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DULL-COLORED POP福島3部作 演劇は社会問題を端的に伝える平和の武器

東京芸術劇場シアターイーストにて上演中の福島3部作 第三部『2011年:語られたがる言葉たち』を観劇した。

震災から8年。

主宰:谷賢一さんご自身が幼少期を福島で過ごされたとのこと。お母様は福島のお生まれで、お父様は原発で働いた技術者という文章を拝見し、さらに、いつもtwitterでつぶやかれるメッセージから演劇に命を懸けていらっしゃる真の演劇人である谷さんがこれだけの大作を作られたということで、拝見しなければと思い、ずっと気になっていた作品だった。

開演から10分後、私は激しく後悔した。

うぅ、なんで三部通しのチケットを買わなかったのか?!と。

1万円くらいケチケチせずに、全作拝見するべきだった。

そんな気持ちにさせていただいた幕開けだった。

あまり書いてネタバレしてしまうと怒られてしまうかも知れないのだが、亡くなった方々の「死にたくなかった。もっと生きたかった。」というメッセージから作品は始まり、姿勢を正しながら拝見した2時間だった。

私は福島県に一度も足を運んだことが無い。

そのため、一言で福島と言っても、その被害状況が正直把握できない。

被害の大きさや放射能の値は地域によってバラバラ。

亡くなった方々の人数も、避難者の数も環境もバラバラ。

被害状況が大きければ大きいでお気の毒だが、中心地で無ければ無いでまた別の問題、感情が発生する。

こういったことは東京に住んでいる人間には誰かが丁寧に伝えて下さらない限り、なかなかリアリティを持って感じることができない。

この事故はもっと大きな爆発が起こっていれば、福島だけでは無く東京にも大影響をもたらしていたかも知れない大惨事で、決して他人ごとに受け止めてはいけない問題。

丹念に2年半という長い時間をかけて取材をされ、3部構成でこれだけの上演期間、キャスティングや会場の手配、毎日の微調整等、続けると言うことだけでも本当に本当に大変だと思う。

本気度が半端ないからこそ、このような企画をされたということがしっかりと伝わった作品だった。

それだけで演劇人:谷賢一さんは尊敬に値する人物として、もっと世の中にその存在を知られるべきだと私は思う。

演劇は登場人物の感情を丁寧にくみ取り、俳優が役を通してその感情をお客様に伝えていく、とても気力体力のいる仕事であることは、演劇に携わっていらっしゃる方なら言わずもがなのお話だが、今回、私は久しぶりに力の入った拍手を無意識のうちにしてしまった。

思いっきり力を込めてさせていただかないと失礼だという気持ちが、手のたたき具合に自然に現れてしまった。


私は上京して30年が経つ。

舞台俳優の環境は私が俳優を志した当時と全く変わらず、演劇の認知度もそんなに上がったとも思えない。

いつもいつもなぜ演劇がこんなにも日本では認知されないのか?

ごくごく一部のファンから顧客層を広げることができないのか?

それを回避するためにはどうしたらいいのか?

自分なりに今も模索をしている。

日々、争いやいざこざや信じられない事件が起こる今の日本で、人の感情を汲み取る力を養うのには、演劇は最高のツールだと私は信じて疑わない。

人は経験の無いことは、想像の範囲で理解するしかない。

本当の痛みや苦しみは当事者になった時にしかわからない。

国や東電がいくら金銭的補償をしたとしても、二度と戻ってこないものは命以外にもたくさんある。

申し訳ありませんでしたでは済まされないたくさんのもの…

当たり前の日常を突然奪われるという惨事は、いつどこで誰に降りかかるかわからない。

そんなことは体験しない方がいいに決まっているけれど、福島の方々だってそれは同じだったに決まっている。

毎日続く日常は決して当たり前ではない。

そう思った時、日本人はもっと日々感謝する気持ちを養い、隣にいる人への思いやりや気遣いを忘れないようにするべきだが、日本ではそういった教育は学校でも行われていないし、人の感情を学ぶというチャンスは日常にもあまり転がっていない。

人の感情を疑似体験して、自分の生き方にも重ね合わせて何かを持ち帰っていただく。

演劇にはとても尊い使命がある。

我欲や利害ばかりを優先すると、迷惑を被るのはいつも関係ない普通の日常を生きている人々。

戦争から74年。

ほんの10年くらい前までは8/15になれば戦争をテーマにしたドラマや映画がたくさん製作されていたが、どんどん数が少なくなってきている。

同じようにこの事故も8年という時間の経過とともに人々の記憶から薄れてきている今、もう一度我がごととして捉えることで、「生きている自分」を見つめなおすきっかけになる作品だと感じた。

演劇はただ娯楽として存在すれば良いわけでは無い。

演劇に興味の無い方々には地味な表現方法かも知れないが、こうした社会問題を問うには、ドラマでも映画でもない、

リアルに熱い感情をたぎらせた生身の人間が目の前で演じる「演劇」というツールで伝えるのが一番。

演劇は社会問題を問う最強の武器だと思う。

この演劇にしか感じられない胸キュンを、一人でも多くの人に味わってもらいたいと願わずにはいられない、そんな作品だった。

まだご覧になっていない方はぜひ劇場へ!

おススメです。

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