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猫とジゴロ 第六十五話


アキラはタクシーを飛ばして遠藤親子のいる病院に駆けつけた。「お父さん大丈夫ですか?息子さんのご様子は?」アキラは言った。「はい。かなりの量出血したようで、輸血をしてもらっています。幸い意識がなくなることもなく、今は眠っていますが。」「自殺の原因というか、息子さんの最近のご様子はどうだったんでしょう」「至って普通で。ただ猫の事をぶつぶつ呟いている事が多かったです」そこへ鈴木刑事が現れた。俺は深々とお辞儀をしたが遠藤さんは軽く頷いただけだった。鈴木刑事は言った「せっかく皆さんお揃いだから、良い機会と思いましてね。事件のコアに触れる方々が偶々であるにせよ一同に会しているので。単刀直入に伺いますが、息子さんは当時お飼いになっていた猫、そう名前はユリちゃんでしたね、その猫を虐待していたというのは事実ですか?」遠藤さんは驚くべきことに「いいえ、それは大きな勘違いです。刑事さん、息子は傷ついたユリを大層面倒見て、何だか知りませんが塗り薬だの色々、まあ息子は医者の卵なんでそう言ったものも手に入れやすいのでしょう、ええとにかく息子は猫を虐待するなんて。刑事さん、息子は心優しい人間です」と語った。鈴木刑事は顔を動かさずに瞳だけチラリと遠藤さんの方に移し、表情をうかがっているようだ。

「それでは誰がユリちゃんを虐待していたのか。井口さん殺害事件の捜査上とても大事な案件だったので。遠藤さんありがとうございます。高橋さんはどうですか?遠藤さんにお答え頂いた内容に異議はありませんか?こうして顔を合わせて話し合いできる機会もそうままある事とも思いませんので、この際聞いておかなければならないことは?」アキラはどうしたものかとも思ったがアキラなりの思いを話し出した。「遠藤さん、息子さんとユリちゃんの関係がよく分からないんですが、ユリちゃんは息子さんが育てているいわゆる飼い主という訳ですよね、私が見つけた時ユリちゃんは見ているのも辛くなるほどの火傷の痕がありました、私は息子さんがてっきり虐待していたものだと思い、これはまあ遠藤さんにはお断りしなかったのも申し訳ないのですが、実は友人と二人で遠藤さんのお宅にお邪魔して、直接息子さんと話しているのです。息子さんは確かにユリの事を大変大事に思っていたようではあるのですが、とにかくユリを返せ、つまり息子さんが引き続き面倒を見ると強く願っていらっしゃったようで、傷ついたユリを返さないとあんた達、つまり私と友人のことですが、「タダじゃ済まないよ」と凄んでいらっしゃったんです。それで虐待の犯人は息子さんだと信じて疑わなかったのです」アキラが話終えるのを待っていたかのように遠藤さんが話し始めた、「高橋さん、ユリちゃんは大変な傷というか傷跡まみれだったそうじゃないですか、でも絶対と言って間違いありませんが、息子はそんな事出来るたまではありません。息子は情けに厚い良くできた息子です。虐待していた真犯人はどうやら別にいると思われます。」

俺の頭の中は大混乱だった。ユリに関わる「第三の男」がいるという訳だ。まあ、男とは限らないけれども。鈴木刑事がまた別の切り口で話を始めた。「えーこの件に関しては別途調査が必要になる事が明らかになりました。引き続き管轄の警察署、及び警視庁からも人員が加わって捜査本部が立ち上がっております。ご安心をと言っても気になる問題ではありましょう。次の件に入ってもよろしいですか?高橋さんのお友達でやはりこの界隈に暮らしている星野さんについてです」刑事さんはちょっと失礼と言って缶コーヒーを少し含んでゆっくり飲み干してから再び話始めた。「高橋さんによれば星野さんは急に失踪してしまったらしいんですが、遠藤さん。遠藤さんは星野という青年とはご交友がありますか?」「星野?」遠藤さんは素人目には本当に困惑しているように見え、それでも一生懸命に記憶を辿っているようだった。「私の記憶には星野という名前の知り合いはいません」とキッパリと言い放った。アキラが矢継ぎ早に話す「でも、お亡くなりになった井口さんは、遠藤さんの事を地元の名士と言った上で星野と歩いているのを見かけた、と言ってましたが。本当に星野という名前に記憶はないですか?」遠藤さんは「大体、地元の名士という件からしておかしい。私はただのしがない会社員です。定年にはまだまだ年数があります。セコセコと働いております。名士だなんてとんでもない」事件の真相はまた霧の中になってしまった。

鈴木刑事は髭に手をやりながらしきりに考えている。