いっすけど」「じゃあ駅前のスタバに4時でどう?」「分かったっす」

おれは庭園を出て急な坂を登り目白通りに戻ると都バスをつかまえた。駅前までほんの数分で着いちまったから、スタバで席を陣取って後輩くんが現れるのを待った。4時を10分ほどまわったところで後輩くんは現れた。「先輩、何すか俺の虎の子の10万持って行っておいて目白で暮らしているなんて。こんな場所俺にはとんと用事がなくて殆ど初めて降りましたよ目白駅なんて」「まあ金持ちの知り合いは大切だけど、俺自体は金持ちなんかにはなりたくないね。世の中は本当に分断されちまっているよ、つくづくそう感じるね」俺ははたと気づいた、しまった肝心の金はまだ徹平のところに置きっぱなしだ、馬鹿だなあ俺。「おい悪いんだけどさ、金今まだ家の荷物の中にしまいっぱなしだ」「へっ?じゃあ後日でいいっすよ」「いやそんなに遠くじゃないんだ15分ばかし待っててくれないかすぐ戻ってくる」「先輩マジ今度でいいっすよ」「いやとにかくちょっと待っててくれ」

俺はスタバを飛び出すと徹平宅を探した、どれも低層の高級マンションばかりで少し迷ったが、辿り着いた。103とキーを押してチャイムを鳴らした。すぐに鉄平が出てきて「今開けるから」とオートロックのドアを開けてくれた。部屋に入ると徹平が興奮している。「おいあれだよほらタヌキ。な僕の言った通りだろ?」確かに毛むくじゃらの茶色い動物が徹平が撒いた餌を仕切りに食べている。確かにタヌキっぽいけどあれは猫じゃないか?「おい徹平よ、ありゃ猫だよ。」「え?タヌキじゃないの?」「ああ、あれは正真正銘の猫だね」俺はテラスに面したサッシを開けた。それでも猫は逃げない。サンダルを履いて猫に近づいた。蚤とりの首輪をしている。飼い猫なんだ。俺はそっと撫でてやった。「おいアキラ、そんな野良猫不用心に触っていいのか?」「こいつは立派な飼い猫だよ。蚤とりの首輪もしている」「なんでうちに遊びにくるんだろうな」「そいつは分からねえ。なにしろ猫様は気まぐれだからさ、そんな所が猫の最大の魅力さ」と話しているとスマホが勢いよくなり出した。猫はびっくりしたのかとっとと消えちまった。

電話は後輩くんからだ「悪い今出るところだ」「先輩、俺もう出ます」ちょっと待っててくれ10分で行くからと一方的に話してスーツケースから20万円だけ取り出すと財布に入れてあとはもう一万円行動費として財布に入れた。「おいアキラ何やってるんだい」「いやさお前さんの所に来る前にバイト仲間に金借りてたんだ、で返しに行く」「分かった」そんじゃあ、また後でと徹平は言って笑っている。

それにしても「かわいい猫さんだったな、滅多にいない美人だ。そうあれは明らかに雌猫だね」