雨模様15
原因はあたしにある。
隣にはミヤオがいる。
抱きしめて名前を何度も呼んだ。ここは箪笥町にあるあたしの狭いアパートだ。
あたし、戻って来れたんだ。一体、つばくろさんが作りあげたあの仮想空間にいる間、どのくらいの時間が過ぎたのだろうか。
部屋に置きっぱなしだったスマホを見てみる。画面は黒くて、例の緑の文字で、『おかえりなさい』と書いてある。
「今日は何日?」
あたしは尋ねてみた。
「今日は1月25日です」
何ですって?という事は1日も『あっち』にいなかったという訳?
「つばくろさんは何処にいるのかしら?」
「つばくろさんは何処にでもいます。あなたが望めば。」
「つばくろさんともっと話がしたいの。とても大事な事なの。」
「セクターに戻りますか?」
「現世のつばくろさんの姿を見たいの。」
「現世のつばくろさんは植物と同じ。与えられた養分や水と光でかろうじて心臓を動かしています。」
養分?水と光?あたしはとにかく前に踏み出さなければと、会話を続けた。
「それでも良いの。」
「承知致しました。」
JCN9000は以前のいかにもAIらしい言葉使いをせず、まるであたしを応援してくれているようだった。
「宮城県仙台市若葉区土樋………。ここにいます。」
「宮城ですって?おかしいわ、つばくろさんはミヤオを助けてくれたはず。ミヤオが迷ったとしても宮城県まで移動することは不可能よ。」
あたしはバイトのシフトも気になったが、JCN9000と会話を続けた。
「ですから、つばくろさんは何処にでもいるのです。」
「宮城県にいるつばくろさんは『抜け殻』みたいなもの?太鼓のように中身は空っぽなの?」
「そうとも言えますね。」
「つばくろさんは、あたしのせいで、このへんてこな出来事が生じた、って言うけど…。」
「そうとも言えますね。」
「ちょっとおうむ返しはやめて。」
「制限時間が過ぎました。交信を終了します。」
あたしは思い切って仙台に行ってみようと思って、店長に電話をした。
「おっ要ちゃんから電話だなんて珍しい。」
「店長すみません、あたしちょっと仕事を休みたいんです。」
「ん?皆勤賞の要ちゃんがどうした?猫は戻って来たんだろ?」
「それはそうなんですが、話せば長い話で。」
「ん、分かったよ。とりあえず、一週間。それで良いかい?」
「はい、すみません。あとお願いごとがもう一つあるんです。」
「何だい?」
「本当にすみません。あの、お給料を前借り出来ませんか?」
店長は尋常じゃない事があたしの身に起こっていると考えたのだろう。
「要ちゃん、一体何があった?俺じゃ相談相手にならない深刻な事なのかい?」
「本当に長い話なんです。」
暫く沈黙が続いた後に、店長が話し始めた。
「要ちゃんも良い大人なんだから察しがつくだろうけど、バイトさんに給金の前貸しなんか出来るわけないだろう。」
その台詞は、あたしの想像通りの『大人の考え』だった。しかし、店長は最後にこう言った。
「要ちゃん、これは俺の個人的な判断だから、絶対に口外しないで欲しい。秘密を持つのはお互い辛いけど、今の俺に出来ることがあるなら何でもやるぞ。給金の口座に俺が個人的に振り込んで置くから心配しなさんな。」
あたしは申し訳ない気持ちで言葉さえ浮かばなかった。
つづく